神鏡盗難事件
目的地近くでバスを降りると、停留所では今回の依頼主が迎えにきてくれていた。
依頼者の名は
彼は、神主ではない。
協会からの委託で件の社を管理している地元の有志で、普段は近くで工務店を営んでいるのだそうだ。
無人の霊場は、通常近隣の霊場に務める神主や住職が、それぞれ管理をしている。
だが、中にはそれらの手が回らない、小さな霊場も多い。
そういった霊場は、欅田のような知己のある有志に、管理が委託されることがある。
実際、彼も昔は祈祷師の修行をしたことがあり、穢れ程度であれば、それなりに感知できるという。
そういう理由から、社の管理も請け負っていたのだそうだ。
「それはすごいですね」
「とはいえ、結局それ以上の才は伸ばせず、祈祷も簡単なお清めを齧った程度ですよ」
そう言いながら、欅田は苦笑する。
しかしその祈祷の術ですら、並大抵の努力で習得することはできない。それ相応の修行を積む必要がある。
祈祷師といえど、一朝一夕でなれるものではないのだ。
「それで欅田さん。今回の依頼についてですが、改めて仔細を伺っても?」
「ええ。あれは、ちょうど二週間前になります」
そういうと欅田は、移動する道すがら、二人に今回の依頼について語り始めた。
事の発端は2週間前。住宅街の片隅に古くから立つ社に祀られていた御神体が、盗難に遭った。
御神体は古い神鏡で、江戸時代からあの社に祀られていた代物だったという。
警察による現場検証も行われ、被害届も受理された。
その後しばらくは、特に変わった様子もなかったのだが、ある日、いつものように社の様子を見に行くと、境内は悍ましい量の穢れで溢れていたのだそうだ。
御神体は、穢れの浄化装置であり、旅立つ霊たちの道標でもある。
当然それがなくなれば、自然と穢れは溜まっていき、怨念が発生する訳なのだが――
「……妙ですね」
るいは首を傾げた。
「……と、言いますと?」
「通常、御神体が無くなってから、穢れや怨念の影響が出始めるまで、数週間の期間を要します。無論、全く影響がないというわけではありませんが」
「影響が出ていない期間中も、穢れが溜まっていくから?」
鈴香の問いに、るいは頷く。
「けれど今回の場合、御神体が無くなってから、社に異変が起こるまで、数日しか経っていない。伺っている規模から考えても、あり得ないことです」
「つまり、今回の異変には、何か別の要因が絡んでいると?」
「恐らく、そうでしょうね」
欅田は不安を露わにした。
御神体の喪失に、数日で起きた異変。そして、祈祷師が対処できない規模の穢れの量。
その場合、真っ先に浮かぶのは、妖怪の類だが――
『その可能性は低いだろうな』
――やっぱり、剛濫もそう思う?
『妖の類であれば、力を取り戻さんとする過程で、何かしらの痕跡が残るはず。だが話を聞く限り、そういった類の事件は起きていないと見える』
――事件……
るいは、一瞬考え込んだ。
「欅田さん。盗難事件から異変が起こるまでの間に、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと、ですか?」
「はい。例えば、殺人事件が起きたとか、怪異が出ただとか」
「いえ。そういった類のものは、特にありませんでしたね」
「そうですか……」
るいは、再び思案した。
蛇女事件の際は、御神体の封印から解き放たれた妖怪が、妖力を取り戻すために人を襲い、結果としてそれが、吸血鬼殺人事件として世間を騒がせた。
しかし今回は、そういった類の事件は起きていないという。
そうなると、やはり妖怪が糸を引いているという線は、限りなく低いだろうか。
すると、思案していたるいの隣で、欅田が何かを思い出すように「そういえば……」と口を開いた。
「幼い頃に、社を管理していた先代から聞いた話なのですが」
「はい」
「祠の神鏡には、悪しき獣が僧正によって封じられたという逸話があったとか――」
「……」
その瞬間、るいの思考が止まった。
「るい君……?」
突然のことに、鈴香は心配そうにるいの顔を覗き込む。
見開いた瞳に、開いたままの唇。その表情は、明らかに驚愕のまま、硬直していた。
社の御神体、悪しき獣、僧正、封印――
るいの中で、やがてそれらは、一本の線へと繋がっていく。
まさか――
「……欅田さん、地図はありますか? できれば、紙媒体の」
「え、ええ。それなら持っていますが……」
そういうと、欅田は鞄から持参していた地図をるいに差し出す。
落ち着きを取り戻したるいは、それを受け取ると懐から自身のスマホ取り出し、何かと見比べ始めた。
「それは……?」
「四百年前の江戸全体を記した地図です。協会のデータベースから拝借しました」
そこには、明らかに古い時代のものと思しき資料の画像が写っていた。加えて画像の上から、いくつかの箇所に赤色で「×」と印がついている。
『やはり、そういうことか』
剛濫も、どうやら気付いたらしい。
るいは、辿り着いたひとつの確信を、二人に告げた。
「あの社は、守護結界の楔のひとつです」
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