瑠璃色玉の縁 弐

 数日後。

 るいと放課後に会う約束を取り付けた美空は、瑠璃と二人で、待ち合わせ場所となるカフェへと向かっていた。

「それで、名前なんて言ったっけ、その不思議君」

「るい君ね、秋葉るい君」

 最初にるいの話をした際に、変わっているなどと口にしたせいか、あれ以来瑠璃はるいのことを親しみを込めて『不思議君』と呼ぶようになっていた。

 当然、本人に了解は得ていないが。

「前にも話したけど、基本的には素直で良い子なんだから。くれぐれも暴走して、困らせないようにね。瑠璃」

「わかってるわかってる。美空も心配性だなあ」

 そういって、いつもと変わらぬノリで返答してくる瑠璃を見て、本当に大丈夫だろうか、と美空はため息をつく。

 今回るいを紹介するにあたって、美空は彼が陰祷師であることを瑠璃には言っていない。

 もちろん、瑠璃を信用していないわけではないし、るいも別に隠していないので、そのことについては話ても構わないと言っていたが、それでもやはり、オカルト的な内容が絡んでくるため、下手に先入観を持たせて、彼に対して悪い印象を持たせたくなかったのだ。

 それと瑠璃は、一度興味を持ったら、どんなことでも遠慮なしに質問するところがある。

 るいの性格上、その辺りは自分の時同様、上手くはぐらかすだろうと思っているが、そこが少し心配だったのだ。

 ――瑠璃がるい君に、変な印象を持たなかったら良いけど……

 そんな心配を抱きながら、美空は瑠璃とともに、待ち合わせのカフェへと歩を進めた。

 そして、辿り着いた二人が眼にしたのは――

「……ねえ、美空」

「何?」

「まさかとは思うけど、あれが、不思議君……?」

 そういって、唖然とする瑠璃が示した先。

 そこにあったのは、テラス席で一人、るいが幸せそうに綻びながら、ケーキを食べている光景だった。

 整えられた夜のような黒髪に、大人の面影が見えつつも、どこかあどけなさが残る顔つき。

 周囲から集まる視線をものともせず、幸せそうにケーキを頬張るその姿に、周囲の女子高生達からは「かわいい……」と黄色い声がうっすらと聞こえてくる。

 その声が聞こえたのか、一度は食べる手を止めるも、その理由がわからないといったように小さく首を傾げると、再び何事もなかったかのようにケーキを頬張っていく。

 そしてまた、女性陣のうっとりとした視線を一心に奪っていく。

 ――これは、なんという無自覚っぷり!

 遠目から見ただけでも、この迫力である。

 確かにこれは、美空の言う通り、一種の破壊兵器だ。

「ねえ、美空……」

「……何?」

「私、美空が言った言葉の意味が、今なら分かる気がするわ……」

 目の前に広がる光景を、ただ呆然と見つめる瑠璃。

 一方、るいのこの状況を既に知っていた美空は、瑠璃の言葉に対し、ただ苦笑いを浮かべるしかない。

 とはいえ、いつまでもここでこの状況を眺めている訳にはいかないので、二人は意を決すると、再びるいの元へと脚を進めた。

 この時、二人がるいの元へ行くことに非常に気まずさを感じてしまったのは、言うまでもない。



 店内に入った二人は、店員にるいの連れであることを説明し、彼の席へと向かった。

 一方、るいは変わらずケーキを堪能していたが、二人の姿を視界に捉えると、その手を止めて彼女達に視線を向けた。

「やっほー、るい君」

「美空さん! こんにちは。えっと、その人は……?」

「紹介するね。この前メールで話してた、私の親友の巻町瑠璃。瑠璃、彼が最近できた友人の秋葉るい君」

 美空に紹介され、るいは瑠璃に笑みを向ける。

「初めまして、秋葉るいです。よろしく、瑠璃さん」

「よろしく、るい君。いやー、君の噂はかねがね伺っているよ。美空から」

「ちょっと!? 誤解を招くような言い方しないでよ! 瑠璃が色々聞いてきたんでしょ!」

 そういって、赤面しながら瑠璃の頭を軽く小突く美空。

 すると瑠璃は「もー、本当のことでしょー」と、不機嫌そうに抗議する。

 側から見ても違和感を感じない、何気ない自然なやりとり。

 そんな二人の姿に、るいは小さく笑みを浮かべる。

 ――仲が良いんだね、本当に

『……そのようだな』

 それからしばらく、るいは剛濫とともに、二人の他愛もないやりとりを、静かに楽しむのだった。

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