瑠璃色玉の縁 壱
青い空、吹き抜ける風、肌寒く感じてきた、秋の木漏れ日。
静かに近づいてくる、冬の足音。
行き交う人の合間を通り、いつものように学校へ向かう。
変わり映えしない、何気ない日常が、ごく自然に、当然のように過ぎていく。
けれど――
赤信号になった横断歩道で脚を止めた少女は、ふと道端に添えらえた花に眼を向けた。
その側には、ひと月前にこの交差点で起きた、交通事故についての情報提供を呼びかける看板がひっそりと立っている。
けれど、行き交う人々は、それに眼を止める事はない。
それをみながら、少女は思う。
変わり映えしない、当然のように過ぎていく、何気ない日常。
けれどその片隅で、人の生命もまた、時折儚く、静かに消える。
消えた生命は何処へ行くのか、そんな疑問を抱きながらも、消えた生命に眼を向けず、青に変わった信号を背に、今日も傍らを過ぎていく。
果たしてそこには、どんな想いが宿り、漂っているのか。
人は、それに一生気づかないまま、今という時を、ただ漠然と生きていくのだろうか――
「ちょっと美空! あれ誰!!」
「い、いきなりどうしたのよ。瑠璃」
いつものように高校へ通い、いつものように授業の準備をしていた美空。
そんな今日のいつもを変えたのは、ものすごい腱膜で攻め寄ってきた親友、瑠璃だった。
「どうしたもこうしたもないわ! 彼氏いない歴十六年、我が唯一の同胞であるはずの美空が、事もあろうに年下の男の子と仲良く商店街を歩くとは、どういう了見だあ?」
「ちょ、ちょっと瑠璃……」
「だいだいなんなのよあの子。遠巻きだったけど結構可愛かったし、イケメンとは違う守ってあげたくなるオーラ全開だったし? 何よりあの美空が、私にだまっていつの間にあんなカワイイ彼氏を……」
「ちょっ!? そんなんじゃないってば! ただの友達よ!」
「……ホントに?」
「本当だってば。知り合ったのだって、つい最近だし」
そういって、なんとか暴走する瑠璃を宥める美空だったが、とうの本人は「ふーん……」と相変わらず疑いの視線を美空に向けてくる。
「……で? どんな子よ」
「どうって、少し変わっているところもあるけど、基本的には素直で良い子だよ? あとは、そうね……。甘いものが大好きで、食べている時の表情が、一種の破壊兵器並みにかわいいってところかな?」
「破壊、兵器?」
思わぬ返答に、瑠璃は思わず問い返してしまう。
世話を焼きたくなるような、弟タイプの少年だろうということはなんとなく察しがついたが、最後の破壊兵器という表現だけは、意図が理解できなかったのである。
「つまり、どゆこと?」
「まあ、それについては、見ればわかるかな」
と、先日の街での一幕を思い出し、美空は苦笑いした。
これでもかと言わんばかりに、ほころんだ表情でクレープを頬張るるいと、それに釘付けになる女性陣たち。
さらにその視線に気づきながらも、本人は首を傾げる無自覚っぷり。
加えてあどけなさが残るあの表情である。
あれを破壊兵器と呼ばずに、なんと表現したら良いのか、美空にはわかりそうもない。
しかしそんな美空の反応をみていると、その破壊兵器とは一体どれほどの破壊力があるのか、瑠璃は逆に気になってしまう。
これは親友として、是非とも調査しなければならない。
「ねえ美空。よかった今度、その子紹介してよ」
「それは構わないけど、どうしてまた」
「なんか、美空の話を聞いてたら、私もその破壊力を見てみたくなっちゃった!」
「そ、そうなんだ……」
わざとらしく身体全体で気持ちを表現して見せる瑠璃に、「大袈裟だなあ」と美空は呆れる。
この少女、巻町瑠璃はとにかくノリが良い。
時折先程のように暴走してしまう一面もあるが、見た目に反して常識人なところがあり、何気に確信めいたことをサラッと公言することもある。
そのせいか、美空との付き合いもそれなりに長く、なんだかんだで二人は良い親友関係となっているのだ。
そんな彼女が、今回るいに興味を持った。
事情を話せば、るいは会うことを快く承諾してくれるだろうが、何より瑠璃はこの性格だ。
暴走した挙句、彼の苦笑いする表情が容易に想像できる。
これは友人として、自分も手綱をしっかり握っておくべきだろう。
「……わかった。今度会う約束があるから、その時瑠璃にも会ってもらえないか、聞いてみるね」
「さっすが美空君。話が早くて助かるよー。さすがは、私の親友だねえ」
「全く、調子いいんだから」
そういって、困った親友にため息を漏らす美空。
そんな彼女に、瑠璃は意気揚々と笑うのだった。
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