ペレとディエゴ

草薙流星

第1話

 ペレの壁は村で一番大きかったから、いつも誰かしらが壁の前でボールを蹴って遊んでいた。

 壁あてするのにそれほど相応しい場所もなかったし、大きすぎて、そのあたりでボールを蹴ればわざとでなくてもペレの壁にぶつかってしまうのだった。

 壁の高さもすごくて、よほど力自慢の者でないとボールが壁の上を越えていくことはないのだけど、ふとした弾みで越えてしまうことはけっこうあった。村では誰も彼もがボールを蹴っていたから。

 その日もディエゴという若者が仲間たちとボールを蹴っていたとき、蹴ったボールが壁の上を越してしまった。忽ち主人のペレが恐い顔でやってきてディエゴたちを叱りつける。

「おまえたちは」

 ペレは自分の壁を叩きながら言う。

「この壁をボールで叩くことはできる。だけど、自分の身体で登ることはできない」

 そう言うと、両肘を突き出してよじ登るような真似をして見せた。

「それが、おまえたちだ。窓際で鳴くカラスみたいなものさ。私の壁にボールをぶつけたって、喧しいだけで何の益にもならない」

 ペレは多くの村人たちにとって英雄だった。壁をボールが越さなければ、「偉大な壁のペレ」が家から出てくることはなかったから。

「くたばっちまえばいいのに!」

 帰り道で仲間が吐き捨てた。ディエゴは少し物足りなさそうな顔で応えず、一人で歩いていってしまう。

 それから頭にボールを載せて、いつものように気の向くまま、村のいろんな場所へ遊びに出かけた。

 村一番のお調子者ディエゴは、難しいことを考えない。ただ気ままに遊びたい場所で、遊びたいことをする。どこへ行っても、彼がボールを持って現れれば自然と騒がしくなる。そういう意味では、村中がディエゴの仲間みたいなものだった。

 別の日、いつものようにペレの壁が鳴った。

 トーン トーン トーン

 召使いが呟く。

「あの大きな音は、ディエゴですかね」

「まったく、忌々しいガキだ!」

 召使いは肩を竦めてから、主人の指が動くのに気付いた。

 タン、タン、タン

「あれ、旦那様、その指」

「指がどうかしたのか」

 ペレは召使いを睨む。

「い、いえ、なんでもございません」

 トーーン トーン トーン トントントーン トントントーン トッ トッ トッ トーーン

 タン、タン、タン、タタタン、タタタン、タッ、タッ、タッ、タン

 部屋には壁と机を叩く音が響く。指を動かす主人の横顔はなんだか少し楽しそうに見えた。

(まるで壁あての音に合わせてリズムを刻んでいるような……?)

 召使がそう思ったとき、トーーーン、と大きな音が鳴って、また壁の中へボールが飛んできた。

 主人の顔色をチラリと見た召使いが庭へ拾いに行き、素っ頓狂な声を上げる。

「うわぁ!お前、どうやって登ったんだ!旦那様のものを盗みにきたのか?この泥棒め!降りろ!こら!」

「いてっ、いてっ、ペレ、ペレ!いてててて」

 ディエゴは壁の上で頭を抑えながら、無邪気に笑いかけて言う。

「ボール取ってよ、ペレ」

 ペレは頭を掻いて机を睨んだまま、怒鳴り返す。

「この生意気坊主め!その壁を自分の身体で越えて見せたのはお前が初めてだよ!ボールを返しに行くから、門の前で待ってろ!」

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ペレとディエゴ 草薙流星 @kusanagiryuusei

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