第51話 彼女が彼を好きなわけ

 何のために……?


 という質問は、なんだか怖くてできなかった。

 代わりにうっかり口から零れたのは、どうでもいい質問だった。


「その……。王子の、どこを好きになったんですか?」


 乙女的には、これ以上ないくらい重要度の高い質問かもしれないけれど、とりあえずダンジョン攻略には役に立たなそうな質問だ。

 秘薬を手に入れる方法とか、聞くべきことは他にある。

 ハンギョリーナの望みが意味不明すぎて、先に進めることを脳が拒否したのだろうか?

 くぅ、不覚。

 圭太君を魔女から救い出すために、一刻も早くこのダンジョンを攻略せねばならないというのに!

 まあ、とはいえ。

 わたしとて、恋する乙女の端くれなわけだしね。

 声に出して質問してみたら、ちょっとだけ興味もわいてきた。

 話を聞いている限り、かなり良く見積もって「ひょっとしてクズ男なのでは?」としか思えないロミオット王子の何処を好きになったのだろう?

 その答えは、思いがけず簡潔なものだった。


「顔です」


 ハンギョリーナ姫は、あっさりと一言で簡潔に答えた。

 頬に片手をあてて俯きながら、あっさりと一言で簡潔に答えた。

 青光りしている全身の鱗がほんのりピンクに染まった気がした。

 もちろん、気がしただけだ。

 そういう雰囲気を漂わせている――という意味だ。

 ああ、なるほど。

 確かに、大事なことではあるよね。

 顔の好みって、あるしね。

 うんうんと頷きながら、わたしは続く言葉を待った。

 待ち続けた。

 でも、続かなかった。

 大好きポイントである王子の顔を思い出しているのか、ピンクの雰囲気を巻き散らしているだけで、一向に続かなかった。

 ダメだ。マイワールドに浸りきっていらっしゃる。

 仕方がないので、こっちから水を向けてみることにした。

 だって、ほら、あれだよ?

 一目惚れとかなら、ともかくさ?

 幼馴染だよ?

 小さい頃からの付き合いなんだよ?

 さすがに、好きになったところが顔だけってことはないでしょ?


「その、他には……?」

「顔です」

「顔だけ、なんですか?」

「はい。顔だけです」


 う、うわーお。

 浸りきっていて、聞こえないかなー?

お返事もらえないかなー?

――とか心配していたんだけどね?


 ちゃんと聞こえていたよ。

 ちゃんとお返事もらえたよ。

 あっさりと簡潔に。

 しかも、揺るぎなく!


 そのお返事が、まさかの「顔だけ」全肯定だよ。

 え?

 ということは、だよ?

 この子ってば、もしかして。

 顔だけの男のために、若返ったり元に戻ったり自由にできるようになるとかいう、如何にも怪しげな秘薬を自分で飲んでみるつもりなの?

 いや、まあ。恋とはそういうものだ、と言われたら、否定しきれないけど。

 にしてもだよ。

 その秘薬は、どういう目的で…………あ。

 もしかして、王子ってば、所謂ロリ…………ゲフンゲフン。

 この話題を追求するのは、やめておこう。

 はい、そうです――とかサラッと答えられても、どうしていいものやらだしね。

 ナニカ、こう、違う目的なのかも分からないし、ね。

 うーん、しかしだよ?


 このまま秘薬を探して姫に渡して「はい、おしまい」というのもスッキリしないなぁ。

 そもそも、それで無事終わってくれるのかも、まだ分からないんだけどさ。

 でも、なんだろう?

 潔さよさすぎて、ちょっと姫のこと気に入っちゃったんだよね。

 半魚人じゃなくて、せめて人魚だったらなぁ。

 下半身だけ魚なら、まだいいんだけど。

 全身ウロコまみれは、ちょっとなぁ。生理的にアレなんだよなぁ。


「一目ご覧になれば、勇者様にもお分かりいただけます。保健室の水槽の中で、自ら囚われているあのお方の麗しき顔をご覧になれば……」


 おっと。

 聞いてもいないのに、サラッと王子の情報来たな。

 姫ってば、質問に答える時には、「かお」って言っていたのに、今度は「うるわしきかんばせ」ときたよ?

 でも、ご覧になれば分かると言われてもな……。

 いくら美形でも、半魚人じゃなぁ。

 姫は、もったりポチャッと愛嬌のある顔立ちだけど、王子はシュッとした顔立ちってこと?

 でも、ウロコまみれなんでしょ?

 うーん、ごめん。見ても理解できないかもしれない。生理的に。

 …………いや、そこじゃないな。

 うん。今、本当にサラッと大事なこと言ったね?

 ここは学校なんだから、保健室を根城にしているのは、問題ないでしょう。

 問題は、その後だ。

 

『水槽の中で、自ら囚われている』


 ――――って、言った?

 保健室のベッドじゃなくて、水槽?


 この、青い光が揺らめいて水の中にいるように錯覚する校内で、水槽に?

 しかも、自ら囚われているって、どういうこと?

 その水槽に、水は入っているの?

 ハンギョリーナも手足魚たちも、この揺らめく青い光は水と同じですとばかりに至って普通にしていらっしゃいますけれど?

 もしかして王子は本物の水がないとダメなタイプ?

 いやでも、自ら囚われているってことは、自分でそう思い込んでいるだけってこと?


「勇者様、まずはロミオット王子に会っていただけますか?」

「へ? 王子に?」

「秘薬をつくれる魔魚は、王子の一族に縁のものなのです。その居場所を知るのは、王子だけ…………」


 突然王子に会いに行けとか言われて、つい王子様ムーブが解けてしまった。

 いきなりどうした、と思ったけど。

 どうやら、これはシナリオの内みたいだね。

 秘薬を手に入れるためには、王子に会わなくてはならない、と。

 しかし、まぎょってなんだ……?

 んー…………あ。

 魔女ならぬ、魔魚ってことか。


「勇者様。王子に会っても、好きになってはいけませんよ?」


 シナリオ進行は、もう終わったんだろうか。

 ハンギョリーナ姫が、いたずらっぽく笑って言った。

 いや、半魚人的にどれだけ美形でも、好きになったりしませんから。

 ていうか、なれませんから。生理的に。


 ――なんてことは、さすがに本人には言えず。

 曖昧な笑顔を返すと、ハンギョリーナ姫は笑顔のまま、フッと目の奥を翳らせた。


「だって、ロミオット王子は、今……。わたくしの妹に恋焦がれていらっしゃるのですから……」


 寂し気な笑顔の奥底から、ニラニラと立ち昇ってくるほの暗いナニカ。

 それが、むしろ、かえって、だからこそ。

 わたしの好感度ポイントをぎゅんぎゅんに刺激しまくった。


 これ、やっば。

 わたし、この子に絆されちゃっているかもしれん……。

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