第48話 魔女はふたりを応援したい

『ロミオット様……ロミオット王子は……………………。わたくしの、婚約者なのです』



 心のハンカチを振り回している内にも、モニターの向こうではイベントが進行しておった。

 荒ぶる気持ちを一旦鎮めて、ひとまずはイベント観戦とイベントを観戦するケータの観戦に集中するとしようかの。

 我の思惑通りのシナリオが進んで行くなら、ケータ鑑賞だけに集中できたというのに。

 いろいろと改変が起こっている現状、そういうわけにもいかん。

 まったく。何がどうして、こうなっているやら。

 どうやら、名前だけでなく、役どころにも改変は起きておるようじゃしのぅ……。


 はぁ。


 想いを寄せている相手が婚約者なのに、叶わぬ恋に嘆く乙女のように泣き濡れているとなると、ドロドロ系の恋愛イベントしか想像できんのじゃが?

 ケータには、あまりそういうのは見せたくないのじゃが?

 このダンジョンは、小中学生が対象なのじゃぞ?

 小学生が見てもいい内容なのだろうな?


 ふぅ。


 我の用意したイベントを、ケータとやりたかった……。

 恋愛よりも冒険が好きそうな男児にも分かりやすいようにと、単純明快なシナリオを用意しておったんじゃがのぅ。

 敵対する種族なのに、惹かれ合ってしまった姫と王子の駆け落ちを手伝うという定番のあれじゃ。

 最後はもちろん、ハッピーエンドじゃ。

 種族を捨て、ついに結ばれた二人が、仲睦まじく幸せそうにしているところを見せることが重要なのじゃ。

 ケータを我の使い魔とし、婿として迎え入れるための重要な布石じゃ。

 ケータが我の婿となるのを受け入れるということは、人としての今までの暮らしを捨てるということじゃからの。

 このハッピーエンドを見届けたことは、その決心をするときに、きっとケータの背中を押してくれるはずじゃ。

 もしも、ケータがこれまでの生活を捨てることを躊躇った時には、じゃ。

 二人とのイベントのハイライトシーンを空中上映して見せるのもいいかもしれんの。

 で、最後に、寄り添う二人からケータへのメッセージとかいう演出も、なかなかよいのではないか?

 お互いのために、種族を捨てた二人からのメッセージ。


『さあ、ケータ。勇気を出して、決断するのです。リリィを幸せにしてあげられるのは、ケータしかいません。お願いです、ケータ。どうか、二人で幸せになって。私たちのように』


 とか、言わせてみるというのは、どうじゃ?

 可憐な女児である我の幸せのために勇気ある決断をお願いされては、勇者として断れまい?

 うむ。ケータの心理を理解したうえでの、よい作戦じゃ。

 ――などと、一人悦に入っていたのじゃが。


『…………ああ、戻れるものなら、戻りたい……』


 半漁姫ハンギョリーナの哀切な願いが、盛り上がっていた我の気分を氷点下まで引き下げた。

 そうじゃった。

 シナリオは、絶賛改変中なのじゃった。

 で、肝心かなめのケータはと言えば、話の内容はそっちのけで、新しいおもちゃを見つけた童のような目でハンギョリーナのドアップを見つめている。

 女児にときめいているというよりは、見慣れない新しい生き物にときめいているだけな感じなのが、救いなのかどうなのか。

 ワクワクと瞳を輝かせる無垢な笑顔には、至極心を慰められるのじゃが。

 いくらでも見ていられるのじゃが。

 いつまでも、この幸せに浸っていたいのじゃが。


 そう言うわけにもいかんのじゃよな。


 水辺の生き物へのときめきが、いつ恋のときめきに変わるかも分らんからの。

 あ。そうじゃ。

 もう、いっそのこと、あれじゃ。

 つまり、王子は他の女に心変わりしてしまったということじゃろ?

 昔は、相思相愛の家同士も認める婚約者じゃったが、今は、他の女にお熱という、最低野郎なんじゃろう?

 うむ、そんな男のことは、すっぱり忘れてじゃ。

 王子風女勇者リンカに乗り換えてみてはどうじゃ?

 リンカとハンギョリーナが結ばれてくれれば、我としては一安心じゃ。

 種族も性別も越えた恋。

 うむ、我は応援するぞ?


 うーむ。なにか、そういう方向へ進むように、うまく介入できんもんかのー?

 というか、あれじゃ。

 そもそも、ダンジョンの創造主であり、ダンジョンマスターである我が介入できないことがおかしいと言えば、おかしいのじゃが。

 モニターは自由にいじれるのじゃが……。

 どういうことじゃ?

 前の階層までは、まだコントロールが効いておった。

 女勇者が、色々不可解なことをしてくれてはおったが、イベント進行やキャラそのものに、おかしなところはなかったはずじゃ。


 この海底学校エリアが、まだ試作段階じゃからなのか?

 いや、それにしてもじゃ。

 多少の不具合は、起きてもおかしくはないのじゃが。

 これは、そういう次元の話ではないぞ?

 まるで、ダンジョンを乗っ取られでもしたかのような……。

 まさか、我以外の魔女が、このダンジョンに介入しておるのか……?

 この我に気付かれることなく――?


 いや、まさか。

 そんな、そんなはずは……。


『今のロミオット様は、わたくしではなく…………。わたくしの妹に、恋焦がれているのです』


 ――――は!?

 おい、こら!

 ちょっと、待て!?

 そこの半漁姫!!

 今、なんと言った!?


 妹!?


 ロミオットの心変わりの相手は、半漁姫の妹姫というわけか!?

 ど、泥沼ではないか!?

 そんな泥沼恋愛劇、ケータには、まだ早すぎる!

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