第47話 喜劇なのか泥沼なのか

 でっかい貝殻に近づいて声をかけるまで、わたしのことなんてガン無視して自分の世界に浸りきっていたくせに。

 わたしが「勇者」と名乗ったとたん、プリンセス・ハンギョリーナは、割と唐突に自分語りを始めた。


「ロミオット様……ロミオット王子は……………………。わたくしの、婚約者なのです」


 なるほど。

 ハンギョリーナが姫ならば、ロミオット様とやらは、王子様のようだ。

 プリンセスとか聞いた時は、身分違いの恋イベントか?――なんて思ったんだけど、そういうことではないらしい。婚約者ということは、題材になっているかもしれなかった元のロミジュリのように、対立する部族の姫と王子の悲恋イベント――というわけでもなさそうだ。

 となると、つまり?

 ハンギョリーナは、ロミオットのことが好き……っぽい感じ、あるよね?

 てことは、だ。

 ロミオット王子には、他に好きな女がいるってこと?

 こ、これは。

 一筋縄ではいかない、面倒くさいイベントになりそうな予感。


 …………いや、まあ。

 まだ、そうと決まったわけではないし。

 もう少し、話を聞いてみようか。


 ハンギョリーナは、巨大貝殻の中で座り込んだまま、鱗がびっしりの手を鱗がびっしりの胸の前で組み合わせ、涙でしっとり濡れたどんぐり眼で、わたしを見上げている。そのどんぐり眼を数回瞬かせてから、話の続きを再開した。

 これが、美しい人魚姫とかなら、それだけで胸にグッとくるようないいシーンになりそうなんだけど、どんぐり眼の半漁姫にこれをされると、絶妙なコミカル感があるな。

 どうやっても、シリアス路線にはなりそうもない。ギャグとかコミカル路線に進んで行きそうな気配が濃厚。


「わたくしたちは、仲の良い幼馴染でもありました。双方の種族の誰もが、わたくしたちの婚約を祝福してくれていました。わたくしも、ロミオット様のことをお慕いしておりましたし、ロミオット様も……。わたくしのことを、幸せにすると仰ってくださいました。何の問題もなく、幸せな未来が訪れると信じていられたあの頃……。ああ、戻れるものなら、戻りたい……」


 ウルリ、と瞳を滲ませながら遠くを見つめるハンギョリーナ。

 そういう思わせぶりなのは、いいから。

 早く、本題に入ってくれないかな?

 王子に何が起こったの?

 やっぱり、他に好きな女が出来ちゃった?

 そうすると、昔はともかく、現状では、ハンギョリーナの横恋慕ってことになっちゃうのか? これ?

 いや、でも。二人は婚約しているわけだしな。

 王子が浮気しているってことになるの? これ?

 うーん。

 ハンギョリーナをヒロインとしたイベントなら、王子に横恋慕していた女が、悪い魔女の手を借りて、惚れ薬とか呪いの力とかで、王子の心を強制的に自分のものにした……とか?  で、呪いを解いて、二人をハッピーエンドに導く……。


 はっ!

 いや、でも、待てよ。

 ゲームには、ルート分岐というものがあると、父さんが頼んでもいないのに楽しそうに話していたことがあるな。

 そう、例えば、この場合なら。

 ハンギョリーナ、王子、第三の女。

 三人(人じゃないけど)それぞれの話を聞いて、誰に協力するかを選ぶことが出来る。選んだ相手によって、ストーリーが分岐する。どのルートを選ぶかによって、誰と誰が結ばれるのか、その結末が変わる。誰がハッピーエンドで、誰がアンハッピーエンドを迎えるのかは、主人公の選択次第というわけだ。


 まあ、全部のゲームがストーリー分岐するわけじゃないみたいだけどね?

 いや、父さんのゲームの話はどうでもいい。

 今大事なのは、目の前のこのイベントを、どうするかだ。


 うーん。でも、あれだ。

 もし、これがそういう、ルートを選択出来る系のイベントだったとしても、だ。

 三人それぞれの話を聞いて、誰に協力するか決めるのは、面倒くさいな。

 正直、半魚人の恋とか、どうでもいいし。

 誰の恋が実って、誰が破れても、まあ、どうでもいいかな。

 最初に出会ったってことは、縁があったってことで。

 あと、本当にこれが分岐するイベントかどうかも分からない。これまで通り、普通に一本道のメインシナリオを進めるためのイベントだったりするかもしれない。だとしたら、他のルートを求めて校舎内を彷徨うったところで、ただの空振りってことになる。

 先に進むためには、結局、この部屋に戻って来なくてはならない。

 そうなったら、ただの二度手間だ。

 うん。分岐があったとしても、別にいいや。

 このまま、半漁姫ルートで構わない。

 とにかく、早く次へ進みたいしね。

 半魚人の恋路より、自分の恋路よね。


 とりあえず、半漁姫ルートで行くことを脳内決定したら、半漁姫の方もちょうど回想を終えたところのようだ。

 遠くを見つめたまま、語りを再開する半漁姫。

 てゆーか、これ。

 完全に、一人語ってない?

 わたしがいなくなっても、一人でずっと、語ってそうじゃない?

 早くも、どうでもよくなっていたわたしだけれど、続く半漁姫の言葉は、割と衝撃的だった。


「今のロミオット様は、わたくしではなく…………。わたくしの妹に、恋焦がれているのです」


 は!?

 い、妹!?

 ま、まさかの泥沼展開!?


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