第46話 姫と勇者
『ああ……! ロミオット様……! どうして、どうして、あなたは……っ!』
嘆きの声が聞こえてきて、女勇者は足を止めた。
よっしゃー!
ふー、どうやら、シナリオは改変されておらんようじゃの。
まずは、一安心じゃ。
『えーと、ジュリエさん?』
『はーい! 呼んだー?』
ふむ、一発でヒロイン役の名前を言い当てたか。
さすがに、あれじゃ。
ジュリエとロミオットでは、安直すぎたかの。
……………………ん?
ちょ、ちょい、待て?
なんか、今。
思ってもみないところから返事の声が上がったような?
おまけに、想定していた声よりも、何やら幼いような?
「へー。あの魚、ジュリエっていうのか。リンカのやつ、どうしてあの魚の名前が分かったんだ? すげーな!」
「は、はい……? どこかに、名札でも、ついていたんでしょうか……?」
素直に感心しているケータに何とか返事をしながらも、我は混乱を極めておるぞ?
我が用意していたのは、半魚人の姫ジュリエとロミオットの恋愛お助けイベントのはずなのじゃが……?
なんで、あの魚がジュリエなのじゃ?
おまけに、半魚人姫の方は、女勇者の存在を全くスルーしておるし。
そして、ケータよ。
ロミオットという名前から、ジュリエという名前を連想することは、そんなに不思議なことではないと思うぞ?
連想できなかったとしても、聞いた瞬間に、「ああ!」と合点がいってもいい気がするのじゃが?
もしかして、ケータよ。
ロミオとジュリエットの悲恋の物語を知らんのか?
いや、内容は知らんまでも、タイトルくらいは知っていてもよさそうなものじゃが。
………………うむ。我はケータを、甘く見ていたかもしれぬ。
「あはは! 魚が手を振ったら、リンカも振り返しているな! なんか、あの魚、可愛いやつらだな!」
「そ、そうですね」
いや、可愛いのはケータの方だと思うぞ?
だが、まあ、あれじゃ。
魚児童と触れ合っている女勇者のことを、優しいなどと言いださなくてよかったのじゃ。
んー? しかし、女勇者は奴らのことを苦手にしていたはずなのじゃが……?
ああ、盛大に顔を引きつらせておるな。
いくら苦手といえども、あのように幼い声で無邪気に手を振られてしまっては、邪険に扱うことも出来ないというわけか。
少し見直したぞ、女勇者よ。
などと感心している内に、女勇者は鍵盤並ぶ地帯を抜け、音楽室の奥へと辿り着く。
ここは一旦、魚児童からモニターの視点を切り替えるとするかの。
…………うむ。
貝殻ベッドの中で泣いておるのは、我が用意した半魚姫に間違いないようじゃの。
見た目には、何の問題もない。
我が用意したまんまじゃ。
名前以外は、じゃが…………。
しかし、魚児童がジュリエだとすると、こやつの名前はどうなっておるのじゃ?
偶然、あの魚児童の名前が半魚姫と同じだっただけという可能性もあるが……。それじゃったら、この後は用意した通りのイベントが始まるかもしれんの。
そうであれば、いいのじゃが。
はたして――。
「お? あれは、貝殻のベッドか? てことは、あれか? あそこで泣いているのは、人魚姫か……? んー? ドレスは着てるけど、人魚っていうよりは半魚人っぽいな?」
モニターの画像を、魚児童たちが戯れる様子から半魚姫の様子へと切り替えたことで、ケータから不満の声が上がることも恐れておったのじゃが、ケータは問題なく興味を持ってくれたようじゃ。
懸念を押し隠し、我は可憐な笑顔を浮かべながらケータに答える。
「はい! 人魚姫ならぬ、半魚姫ということでしょうか?」
「あはは! 半魚姫かー! うまいこと言うなー」
「うふふ。そうですか?」
にょわー♡
ケータに、ケータに褒められてしまったのじゃー♡
むふふー♡
でかしたぞー、我♡
『失礼します、お嬢さん。わたしは、女勇者リンカ。あなたの名前を教えていただけますか? 何かお困りなら、手を貸しましょう』
『…………え? 勇者……様?』
ハートを乱舞する幸せに浸りきっていたら、モニターの向こうではイベントが進行していた。
というか、女勇者が積極的にイベントを起こしに行ったようじゃ。
何やら、気取った声が聞こえてくる。
ぶほ。
女勇者よ、何キャラのつもりじゃ?
吹き出さないように必死で表情筋と腹筋に力を入れておったら、どうやらケータには大うけしたようじゃ。
「あっはっは! すっげえな、リンカ! ノリノリじゃねーか! お姫様が相手だから、勇者王子に成り切ってるのか! いいぞ、リンカ! カッコいいぞ!」
しー、しし、しかも、カッコいいなどと言うておるしぃー!!
さっき我のことを褒めてくれたことなんて忘れた顔で、キラキラと女勇者に見入っておるしぃいいい!!
きぃいいいいい!
おのれ! 女勇者めぇええええええ!!
心のハンカチを何枚か食いちぎっていると、半魚姫がゆっくりと身を起こし、顔を女勇者へと向けた。
同時に、モニターに半魚姫のドアップが映し出される。
男児たちの心をいたずらに乱したりしないように、愛嬌のある顔立ちにしておるのじゃが。うむ、問題ないようじゃな。
勝手に美化されたりしていないことに安堵していたら、ケータが意外なことを言い出した。
「なかなか、可愛い顔をしてるな」
ケ、ケケケケケ、ケータァーー!?
お、おぬし、まさか。
ああゆうのが、好みのタイプなのか!?
可憐にして愛らしい我の容姿を見ても、あまりメロメロになる素振りがないと思ったら、そういうことなのか!?
『わたくしは、ハンギョリーナ。プリンセス・ハンギョリーナ』」
脳内を真っ白にしながら目を見開いていたら、半魚姫が名乗った。
なんじゃ、その安直な名前は?
ジュリエよりも安直じゃろうが。
誰のセンスなのじゃ?
ツッコミどころしかないわ!
――――だというのに、ケータときたら。ケータときたら。
「あっはっは! 半魚人の姫だから、ハンギョリーナか! うまいこと言うな! センスいいぜ!」
にょぉおおおおおおおおおおおおお!?
それ、さっき我を褒めてくれたのと同じセリフー!?
おまけに、センスいいって、センスいいってぇ!!
これは、誰のセンスなのじゃ!?
ケータに「センスいいぜ」と褒められるとは!
羨ま妬ましいのじゃぁああああ!!
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