第45話 音楽室の解
大丈夫、わたしなら、出来る!
――なんて、自分を鼓舞しながら、音楽室の中へと足を踏み入れる。
鍵盤型机椅子で遊んでいる手足魚たちの方は、なるべく見ないようにしながら、とりあえず泣き声の主を確認せねばと足を急がせていたら、泣き声に交じってセリフが聞こえてきた。
「ああ……! ロミオット様……! どうして、どうして、あなたは……っ!」
思わず、足を止める。
…………ロミオット様?
と、すると。
貝殻の中で泣いているのは、もしかして……?
「えーと、ジュリエさん?」
「はーい! 呼んだー?」
思い当たる名前を、恐る恐る呼んでみたら、無邪気なお返事が返ってきた。
声のした方に顔を向けると、白い鍵盤机の上で、手足魚が手を振っている。
ひ、ひぃっ!
なるべく焦点を合わせないようにしながら、手を振り返す。笑顔が引きつっていたのは、仕方がないってもんでしょう!
動揺のあまり、誤魔化す言葉も出てこないけれど、手足魚のジュリオは、それだけで満足してくれたようで、もう一度わたしに手を振り返すと、また鍵盤の上で飛び跳ねる遊びに戻っていった。
お、おまえが……。
おまえが、ジュリエなんかーい!
てゆーか、そうすると。
あそこで泣いているのは、一体、誰なんだ?
てっきり、ロミジュリっぽい恋愛イベントが始まるかと思ったのに。
悲恋エンドを回避して、二人をハッピーエンドに導いてやれば次に進めるのかなー、とか。
ちょっと、思っていたのに。
まあ、いいや。
とりあえず、人魚姫かもしれない子の、名前だけでも確認したい。
このままじゃ、なんかスッキリしないし!
つかつかと、足音も荒く、鍵盤乱立……いや整列地帯を抜けると。
貝殻は、わたしの方に向かってお口をパッカリしていた。
中には、パールホワイトとパールピンクのハート型クッションがいくつも敷き詰められている。
そのクッションの山に突っ伏している、パールイエローのドレスを着た、何かがいた。
何かは、完全に自分の世界に入っているようで、わたしには気が付いていないようだった。
遠慮なくドアを開けはなったし、名前を呼んだりもしたのに(手足魚の名前だったけど)、侵入者に気が付かないとは。
自分の世界に入りがちというか、思い込みの激しい生き物なのかもしれない。
うん。あれは、なんていう生き物なのかな?
身長は、わたしと同じくらい。
ドレスを着て、頭の上には真珠のティアラが載っている。
あのティアラは、ちょっと可愛いな。
で、肝心の泣き声の主はクッションに顔を伏せているので、顔立ちは分からない。
シルエット的には、ドレスを着た人間……に見える。シルエット的には。
…………シルエットって、ジュリエットとちょっと響きが似ているよね?
うん、まあ。どうでもいいね。
えーと、で。どうやら、泣いているのは人魚姫では、ないみたいだった。
少なくとも、わたしが想像している人形姫とは違う。
王子様と結ばれるために、魔女の秘薬で人間の足を手に入れた人魚姫、とも違うと思う。
王子様と結ばれるために、魔女の秘薬で人間の足を手に入れようと思ったのにクリーチャーにされちゃった人形姫……の可能性はあるかもしれない。
とりあえず、ここから見える範囲で言うならば、あれは。
ドレスとティアラを身に着けた、全身にウロコを生やした人間……に見えるのだ。
少し迷ったけれど、声をかけてみることにした。
だって、あれだよ。
もし、あの生き物が、魔女に騙されてあんな姿にされたのならば、利用……いやいや、共闘できるかもしれない。
よし、行くぞ!
貝殻の近くまで歩み寄って、わたしは声をかけ、名乗った。
一応、この地下迷宮での名前を。
「失礼します、お嬢さん。わたしは、女勇者リンカ。あなたの名前を教えていただけますか? 何かお困りなら、手を貸しましょう」
「…………え? 勇者……様?」
人魚姫の物語のことを思い出していたせいか、王子様を気取るつもりはなかったのだけれど、気障っぽい挨拶になってしまった。
まあ、いいや。
これで、スルーされたらかなりのダメージを食らうところだったけれど、ちゃんと反応してくれたし。
役になり切るのは、大事よね?
その生き物は、ゆっくりと身を起こしてから、わたしの顔を見上げて、大きな目を瞬かせた。
大きな大きな、丸い瞳。
タラコみたいな、大振りの唇。
愛嬌がある……と言えないこともない、顔立ち。
その生き物……その子は、大きな瞳で真っすぐにわたしを見上げながら、こう名乗った。
「わたくしは、ハンギョリーナ。プリンセス・ハンギョリーナ」
ああ、半魚人!
心の中で、ポンと手を打ち鳴らした。
なるほど、そう来たか。
人魚姫じゃなくて、半魚姫ってわけか。
プリンセス……と名乗るだけあって、ハンギョリーナの声からは気品のようなものが感じられた。
どんなイベントが始まるのか、まったく予想がつかない。
けれど。
これ、たぶん。
必須イベントっぽよね?
いよーし!
サクッとクリアするぞ!
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