第44話 音楽室の怪
早く、早くそのドアを開けんかい!
こっちは、焦れに焦れておるというのに、女勇者はドアの前で立ち尽くしておる。
また、何やら、いらぬ警戒をしておるのじゃろう。
まあ、中で何が待ち受けているのかは、我も分からんからな。いらぬ警戒とは、言いきれるのじゃが……。
あと、あれじゃ。別に、女勇者にドアを開けてもらわんでも、我の魔法を使えば先に教室の中を確認することも可能なのじゃがな。
思いもよらぬ事態が起こっていた場合に、一人で変な声を上げてしまったりしたら、ケータがびっくりするじゃろう?
それに、あれじゃ。
――どうせなら、ケータと一緒にびっくりしたいとう、我の乙女心♡
「うーん。ピアノの音と子供の笑い声と、女の子の泣き声かー。ピアノの音は、七不思議的なアレってことかな。チビたちはよく分かってないから、誰も弾いてないのに音が鳴ってるのを手品的に喜んでいるけど、女の子は普通に怖くて泣いている……とか?」
「そ、そうかもしれませんね!」
な、なるほど。
そういう解釈もできるのか。
さすが、ケータじゃのぅ。
うむ、そう聞くと、別に大したことではないような気がしてきたのぅ。
まあ、想定していないことが勝手に起こるのは、ダンジョンマスター的にも魔女的にもマズいしヤバいのじゃが……。
お、女勇者が動きおったぞ。
とゆーか、今まで何を長考していたのかというくらい、思い切りよくドアを開けたんじゃが……?
あの警戒心は、何処へ行ったのじゃ?
道場破りでもするんかいという荒々しい女勇者の登場となったが。
音楽室の中からは、やけに可愛らしい歓迎の声が響いてきた。
うーむ…………?
まあ、こうして思い悩んでいても仕方がないわい。どれ、ドアも空いたことだし、モニターの方を少しいじるとするかの。
えーと、じゃ。
左には、女勇者の正面を、引きで映した映像を。
右には、音楽室の入り口から、中を覗いたような映像を。
うむ、こんなもんでどうじゃ?
「おおー! なんだ、これ! すっげえ!」
モニターが切り替わったとたん、ケータの歓声が響き渡った。
うむ、喜んでくれているようで、何よりじゃ。
何より、なのじゃが。
…………うむ。うむ?
なんじゃ、これ?
音楽……室?
あー……。
机と椅子が、鍵盤になっておる……のか?
机が白い四角で、椅子が黒い四角。
それが、配置としては普通の教室と同じ感じに、ズラリと整列しておる。
その上で飛び跳ねて遊んでおるのは、あの手足の生えた魚どもだ。
声からすると、みな魚児童のようじゃな。
裸足の足で、机やいすの上で順番に飛び跳ねる度に、ポロンポロンと音が鳴っておる。
うむ、無邪気で楽しそうではあるが。
現実の学校で、夜中にこれに遭遇したら、さすがに気味が悪いであろうが、明るい最中だと、不気味な感じはまるでしないのう。
しかも、校内は水中を模した光のグラデーションで満たされておるし。
むしろ、親和性があると言えんこともない。
うーむ?
海中とは言え、せっかくの廃校なのじゃから、もっと七不思議っぽい恐怖感を煽るようなイベントが欲しいところじゃのー。
不思議ではあるが、ちぃとも怖くはないのぅ。
海に沈んで、お魚さんたちの遊び場になっているのね的な感じで、すっかりほのぼの系のイベントになっておる。
地下迷宮的海底廃校のイベントとしては、もう少し不気味さがある方が、我の好みなのじゃが。
いや、魚児童たちが笑いさざめくその向こうから、もうちょい大きい女児の泣き声が聞こえてくるというのは、不気味と言えば不気味じゃが。
「いいなー、あの音楽室。うちの学校も、ああなら、いいのになー。おれも遊んでみてー」
まあ、でもケータは気に入っておるようじゃし、よしとするか。
なんで、こんなことになっておるのかは、サッパリ分からんが。
あー、しかしじゃ!
それなら、それで。
音楽室では、この魚児童たちのイベントをメインにしたかったのじゃー!
ほのぼの系お使いイベントが起きて、アイテムをもらえて、その後も癒しスポットとして使えるとか、悪くないではないか?
お、そうじゃ!
あの鍵盤の仕組みを理解して、簡単な曲を一曲奏でられたら、レアアイテムゲットとか!
悪くない!
最高に悪くない!
なのに、なんでじゃ!
なんで、泣き声イベントと組み合わせてしまうんじゃ~!?
誰の仕業なんじゃ、これ!?
我は何もしていないはずなのに、どうしてこういうことになっておるんじゃ!
いや、アイデアは悪くない。
アイデアは悪くないのじゃが。
我の設定通りであれば、泣き声の主は、このフロアのメインシナリオ主要キャラのはずなのよのー。設定通りにメインシナリオが始まるとすればじゃが。
むぅ。予定通りメインシナリオが始まったら、せっかくケータが気に入ってくれておる魚児童たちによる鍵盤トランポリン遊戯が、ただの添え物っぽくなってしまうではないか~!
むしろ、これをメインに据えたかった!
くぅ。
こんなことなら、シナリオ開始の教室は、音楽室ではなくて普通の教室にしておくんじゃった。泣き声が聞こえてくるだけなら、普通の教室でも全然、構わんしのぅ。
じゃが、あれじゃ!
切なげなピアノの音色と泣き声を合わせたら、イベントがより盛り上がると思ったんじゃ~!
おまけに、あれじゃ。
あのように戯れている傍らで切ない恋愛系イベントを始めてみても、じゃ。
悲劇が喜劇にしかならんのではないか?
せっかく、姫と王子の切ない恋愛イベントを用意したというのに。
ケータは、すっかり鍵盤トランポリンに夢中で、仲間に入りたそうな顔で、うずうずとモニターに見入っておるし。
この分では、いざイベントが始まっても、ケータの視線も心も鍵盤遊戯に釘付けのままではないか。
恋愛イベントを通して、我のことを一人の可憐な女児として意識してもらおうという我の計画が……。
いや、イベントが始まったら、画面を切り替えて、鍵盤遊戯の様子が映らないようにすれば済むだけの話なのじゃが。
それは、まあ、そうなのじゃが。
こんなにも夢中になっておる姿を見ては、それも忍びないというか。
むしろ、このまま。
女勇者のことなんぞどうでもいいから、我は楽しそうなケータだけを見つめていたいというか……。
ああ!
乙女心が、辛いのじゃ!
……お?
くぅ、と心のハンカチを噛みしめておったら、入り口で立ち尽くしていた女勇者が動き出したようじゃ。
ケータがあんなにも夢中になっておる、戯れる魚児童たちには目もくれずに、足早に奥へ進んでおるようじゃが……?
ああ、そう言えばじゃ!
確か、女勇者は、あの魚を苦手にしておったのぅ。
そうか、それでか。
魚児童たちが戯れる心温まる光景じゃというのに、絶対に目に入れるものかという頑なな意思を感じるの。
じゃが、苦手な魚たちのいる音楽室に、そうまでして入って来たということは、おそらく女勇者も泣き声の主がメインシナリオに関係していると予測したのであろうな。
ふっ、さすが女勇者じゃ。
じゃが、あれじゃ。
女勇者の奴、あまり恋愛には縁がなさそうじゃからのー。
くっふ。我の用意した恋愛イベントをどう解決に導くのか、ちょいとばかり楽しみになってきたの。
せいぜい的外れな言動で活躍して、女子としての株を大きく下げるがいいわ!
そこをすかさず、我が気の利いた女子力アピールフォロー発言をすれば、ケータも女子としての我を見直して、意識するようになるであろう。
むふふ。
楽しみじゃの♡
問題は、あれじゃ。
ちゃんと我が用意した通りのシナリオが展開されるかどうか、じゃの。
シナリオ改変とか、さすがにされておらん……よな……?
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