第43話 予期せぬ再開

 意を決して。

 ――というよりは、諸々を諦めて。

 とりあえず、ドアを開けて中を確認してみることにした。


 現実の七不思議だと(いや、現実の七不思議って、なんだよって感じだけど)、ドアを開けたら誰もいなくて、声と音だけが聞こえてくる……とか、よくあるパターン。

 ――いっそ、それだったら、いいのになぁと思う。


 それだったら。

 誰もいなくて、声と音だけが聞こえてくるだけだったら。

 特に何か、あれしろとかこれしろとか、言われないんだったら。

 それで終了とドアを閉めて、次へ行けばいいだけだし。


 別にね? 怖いってわけじゃない。

 だって、ほら。今さらだし?

 神社の傍の森から、魔女の地下迷宮へとやって来て、魔法を使って敵と戦ったりしてきたのだ。

 地下迷宮のはずなのに、雪の森とか冒険して、今は海底トンネルを抜けて。

 今は、海底学校を探索中ときたもんだ。

 もうさ。七不思議とか、今さらじゃない?


 そう。わたしは、怖いわけじゃない。

 怖いわけじゃなくて、嫌な予感がするのだ。

 開けなければ、よかった……そんな風に思わされる何かが待っている。

 そんな、予感がするのだ。


 だが、そうは言っても、だ。

 開けなければ、イベントは始まらない。

 それが、先へ進むための必須イベントなら、やらないわけにはいかない。

 …………いや、だが、待てよ?

 必須イベントなのか、寄り道イベントなのかって、どうやって判断するの?

 ゲーム慣れしている人なら、経験からなんとなく分かったりするのかもしれないけれど、あいにくゲームは、自分でやったことはない。

 父さん、イベントについて他にも何か、言ってなかった?


 …………………………。

 …………………………………………。


 だ、ダメだ。

 全記憶を検索しても、役に立ちそうな情報が見当たらない!

 たぶん、あれだ。

 あの人、起きたイベントはすべて、全力で楽しむタイプだ。

 本人がそう言っているのを聞いたわけじゃないけれど、なんとなく分かる。

 絶対に、そうだ。


 う、うーん?

 前の雪の森では、どうだったっけ?

 確か、かまくらの中のこたつにいた雪だるまが、ラスボスみたいな感じで、倒したら次へ進むための階段が現れたんだよね?

 あの時は、こたつに釣られたせいで、なし崩し的にイベントが始まっちゃったけど。

 たぶん、わたしが寒がりじゃなかったら、こたつなんて普通にスルーして、今でも森を彷徨っていた気がする……。

 最初の洞窟フロアは、小手調べ的な意味もあったのか、階段の前を守っている二体のガーディアンっぽいのを倒すだけの、イベントというほどでもない感じの分かりやすいアレだったし。

 だ、ダメだ。

 参照できるデータが少なすぎる。


 つまり、これは、あれだな。

 イベントはすべて、片っ端からクリアしていくしか、ないと……。

 そういうことか。


 ふっ。それなら、それで。

 やらねばならないイベントかどうかなんて考えずに、さ。

 次のフロアに辿り着けるまで、起こせるイベントはすべて起こして、サクッと片付けていくまでよ!

 それは、それで話が早い。

 迷う時間が短縮できるってもんよ!

 この有能なわたしにかかれば、どんなイベントも速攻解決、間違いなし、だしね!

 すべては、悪しき魔女から圭太君を救い出すため!

 いざ!


 ということで、盛り上がった気分のまま、


 ガラン!!


 と、勢いよくドアを開けて、その音を聞きながら早速、後悔した。

 しまった。しくった。

 これじゃ、参上しましたと言わんばかりじゃない?

 イベントが始まるだけなら、まあ、いいけど。

 音楽室の怪が襲ってくる系のイベントだったら、訪問をお知らせするのはマズいのでは?


 ――なんてことを、今さらのように思いついて。

 ドアが全開になってから、慌てて七夕杖を構える。


「いらっしゃーい♪」


 だけど、警戒するわたしに襲い掛かってきたのは、恐ろしいバケモノではなく、来訪者を歓迎する子供たちの声だった。

 和む雰囲気に、杞憂だったかと構えを解きかけて、わたしは凍り付いた。


 か、かかかかかかかか、海底トンネルで振り切ったはずのおまえらが!

 な、なな、なんで! なんで、ここに、おんねーん!


 何匹! 何匹もの!

 手足の生えたお魚が!

 全長五十センチはあろうかという、手足の生えたお魚が!

 一斉に、こっちを見とる!


 そーの歓迎は、いらん!


 咄嗟に放ちそうになった火炎放射器を、辛うじて堪えた。

 あの気持ち悪い生き物を焼き払いたい!

 焼き払って、存在をなかった事にしたい!

 それは、やまやまだ!

 だけど、さすがに!

 あの、子供の声を聞いてしまっては!

 さすがに、そう言うわけには!!


 え、えええええ得体の知れない不気味な謎生物のままでいてほしかった!

 そうしたら、容赦なく焼き払えるのに!

 いや、今でも十分、得体の知れない不気味な謎生物ではあるけれど!

 でも、子供の声で歓迎とかされちゃったら、焼き払えない!

 くっ! 卑怯な!!


 てゆーか、さ!

 この部屋、なんなの!?

 音楽を奏でる部屋には、ある意味間違いないんだけどさ!

 わたしの知っている音楽室と、違ってるんだけど!?

 どうなってるの!? 魔女の常識は!?


 ピアノの音を鳴り響かせていたのは、手足魚の子供たちだった。

 いや、ピアノの音色を鳴り響かせていたのは、というべき?

 うん、だって、あれ。

 音は確かにピアノだけどさ。

 ピアノなのかどうか、大分怪しい。


 机と椅子が、鍵盤だった。

 机と椅子が、鍵盤になっているみたいなのだ。


 真っ白いお豆腐みたいな机が並んでいる。

 その手前には、背もたれのない黒いボックス型に椅子。

 それが、普通の教室と同じ感じに整列している。


 その上で、手足魚たちがポロン、ポロロンと順番に飛び跳ねているのだ。

 それはもう、楽しそうに。

 笑いさざめきながら。


 で。うちの学校の音楽室ならグランドピアノが置かれている場所には、パカッと口を開いた貝殻が配置されていた。

 大きさも、まんまグランドピアノサイズ。

 鍵盤なのか、机と椅子なのか分からない何かに邪魔されて、よく見えないけれど。

 泣き声の主は、その貝殻の中にいるようだった。

 わたしと同じ年くらいの、女の子の泣き声。


 セオリー通りに行けば、イベントが始まるとしたら、そちらの方だろう。

 涙のわけを聞き出して、解決してやることで、次への道が開ける。

 まあ、王道展開だよね。


 海底を舞台に、うら若き乙女の泣き声が聞こえてくる、となったら。

 ここは、やっぱり。

 人魚のお姫様の恋愛系イベントが始まるってものだよね? ね?

 わたしだって、年頃の女の子だ。

 しかも、恋する女の子だ。

 そういうのは、嫌いじゃない。

 ちょっと、ワクワクしてきた。

 ただなー……。

 魔女のセンスは、よく分からないからなー。

 手足魚の王子様に恋をした人魚姫が、さ。

 魚の尾びれの代わりに人間の足を手に入れるんじゃなくて、尾びれの脇から足を生やしたいとか言い出したら、どうしよう?

 その願い、叶えたくない。

 そんな、失敗したクリーチャーみたいなのを生み出す手伝いをするくらいなら、人魚のままで、ここでずっと一人で永遠に泣き続けていて欲しい。

 いや、待て!

 それだと、あれだ。

 これが、必須イベントなら、わたしの恋も迷子になってしまう。

 つまり、ここは、あれだ。

 怪しい薬なんぞに頼らずに、ありのまま、人魚のままでぶつかって、見事その恋を実らせる手伝いをすればいいってことだ。

 大丈夫!

 愛があれば、異種族婚だって、問題ないさ!

 うん、大丈夫。

 わたしの恋の前哨戦として、その恋、何とかしてしんぜよう!


 でもなー……。

 魔女の地下迷宮だからなー……。

 王子様の方が人魚で、子の先に待っているのは手足魚のお姫様って可能性もある。

 その場合は、逃げよう。

 逃げて、王子様の方を探して。

 そっちをけしかけて、なんとかしよう。


 大丈夫、わたしなら、出来る!

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