第42話 音楽室の謎

 海底に閉じ込められた学校。

 最初は、本当に本当の水中フロアにするつもりじゃった。

 海の底に沈んだ幽霊船ならぬ廃校を、ケータと二人、水着で泳ぎながら探索して回るとか、楽しそうじゃろう?

 それに、それに、じゃ。

 我の可憐な水着姿を見て、ケータの中に仄か何かが生まれるかもしれんし、の♡


 水中での呼吸問題については、魔法で解決じゃ。


 ちなみに、元々の計画は、こんな感じじゃった。

 まずは、呼吸に何の問題もない海底トンネルで、海中散歩を楽しんでもらう。

 冒険の舞台は、海中に沈んだ廃校。

 海底トンネルの終着点は、廃校の校門だ。

 校門の向こうは、完全に水に包まれた世界。

 何の準備もなしに闇雲に突入したら、あっという間に溺れて水死体になりかねない。

 校門の前で、立ち往生する男児。

 ――そこで、我の登場じゃ。

 魔法のシュノーケルを持った我が、女神のように登場し、男児の冒険を助けるのじゃ。

 軽く溺れさせてからのマウス・ちゅー・マウスで助けるという方法も考えたのじゃが、本気で溺れさてしまってはマズいからのぅ。断念したのじゃ。


 今回の採用に当たって、ガチ水中を廃止したのは、もちろんケータと二人で探検するつもりじゃったからじゃ。

 シュノーケルなんぞしてては、会話もままならないからの。

 それに、よく考えたら、呪文を叫んだりも出来んしな。

 綺麗さっぱり、諦めたのじゃ。


 校舎の外は、海の中。

 校舎の中は、水中モドキ。


 色と光の織り成す幻想空間で、ロマンチックに初デート♡

 ――のつもりじゃったのじゃ。

 つもりじゃったのに、のー……。


 我、渾身のデート探検フロアは、今。

 ダメな意味で現役中学生とは思えない走りっぷりを見せた挙句の下駄箱での撃沈から、忌々しくもあっさり回復した女勇者が、物珍し気に探索しておる。

 あの、無意味に用心深かった女勇者とは思えぬ無防備っぷりで、我の造り上げた芸術に見惚れながら、フラフラと校舎一階を歩き回っておる。

 これまでの我ならば、女勇者の気を引けたことに、多少なりとも満足感を覚えたであろうが、今となっては女勇者の反応なんぞ、心底どうでもいい。というか、感心されても、むしろ腹立たしいだけじゃ。

 そこは! 本来ならば!

我とケータが、二人仲睦まじくデート探検をして楽しみつつも、仲を深め合う場となったはずなのじゃ。

 はずなのにぃいぃぃいいぃい!


「おっもしれぇな! 学校の外は海で、中は海の中風なのかぁ。青い光が揺れてるだけで、水の中みたいに見えるんだなー」

「……はい。素敵ですね」


 ケータが興味を持ってくれているのが、嬉しくて口惜しい。

 興味を持ってくれているからこそ、二人で直に体験して、その場で感想を言い合いたかった~ん。


 モニターは今のところ、右が校舎内からの視点で、左が校舎の外から映したものとなっておる。

 校舎内からの方は、女勇者一人称視点にしてみた。女勇者の顔なんぞ、アップで見たくはないしの。あと、その方が、臨場感が味わえるであろうしな。

 一方、左モニターは校舎から少し離れた位置で、窓の向こうに見える女勇者の姿を追っている。一応、客観的な視点もあった方が面白いかと思っての。

 落胆しつつも、ケータへのサービスは忘れないのじゃ。

 我はなんと、健気なのじゃろう。

 この健気さを、もっとケータにアピールしていきたい。


「なんで、校舎の中に水が入って来ないんだろうな? そりゃ、窓は閉まってるけどさ。全然、水漏れしてないよな? そんなこと、あるのか?」

「ま、まあ、そこは地下迷宮ですし! ま、魔法の仕掛けなのでは?」

「魔法かー。……なあ。あの窓、開けたら、どうなるんだろうな?」

「え? えええ? そ、そそ、そうですね……。水が一気に流れ込んできて、溺れてしまうのでは?」

「あー、それもそうかー」


 さ、さすが、ケータ!

 なかなか、やんちゃな考えじゃの!

 想定外じゃったわ。

 二人で校内を探検していたら、絶対に、やっておったろうな。

 いや、じゃが。それも、悪くないイベントかもしれんの。

 ケータが窓を開けたことにより、海水は校舎の中に流れ込み、逆に校舎の外が青い光の世界になる。そう、中と外の世界が逆転するのじゃ!

 我は、海水で溺れたケータを助けて、屋上へと辿り着く。

 そこで、ケータにマウス・ちゅー・マウス♡

 息を吹き返したケータは、心配そうに見下ろす我の可憐な美貌に惚れること間違いなしじゃ♡

 しかも、我、命の恩人じゃし♡

 ケータのことじゃから、「次は、おれがお前を助ける番だ」とか言ってくれるやもしれん。そうとなったら、飛び切りのイベントを用意せねばなるまい~♡

 そうじゃ! 採用取り消しとなった魔法のシュノーケルを復活させよう。魔法のシュノーケルを使って、水に侵された校舎内を二人で探検。その途中で、事故、もしくはモンスターに襲われてシュノーケルを失くしてしまう我。

 我を救うために、ケータは…………♡

 これは、二人の仲を決定的なものにする神イベントになるのではないか!?

 くぉう! 滾る~!


「リンカの奴、廊下を歩いているだけだな。どっか、教室に入ったりしないのかな? 職員室はどうでもいいけど、保健室は何かイベント起こりそうだよな! クリアしたら、保健室で回復できるようになったりとかさ!」

「それは、ありそうですね!」

「な!」


 我が脳内で盛大に滾っておる間に、ケータも盛り上がっていたようじゃの。

 それは、大変喜ばしいのじゃが、我は少し冷静になった。

 滾って妄想したところで、今、水中廃校を冒険しているのは、我とケータではなく女勇者なのじゃった……。

 それは、それとしてじゃ。

うむ。保健室イベントは、もちろん用意しておるぞ。

 人体の構造に詳しいしゃべる人体模型が治療してくれるのじゃ。

 しかし、あれじゃ。

 ケータもこうして楽しんでおるし、我も気持ちを切り替えるとするかの。

 過去の失敗に囚われるあまり、ケータの眩しくも愛らしい笑顔を見逃してしまっては、悔やんでも悔やみきれんからの。

 あと、あれじゃ。

 ケータのこの様子を見る限り、二人でのデート探検は、楽しいは楽しいじゃろうが、の。どうも、ロマンチックなことにはならなそうじゃしの……。

 この先には、恋愛系のイベントを用意しておったのじゃがのー。ケータと二人で、イベントをクリアすることで、二人の間にも何かが発展……的なことを狙っておったのじゃが。

 ケータは、そっち方面は少し遅れておるようじゃからのー。

 ここは、少し様子見といこうかの。

 恋愛イベントへのケータの反応を窺い、ケータの恋愛観を探り、今後の参考とすることにしようかの。

 ふん。命拾いしたな、女勇者よ?

 おぬしの退場は、フロアの最後までお預けとしておいてやる。


「あ。リンカの奴、保健室はスルーして、二階に向かったぞ?」

「何かを、察知したのでしょうか?」


 ふむ。都合のいいことに、我が水を向けるまでもなく、女勇者は恋愛イベントの待つ二階へと進みおった。


「お? な、なんか、聞こえてくるぞ? お、音楽室の中からか? 泣き声と笑い声が、一緒に聞こえてくる。ピアノの音もするな? 一体、中で何が起こっているんだ?」

「はい。気になりますね?」


 うむ。

 気になる。

 たいそう、気になるぞ?

 いや? 我が用意したのは、切なく流れるピアノの音色と訳あり気な女児の泣き声、だけのはずじゃったのじゃが……?

 あの、楽しそうな笑い声と、子供が遊んでますみたいなピアノ音は、なんなのじゃ?

 一体、中で何が起こっておる?


 女勇者よ。何を立ち止まっておる?

 早く、そのドアを開けんかい!



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