第41話 究極の選択

 透き通る青い光。

 その中で、白い輪郭が、揺らいでいる。

 時折、首筋を通り抜けていく、心地よい冷たさは、まるで波のよう。


 まるで、水の中にいるみたいだった。

 まあ、あれだ。

 今回の舞台は、海の底に沈んだ学校なんだから、当然と言えば当然なんだけど。

 そうなんだけど、割と不思議なことになっているのだ。


 水の中で、水の中風って感じかな。


 校内は、透明な光で満たされていた。

 透明な青のグラデーション。揺らぐ白。

 水の中を表現した、投影機で映し出した世界の中を歩いている感じ。

 校内全体が、スクリーンの中みたいな。


 光が、泳いでいる。

 光だけが、泳いでいる。


 微かに聞こえてくる、ざわめき。

 内容は聞き取れない、誰か喋っている声が、耳の脇を掠めていく。

 制服の影みたいなものが、チラリと目の前を過っていく。

 でも、ハッと目を凝らすと、もう何も見えない。

 水面に見つけた、魚の影みたいに。

 残像だけが、残っている。


 そして、校舎の外は、海だった。

 完全に海だった。

 いや、海を模した水族館、かな?

 窓ガラスは、全部ぴっちり閉められている。

 その向こうに見えるのは、水族館でガラス越しに見るような世界なのだ。

 巨大水族館の巨大水槽の中に、学校を閉じ込めてみました、みたいな感じ。

 窓の外では、正しく魚たちの群れが泳いでいる。

 大きいのも。小さいのも。

 手足なんて生えていない、ちゃんとしたお魚。

 正しい、水族館の景色。

 ただし、閉じ込められているのはこっちの方。

 ――って感じ?


 学校だけに、なんだか七不思議の世界に囚われてしまった気になってきて、足元がふわふわする。

 見える景色は、海底トンネル序盤とさして変わらないはずなのに。

 なのに、全然、違う。

 まったく、違った印象なのだ。

 海底トンネルは、さ。現実にも、ありそうじゃない?

 いや、本当にあるのかどうかは、知らんけど。

 でも、造ろうと思えば、造れそうっていうか。

 まだ、現実味がある。

 現実味が、あった。

 少なくとも、手足の生えた魚とかが出てくるまでは。


 でも、でもさ。

 校舎の窓の向こうが海の中って言うのは、さ。

 さすがに現実離れしている、よね?

 いかにも、魔女の仕業っぽい。


 七不思議に巻き込まれちゃった感が、強い。


 学校という“現実”と海底という“非現実”が混ざり合った世界は、何処か落ち着かない気分にさせる。

 廊下を外履きで歩いているのも、わたしを落ち着かない気分にさせる原因かもしれない。

 だって、こんなの、本当の現実ではあり得ない。

 わたしは、優等生なのだ。

 制服姿で、校舎内を外履きで歩くなんて。

 ……ふふ。でも、意外と悪くないわね。

 背徳感がイイ、みたいな?


 ――なーんて、現実では出来ない悪さをして、浮かれている場合でもないんだけど。

 今のところは、何も起きていないけれど。

 ここは、魔女の造った地下迷宮なのだ。

 また、なんかよく分からない敵が、いつ出てくるとも限らない。

 はっ! そう言えば、すっかり警戒するのを忘れていた。

 やっば。日常的に非日常すぎて、うっかりしてた。

 なんも、起こらなくてよかった。


 うーん。てゆーか、本当に、何にも起こらないな?

 廊下を歩いているだけじゃなくて、どっかの教室へ入ってみた方がいいのかな?

 今まで通り過ぎたのは、職員室と保健室と、トイレ。廊下の突き当りは、家庭科実習室みたいだな。

 ううーん、七不思議的な何かが起こるなら、やっぱり保健室?

 怪談系イベントは、なるべくなら勘弁してほしいんだけど。

 ――なんて、足を止めて、考え込む。

 ちょうど、階段の前だ。

 とりあえず、今まで通り過ぎてきた部屋は、どこも、しっかりドアは閉まっていて、中で何かが起こりそうな気配とかは感じなかったんだよね。

 上にあがってみた方がいいのかな?

 まだ、一階の廊下を歩いているだけ、だしな。

 チラッと階段に視線を走らせる。

 地下はないみたいで、二階に続く階段だけだ。

 うーむ。

 地下迷宮を階層的に先に進むためには、地下への階段を探さないといけないんだよね?

 そうなると、一階のどこかに、地下への階段が隠されている、とか?

 となると、一階を重点的に探索すべき?

 でもなー。階段が隠されているんだとすると、何かイベントをこなさないと現れない……とかいう可能性もある。

 確か、ゲームには。

 先に進むためには必ずこなさないといけない必須イベントと、別にやらなくてもいい寄り道イベントがあるんだよね?

 別に興味はなかったんだけど、ゲーム好きの父さんが聞いてもいないのに勝手に語ってくれるから覚えちゃったんだよね。

 あの時は、無駄知識を覚えさせられたとか思っていたけれど。

 いやー、まさか、現実に役に立つときがやって来るとはねー。

 現実はゲームより奇なり、だよねー。


 あとは、あれだ。

 そう思わせておいて。

 意表をついて、次の階層への階段は屋上にありました、ということもあり得るな。

 一番あり得ないはずの屋上に、あえて、とか。

 意地の悪い魔女が、考えそうなことじゃない?


 ここは、とりあえず。一度、屋上まで行ってみるか?

 必須イベントなら、やるしかないけれど。

 不要なイベントは、なるべくやりたくないしな。

 屋上まで様子を見に行って、そこに次へ進む階段があれば、それでよし。

 サクッと先に進むとして。

 何もなかったら、諦めて、イベント探して校内を探しながらまた一階まで降りてくる……うん、それで行こう。


 よし、目指せ、屋上!

 ちょっと、楽しみだな。

 だって、ほら。現実の学校では、生徒が屋上へ行くのは禁止されてるじゃない?

 一度、行ってみたくは、あったんだよねー。

 …………ん? ちょっと、待てよ?

 外は、海なんだよね?

 もしかして、屋上って、水中だったりする?

 先に、水着を手に入れないといけないのかな?

 あんまり、ボリュームには自信がないんだけど。

 そりゃ。先に進むためなら、水着姿にもなるけど。圭太君を助けるためだし。

 でも、せめて。ボリュームのなさをカバーしてくれる可愛いヤツを用意してほしいよね。

 鳥居柄のビキニだけは、本当に心から勘弁願いたい。


 鳥居柄回避を願いながら、まずは二階へと上ってみる。

 結果的に、その判断は当たりだった。

 たぶん、当たり。

 少なくとも、イベントは引き当てた。


 階段を昇って、左手の突き当りは音楽室だった。

 音楽室の階段と言えば、夜中に、誰もいないのに響き渡るピアノの音、とかが定番だけど。

 若干のアレンジがなされていた。


 ピアノの音、は聞こえてくる。

 出鱈目に鍵盤を叩いてみました、みたいな音。弾くというよりは、叩いている音。

 それから、楽しそうな子どもの笑い声が複数。

 小学生、それも低学年くらいのお子様たちな感じ。

 休み時間に、みんなで集まって弾けもしないピアノで遊んでみました、みたいな雰囲気。

 そして、そして――。

 その雰囲気には、まるでそぐわない、しくしくと泣きじゃくる女の子の声。


 楽しそうに笑う子どもたちと、泣きじゃくる女の子。

 お互いがお互いの存在をまるッと無視しつつも、なぜか共存している。

 そんな、違和感。


 一階の静けさが、早くも懐かしい。

 めっちゃ、スルーしたい。


 扉を開けたら、何かイベントが始まるのは、確実だ。

 問題は、それがどっちのイベントかってことだ。

 先に進むために必要な必須イベントと、ただの寄り道イベント。

 一体、どっちなのかって話だ。

 この音楽室の温度差の怪が、次の階層へ進むためにやらなければならない必須イベントなら、気は進まないけれどやるしかない。

 でも。

 でも! でも!!

 ただの寄り道イベントなら、全力で回避したい!!


 必須……!?

 寄り道……!?


 くっ、どっちだ!?

 どっちなんだ!?


 わたしは、今。

 究極の選択を迫られている!!


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