第40話 魔女の敗北
左右のモニターが、赤い炎で埋め尽くされた。
女勇者の海底トンネル進行中は、トンネルの外側視点と、女勇者目線での視点を映しておったが、決戦が始まってからは、女勇者の姿と門番である氷スルメを左右それぞれに映しておった。
その両方に、女勇者の炎魔法『火炎放射器』が放った炎が映し出されているのじゃ。
むっふっふ。
まんまと引っかかりおったな。
氷だから炎で溶かしてやれと単純に考えたのじゃろうが、そうは問屋が卸さんのじゃ。
今回は、本気で女勇者を潰してやるつもりじゃからの。
女勇者がこれまで使ってきた魔法については、すでに対策済みなのじゃ。
「なっ! あの氷、炎で攻撃されたのに、ビクともしていないぞ! どういうことだ!?」
「中のスルメも、いい湯加減とか言っていますね」
「氷だから炎系魔法が効くと思わせておいて、実は効いていない!? あの氷は、フェイントか!?」
「そうかもしれません。一筋縄ではいかないモンスターのようですね」
ケータも手に汗を握っているようじゃの。
うぅむ。
女勇者の動向を窺いつつ、ケータのことも見守らねばならぬとは。
これは、忙しいのぅ。
むふふ。
ああー。
モニターを食い入るように見つめながらハラハラしているケータを鑑賞して心の涎を盛大に垂らしまくりたいところじゃが、そうもいかん~。
ここからが、正念場じゃからの。
気を引き締めて、本気の反逆といかねばならん。
「あ! 氷からスルメの足が出てきたぞ! 逃げろ、女勇……って、もう逃げてる! おまけに、火炎放射器で反撃してる!? さすが、女勇者! スルメ野郎の考えることなんて、全部、お見通しってわけか!」
「ふんっ。なかなか、やりお……ケフン。なかなか、やりますね!」
「な!」
くっ。まさか、読まれていたじゃと?
動揺のあまり、うっかり地が出るところじゃったわい。
幸いにも、ケータは全く気づいておらぬようじゃが。
…………それはそれで、我に関心がないようで、ちと複雑じゃ。
この我の乙女心を、このように弄ぶとは、ケータめ♡
そんなところも好きじゃ♡
「あ、ああ! 氷の中に引っ込んだスルメ野郎の黒焦げの足が、元通りに蘇っていく!」
「た、大変です! これでは、キリがありません! 一体、どうなってしまうんでしょう!?」
「が、頑張れ! 女勇者リンカ! そうだ、あれだ! おまえにはまだ、スイーツ化魔があるぞ! そんな氷漬けのスルメ野郎、スイーツに変身させてしまえ!」
「そうです! それです! 次は、どんなスイーツになるのでしょう?」
「あー……。スルメ入りの氷で作ったかき氷って、うまいのかな? シロップは、しょうゆとか、か?」
「う……どうで、しょう? ポン酢の方が、いいよう、な?」
「それも、アリだな! 今度、どっちが美味いか、食べ比べしてみようぜ!」
「は、はい。楽しみ……ですね?」
ケ、ケケ、ケータよ?
楽しそうなのは、大変可愛らしくて良いのじゃが、いきなり何を言い出すのじゃ?
スルメ入りの氷だからと言って、それをそのまま、素材として使わんでもいいと思うぞ?
あれは、結構、何でもありのチート魔法ぞ?
スルメ入り氷が苺大福になったりパフェになったりしても、何もおかしくないぞ?
あと、しょうゆはシロップじゃなくて、カテゴリ的にはソースではなかろうか?
ほ、ほほ、ほいでもってじゃ。
お誘いは嬉しいのじゃが、その食べ比べは、どうなんじゃろ?
意外とイケたりするのじゃろうか?
いや、味なんぞ、どうでもよい。
せっかくのケータからのお誘いなのじゃ!
ここは、乙女として受ける以外の選択肢があろうか!?
そうじゃ!
これは、記念すべき初デートのお誘いではないか!?
うむ。そのお誘い、謹んでお受けするのじゃ!
それに、あれじゃ。
スイーツとしたら、美味しくはないかもしれんが、おつまみ的な美味しさはあるかもしれんしの。何事も、挑戦というヤツじゃ。
ケータと一緒なら、失敗しても、それはそれで楽しめそうじゃしの。
うむ、うむ。
本気で楽しみになって来たぞい。
「あ、おい! 見てみろよ、リリィ! 魚たちが、リンカを応援し始めたぞ! よし! みんなの応援パワーで、きっと何とかなる!」
「え? 本当……ですね?」
ふぉ?
そういえば、さっきからなんぞ、パチパチ煩いの?
う、うん?
あの魚どもは、何をしておるのじゃ?
海底トンネルに群がって、ガラスをパチパチ叩いておるが……?
我は、そんなこと命じておらんのじゃが?
なんで、勝手に、女勇者の応援なんぞをしておるのじゃ。
ケータは喜んでおるようじゃから、まあよいが。
ん?
ケータは気づいておらんようだが、なにやら、女勇者の顔色が悪いのぅ?
…………そう言えば、そうじゃった!
女勇者は、あの魚が苦手だったんじゃ。
うむ、うむ、うむ。
こーれは、結果オーライというヤツじゃ!
あの様子では、もしや、門番モンスターに敗北するまでもなく、音を上げるのではないのか?
お?
唇が、わなわなと震えだしおったぞ?
降参か? 降参なのか?
ふ、ふふ。
さあ、早くその一言を口にするがいい。
たった一言、『もう帰りたい』と言いさえすれば、それでいいのじゃ。
我の願いも、女勇者の願いも、両方叶うというものじゃ。
さあ、さあ!
早く、言うのじゃ!
『メガトン・ハンマー!!』
そう、メガトン……メガトン・ハンマー?
「うおお! まさかの、新魔法か! でも、メガトン・ハンマーっていう割には、小さいな? まあ、あれか! 小さくても力持ちってことかもしれないよな! あ、それとも、油断させておいて……ってことか!? そうなのか!? リンカ!?」
「めが、めが、めがとん、はんまー……?」
女勇者の雄叫びのような呪文(いや、呪文か?)とともに現れた、メガトンと言うにはしょぼいサイズのハンマー。
対人間用ならば立派な凶器だが、あのサイズの氷塊相手にはどうじゃろうというハンマー。
……なのじゃが。
あの氷塊、物理攻撃に対する耐性は、どうじゃったろうか……?
女勇者は、魔法専門っぽいから、あんまり考えてなかったような……?
冷や汗を垂らしながら見守っていると、女勇者が七夕杖の先を、クルクル回し始めた。
その動きと連動しているかのように、空中のハンマーも回りだす。
いや、ちょ。そんなに勢いよく回らんでも…………あ。
メガトンとは思えないメガトン・ハンマーの一振りで、スルメ入りの氷塊は、呆気なく砕け散った。
カシャーンと小気味いい音を響かせながら、見事に砕け散った。
スルメモンスターの断末魔に被せるように、ケータの歓声が響き渡る。
女勇者は、スルメモンスターを思い切り踏みつぶしながら、猛ダッシュをかましたのだ。
トドメを差すつもりではなく、進行方向に偶々いたから踏んじゃいました的に。
振り返ることすらせず、わき目もふらずに校舎へ向かって走っていく。
なぜ。
なぜじゃ。
なぜ、こうなったのじゃ……?
ケータが喜びのあまり、我の肩を揺すぶっている。
それは、そのこと自体は嬉しいのじゃが。
じゃが。
ケータのキラキラとした憧れの眼差しは、モニターの中の、校舎に向かってひたすら走っていく女勇者にのみ、向けられている。
そんな目で、そんな目で女勇者を見つめるでない!
くっ。
なぜ……、なぜじゃ?
なぜ、こうなったのじゃ?
我の作戦は、完璧だったはずじゃ。
計画では、今頃は。
女勇者は惨めな敗北を味わいながら現実へと逃げ帰り。
代わって。
我とケータが、この水の地下迷宮で目くるめく恋と冒険を味わい尽くすはずだったのじゃ。
ケータの視界を奪うのは、我の愛らしくも可憐な姿のみ、のはずだったのじゃ。
それが、どうしてこうなったのじゃ?
なぜ、この我が惨めな敗北者となっておるのじゃ……?
……………………いいや。
まだじゃ。まだ、終わりではない。
ここはまだ、ラストダンジョンではない。
見ておれ、女勇者。
なんとしても、このフロアで、おぬしを現実へと追い返して見せる。
我の、ダンジョンマスターとしての誇りにかけて……。
我の、魔女としての誇りにかけて……じゃ!
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