第39話 運命の交差点
三番目の地下迷宮手前で立ちふさがった、氷漬けのスルメ。
軽薄な物言いからして、いかにも小物っぽい。
問題なく問屋も卸してくれそう。
これまでだって。
多少のハプニングはあったものの、楽勝だったしね。
……とはいっても、油断は禁物。
今まで、入り口で敵に邪魔されたことはなかったし。
いよいよ、地下迷宮も本番になってきたってことなんだろう。
さて。
それで、一体、どうしたものか。
サイズ的に、完全に次の舞台への入り口を塞いじゃっている。どうにか倒さないと先へは進めないんだよね。
で、倒す方法なんだけど。
氷漬けってことは、氷に耐性があるってことだから、氷魔法は効かないってことだよね?
あの魔法が一番、好きなんだけどなー。
次は、どんな氷菓にしようか考えるのも楽しいし。
だが、まあ。
効果がないのならば、仕方がない。
ここはひとまず、あれでいこう。
しっかし、あれ。
どういうコンセプトのもとに生み出された魔物なの?
アレを造ったヤツは、頭がどうかしていると思う。
ともあれ、行っとこうか?
「火炎放射器」
七夕杖を突きつけて、魔法発射。
いや、発動って言うべき?
「はっはっはぁ! いい湯加減だぜぇ!」
ん? んん?
これは、予想外。
外の氷が解けて、中身のスルメが出てくるかと思ったのに。
まさかの、無傷?
とゆーか、むしろ、喜ばせている?
火炎放射器の威力に、問題はなかった。
校門を塞ぐ氷塊をグワッと飲み込む勢いで襲い掛かっていったのに、全然溶ける様子がない。なぜか、知らんけど、内側の温度は上がっているらしく、スルメは喜んで小躍りしている。
正直、かなり、うざい。
温泉気分かよ。
「ヘイ、ヘイ、ヘーイ! それで、おしまいかい? ベイベー? なら、次はこっちの番だぜぃ?」
「……火炎放射器!」
氷の中のスルメダンスが激しくなった。
嫌な予感がして、炎魔法を放ちつつ、数歩、後ろへ下がる。
スルメが焼ける時のいい匂いが、漂った。
視界は、わたしが放った炎で埋めつくされている。その隙間から、焦げ目のついたスルメの足がチラ見えしている。
どうやら、スルメの足は伸縮自在で、氷の中から飛び出してきたりも出来るみたいだ。
「ほっほーぅ? いいカン、してるじゃねーか」
「くっ……」
ホント、危ないところだったよ。
あんなのに絡みつかれたら、服とか髪に匂いがついちゃうじゃない。
スルメの焼ける臭いは、食欲をくすぐる系のいい匂いではあるけれど、さ。
あれは、乙女が服や髪の毛から漂わせていい香りじゃない。
ふー。間一髪だった。
乙女のカン、グッジョブ!
杖を構えながら見据えた先、氷の中で、スルメはまだ踊っている。
焦げた足は、ひとまず氷の中に回収したらしい。
スルメに炎はよく効いたようで、回収された足の何本かは、真っ黒に焦げている。
氷には効かなかったけれど、スルメ本体には、ダメージを与えられるみたいだね。
よし! これで、この攻撃は防げる。
…………ちなみに、あれ。スルメが本体ってことで、いいんだよね?
「ふっふぅーん? もしかして、この程度で勝った気になっているのかーい? 女勇者さんよぅ。そーりゃ、さすがに俺っちのことをナメすぎだぜぃ? 見ーてな。ほーらよっと」
「…………え?」
揶揄うようなスルメの声が聞こえてきた。
あいつ、マジでうざい。とにかく、あの口を塞ぎたい。
ニラッとしたものを滾らせながらスルメを睨みつけたわたしだったけれど、さすがに固まった。
なに、ソレ?
反則じゃない?
「再生……している?」
いや、回復って言うべきなの?
まあ、どっちでもいい。
氷の中に回収された、すっかり黒焦げになったスルメの足から、しゅわんしゅわんと細かい泡が出てきたのだ。で、その泡が消えたと思ったら、元通りの程よく焦げたスルメの足に復活しているのだ。
くっ。卑怯な。
これじゃ、キリがない。
はっ!
これは、もしや!
黒焦げ後、再生の連鎖に疲れたわたしが、匙を投げて「もう、帰りたーい」などと言いだすことを期待しての、魔女の嫌らしい作戦?
正攻法では勝てないからと、こんないやらしい手を?
ふざけるな!
そんなことで、わたしの恋は負けたりしない!
炎魔法が駄目なら、他の魔法を試すまで!
よーし、次は、氷魔法、行ってみようか。
氷には効かなくても、スルメには効くかもしれないし。
というか、あの氷は、氷魔法対策なんじゃない?
つまり、その氷の中に隠れているスルメの弱点は、氷魔法ってことじゃない?
もしかしたら、氷魔法だったら、あの再生を阻止できるのかもしれない。
うん。試してみる価値は、あるな。
問題は、どういう氷菓にするかよね。
校門に飾るのに相応しい氷菓って、何かある?
それが、問題ね……。
スルメ野郎の次の攻撃を警戒しながらも、急ピッチで脳内会議を進めていたら、何やら激しくパチパチ音が聞こえてきた。
海底トンネルの外側から、だ。
しかも、割と全方向から。
何事……?
チラッと視線を走らせた瞬間、全身に鳥肌が立った。
ト、トンネルが!
トンネルが、完全に魚たちの群れに覆われている!
魚しか見えない!
手足の生えた魚が、びっしりと!
パチパチ音の正体は、吸盤付きの手のひらだった。
拍手の音じゃない。
吸盤付きの手で、トンネルのガラスを叩いているのだ。
トンネルをパチパチ叩きながら、じーっとわたしを見つめてくる目、目、目。
魚の目!
気持ちワル!
わたしは、今!
かつてない、精神攻撃を受けている!!
スルメの足が伸びてきたら、氷魔法で氷菓に変えちゃうとか呑気なことを言っている場合じゃない!
早急に、対処せねば!
スルメじゃない!
校門を塞いでいる、あの氷を何とかしなくては!
炎でも溶けない氷。
となれば、後はもう、これしかない!
「メガトン・ハンマー!!」
呪文の叫びと共に、わたしと氷のちょうど真ん中に、ハンマーが現れる。
あんまり大きいと、わたしにぶつかったり、トンネルにひびが入ったりしかねないので、そこそこの大きさのハンマーだ。うん。トンネルが壊れて、あの魚の群れが乱入してきたら、わたしの心は確実にイカれる。
ハンマーは、両手なら何とか持てるサイズだ。
大きさ的にはイマイチだけど、重さは十分にある……はずだ!
というわけで、早速、ゴー! わたしの心が砕け散る前に、ゴー!!
杖をくるりと回すと、ハンマーも空中で回転した。
「行っけぇーー! 邪魔な氷なんて、打ち砕けぇーー!!」
渾身の叫びと共に、七夕杖をバサッと大きく振るう。
ハンマーが、回転しながら氷塊へと飛んで行く。
スピードがのった一撃が、いい感じに打ち下ろされた。
高く澄んだ音が響き渡り、そして――――。
「なっ! まさか、魔法を使った物理攻撃……だと? む、無敵のはずの氷要塞が、そんな、そんな…………。み、水の中でないと、俺っちは、俺っちは、う、うわぁああああ!」
砕けた氷が崩れ落ちていく音と、スルメ野郎の断末魔。
よし!
門は開いた!
スルメ野郎の末路なんざ、どうでもいい!
今、わたしがやるべきことは、ただ一つ。
解放された校門の向こうへ、ゴー!
全身全霊ダッシュ!
こんなところにいたら、わたしの精神が崩壊する!
ひたすらダッシュ! とにかくダッシュ! 猛ダッシュ!
生涯で一番のダッシュを決めて、玄関の中へと駆けこんでいく。
校門をくぐった先の景色を楽しむ余裕もなく、下駄箱に駆け込み、ロッカーの手前の素の子の上に倒れ込む。
魚たちが追って来ていたとしても、もう走れない。
でも、幸いなことに、魚たちは学校の敷地内へは入って来られないみたいだった。
パチパチ音も、うざい気配も感じられない。
海中学校の敷地周辺には、空気があるようで、わたしは問題なく呼吸が出来ている。だから、エラ呼吸の魚たちは、ここへ来ることは出来ないんだろう。
手足が生えているけれど、あいつらは水陸両用ではないみたいだね。
神様、ありがとう。
魚をエラ呼吸にしてくれて、ありがとう。
どうか、この先。
わたしたちの運命が交わることがありませんように。
ありませんように!
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