第38話 矜持と恋心

 むふ、むふ、むふふふふふふふ。

 嫌がっておる、嫌がっておる。

 こーれは、いい気味じゃわい。


 心の含み笑いが漏れ出てしまうことは堪えたものの、口元がニマニマしてしまうのは止めることは出来んかった。

 じゃが、セーフじゃ。

 幸いにも、ケータはモニターの方に夢中になっておるからの。

 視線の先が女勇者じゃったら、そうも言っておれんのじゃが、むふ。

 ケータは手足付きの魚たちの群れに目を奪われているだけじゃからの♡

 その魚たちを生み出したのは、我。

 つまり、我の一人勝ちということじゃ♡


 むっふっふぅー。

 いやー、あれじゃ。

 女勇者の奴は手足付き魚が苦手なのかのー、と思って試しに大量に呼び寄せて、トンネルの周り、女勇者のいる辺りに群がらせてみたのじゃ。

 そうしたらば! 我の予想、大当たり!

 女勇者の奴め、ザッと蒼白になった顔面をしかめて、歩くペースを上げおったのじゃ。

 ぷっほほほ。しかも、あやつめ。すぐに息が上がって、亀よりも遅い超鈍足になりおった。顔だけは必死なのに、進む速度がついて行っておらんのじゃ。

 むほほほほ! いい気味じゃ!


 ちなみに、女勇者の情けない姿は、モニターには映しておらん。

 優しいケータはみっともない有様の女勇者に同情して「なんとかならないのか?」とか言い出しそうじゃからの。

 ケータと我の協力プレイで女勇者を助けるのは魅惑的だが、今はまだ、その時ではないのじゃ。

 それは、女勇者が敗北を認めた時。

 この地下迷宮からの脱出を心から望んだ時。

 その時こそ、我らの出番なのじゃ。

 心折れた女勇者を見送り、女勇者に代わって、ふたりで海底地下迷宮を攻略するのじゃ。

 くぅう。楽しみじゃのぅ。

 女勇者が本格退場さえしてくれれば、後はどうにでもなるのじゃ。

 我の造り出した幻想の女勇者に、「普通の女の子に戻ります。後のことは、二人に託しました」とか言わせれば、よいじゃろ。

 そんなことが起こり得るはずもないが、最悪ケータが女勇者に心を移してしまって追い縋ろうとした場合は、「リンカのためにも、今は私たち二人で世界を守らなければ!」とか言っておけば、納得するじゃろうて。

 まあ、そんなことは、万に一つも起こるはずがないが、一応、心構えはしておかねばじゃからの。

 なに、例えそうなったとしてもじゃ。そんなのは、女勇者退場イベントに惑わされた一時の気の迷い。二人で協力しながら海底迷宮を攻略していけば、すぐに女勇者のことなんぞ忘れて、我の愛らしさに夢中になるはずじゃ。

 そのためのイベントも、たんと用意してあるからの♡


 ケータとイベントを楽しむためにも、まずは女勇者に退場してもらわねば。

 まあ、の。

 やろうと思えば、強制退場させるとも可能なのじゃがの。

 女勇者の記憶を操作して強制退場させて、ケータには我の造り出した都合のいい幻劇場を見せるという手もあるのじゃ。

 それは、魔女としては完全勝利と言えるじゃろう。

 じゃが! ダンジョンマスターとしては、敗北なのじゃ!

 いかに接待地下迷宮と言えども、否、接待地下迷宮じゃからこそ。

 正規の手続きを踏んで挑戦者の資格を得た冒険者は、ダンジョンマスターとして迎え撃たねばならぬ。

 罠と仕掛けとモンスターで、ぎゃふんと言わせねば、なのじゃ。

 たとえ、相手が、ちとチート臭い女勇者であったとしても、なのじゃ。

 それが、ダンジョンマスターとしての矜持というものじゃ。

 むふ。我、カッコよくないか……?

 …………ん? なんじゃ?

 女勇者の幻を使ってケータを意のままに操るのはよいのか、だと?

 ふんっ。よいに決まっておるわ!

 ダンジョンマスターとしての矜持と乙女の恋心は別物なのじゃ!


「すげーな! 女勇者リンカ、魚の子供たちに大人気だな!」

「ふふ、そうですね。あんなにたくさん群がって」

「見てみろよ、あの目! ヒーローショーを見に来たちびっ子たちみたいにキラキラしてるぜ! くぅ~! あの目を見ているだけで、おれまで滾ってくるぜ!」

「うふふ。可愛らしいですね」


 むふ。むふふふふ。ケータめ、我の召喚した魚たちに夢中になっておるようじゃの。

 心の高笑いを押し隠して、我は精一杯、可愛らしく愛らしく可憐に笑ってみせた。

 女勇者への嫌がらせのつもりの手足付き魚の群れ召喚じゃったが、どうやらケータの心にクリーンヒットしたようじゃ。

 女勇者の様子は、我の心眼でのみ見られるようにして、それまで女勇者を映していた左モニターには、女勇者目線が映し出されておるのじゃ。右のモニターには、トンネルの外から魚の群れが冒険の始まりの地にしてトンネルの終着点に進んで行く様を映しておる。

 しかし。別に、子供の魚という設定にしたわけではないのじゃが、ケータは何の疑問もなく子供たちだと思っているようじゃの。

 なんでそうなっているのかは我にも分からんが、魚たちは女勇者にキラキラと憧れの眼差しを向けておる。

 その輝きは、確かに子供特有のものに思えるの。

 なんで、そうなっているのかは、分からんが。

 なんで、そうなっているのかは分からんが、女勇者は怖気を走らせているようだし、ケータは喜んでおる。

 魚たちが問題なく、始まりにして終わりの場所である校門へと進んでいることと、魚たちの眩いキラキラ眼のおかげで、中にいる女勇者のメンタルがゴリゴリに削られていることに、ケータは気づいておらん。

 気づいていないから、無邪気に喜んでおる。


 むふ。

 ちょっと試しに……とばかりに始めた作戦じゃったが、本当の本当に大成功じゃったのぅ。

 ケータは喜び、女勇者はメンタルにダメージを受けておる。

 これぞ、一挙両得というものじゃ!

 我、天才!


 そうこうしている内に、ついに魚たちの群れが終着地点へと辿り着いた。

 段々、ゆっくりになっていた進行が完全にストップする。

 魚たちの目が、より一層、輝いた。

 ケータの笑顔も輝いておる。


 さて、終焉を始めようとしようかの。

 さあ、見るがいい! 女勇者よ!


 ちょっとサイズは小さいが、ケータの意見をプチ反映したプチ巨大イカ……のスルメの氷漬けの魔物じゃ!

 スルメなのは『火炎放射器』対策として、あらかじめ炙りにしておいたのじゃ!

 そして、氷漬けなのは、チート級のチート魔法、スイーツ化魔法への対策じゃ!

 雪原フロアでの様子を見る限り、女勇者の奴め、なぜかあの魔法を氷魔法だと思って言うような節があるからの。

 最初から氷漬けにしておけば、魔法が効かないと思って、使ってこないのではないかと考えたのじゃ。

 もちろん、我は天才じゃからの。

 読みが外れた時のことも、ちゃーんと考えておるわい。

 むしろ、外れていて欲しいとまで思っておる。

 なぜか、じゃと?

 むふ、決まっておる。


 無敵のはずのチート魔法が破れた時の女勇者の顔、しかと拝んでやりたいから、の。

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