第37話 そうは問屋が卸さない?
唐突に始まった、手足の生えた魚との追いかけっこは、ゴール目前で最高の盛り上がりを見せていた。
いや、盛り上がっているのは魚どもだけで、わたしはむしろ盛り下がってるけどね!
上がっているのは、息のみだけどね!
トンネルの終わり、すなわち、この追いかけっこのゴールは目前だった。
ゴールに辿り着けば追いかけっこは終わるのかという質問には、全力で「その通りだ!」と答える。
異論も反論も認めない。
絶対に認めない。
じゃないと、わたしが困るもん!
で、何が盛り上がっているのかって言うと。
あいつら、魚ども。そう、“ども”! 魚ども!
増えやがった……!
お魚たちの群れに突っ込んじゃいました! みたいな勢いで、トンネルの周りをぐるっと囲まれているのだ。
手足の生えた魚たちに!
わたしの周囲、前後三メートルほどに密集した魚たちが、わたしの移動に合わせてついてくるのだ!
しかも、なんかさあ!
白地に赤の鳥居マークの旗とか振ってる魚とかもいやがるし!
ヤメロ! わたしのメンタルが削られるだろ!
鳥居マークにも削られるけど、この状況にも削られるだろ!
ふ、ふふ。
心はずっと全力疾走なのに、現実では超鈍行。もはや、早歩きですらないこの状況!
スタミナ配分を間違えたゴール寸前の素人マラソンランナーみたいに足は上がってないけど、息だけは上がりまくってるこの状況でさあ! 群がられて旗とか振られても!
わたし以外は全員ゴール済みで、一人残された最後のランナーをみんなで生暖かく見守ってるみたいで、みたいで、みたいで、なんか!
癪に障る!
応援の旗が鳥居マークのところが特に!
無様な様子を、魔女の奴はどこか安全な場所から高笑いと共に見ているに違いない!
くっ! 腹立つ!
ゴールしようという気すら失せる!
いや、するけどね!
だって、あの向こうには、圭太君が待っているんだから!
この激しいメンタル削り攻撃という困難を乗り越えて、二人のハッピーエンドを手にしてやるんだ!
萎えそうな気力を奮い立たせて、ゴールのその向こうにある“本番”を睨みつける。
そう、萎えている場合じゃない。
海底トンネルの終わりは、次なる魔女からの挑戦状の始まりに過ぎないのだから!
トンネルのゴールは、校門だった。
特に警備の人とかは、いない。
そして、その向こうには、水底に沈んで廃墟と化した校舎が見える。
魚系の敵が現れるのか、学校の怪談系の敵が現れるのかは分からないけれど、どっちにしてもだ。
立ちはだかる敵がいるのなら、魔法で薙ぎ払って前へ進むのみ!
なんか、トンネルの終わりと校門の境目にガラス製の壁があるようには見えないのに、校門の向こうは完全に水の中っぽく見えて、呼吸問題とか気になるけれど。
まあ、たぶん、魔法か科学かオカルトなのか、なんだか分からない力で何とかなるんだろう。
水抜きするための仕掛けっぽいのも見えないし、なんとか……まてよ?
さっきは、スキーウェアだったけど、今度は鳥居柄の水中服とか支給されたりしちゃうとか……? ゴールのお祝いに、手足の生えた魚から贈られちゃう、とか?
うわ。本気で萎える……。
萎えすぎて、ゴールまであと数歩というところで立ち止まってしまった。
言っておくけど、足が疲れたんじゃない。
心が疲れたんだ。
心に鳥肌が立つわ……わ?
うっわ! マジで全身、鳥肌!
さ、魚どもの……魚どもの視線が……。
ザッって感じで、わたしに集中砲火!
いや、今までも見守られてはいたんだけど! それとは違う圧を感じる。
今までは、周りの魚仲間たちと歓談しながらの緩い見守りだったけれど、本当の本当にゴール目前だからなの?
ゴールの瞬間を見逃してはならない、とばかりに魚たちの視線と意識が一気に寄せられたのだ。
ガラスの向こう側から浴びせられる、キラキラとした生きた魚の目。
そのすべてが、わたしに向けられるいる!
そりゃ、鳥肌も立つわ!
現実に帰りたい!
現実世界への非常用出口とか、どっかにないの!?
くっ、いや、駄目だ!
わたしは、ここで諦めるわけにはいかないんだよ!
だって、この迷宮のどこかで、圭太君がわたしを待っているんだから!
圭太君を悪しき魔女から助け出すまで、わたしは諦めるわけにはいかないんだ!
負けるな凛香!
ここで、諦めちゃ駄目だ!
すべては圭太君のため!
すべては、圭太君のため!!
自分を奮い立たせるための呪文を、心の中で何度も唱える。
その時、フッとある考えが過った。
もしかして、これは……。
わたしを萎えさせようという、魔女の卑劣な策略なのでは……?
思い返してみれば、ここまで何の問題もなく順調に進んできた。
かなりの快進撃だと言えるんじゃない?
つまり、わたしの秘められた勇者としての資質に気付いた魔女が、真っ向対決を恐れて、気持ちで萎えさせて自ら御退場いただこうと卑劣な策略を巡らせた……。
その可能性は、ある。
大いに、あり得る。
おのれ、魔女め。
心に再び闘志の炎が宿った。
怒りは、心の燃料だよね。
魔女への怒りが燃料となって、心の中に炎が吹き荒れる。
熱風に煽られるままに、次なる海底に沈んだ地下迷宮へ向かって、わたしは一歩を踏み出そうとし……たんだけれど。
そうは問屋が卸さないみたいだね?
校門の真ん中あたりで、海水がユラモヤッとしたと思ったら、校門を完全に塞ぐ大きな氷の塊が現れたのだ。
氷の中には、なぜか人間の大人サイズのスルメが閉じ込められていた。
氷の中の方は液体になっている……ようには見えないのだけど、スルメは氷の中を自由に動けるようだった。
いい感じに炙られて吸盤が程よく焦げ付いてる足をくねらせながら、スルメは言った。
「ヘイヘイヘーイ! こっから先は、このオレ様が通さないぜ? 諦めてお家に帰りな、お嬢ちゃん?」
随分と軽薄な物言いだった。
まるで、脅威を感じない。
この分なら、問題なく。
問屋も卸してくれそうだ。
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