第36話 女勇者に引導を

 お、おのれ! 女勇者め!

 我の造り上げた、この幻“想的に美しい海底迷宮を前にして目を奪われちゃうイベント”の前に、まずは鳥居ウェアを脱ぎ捨てただと!

 いや、実際には脱ぎ捨てたわけではなくて、そうと意識しただけで瞬時にお着替えが完了して鳥居ウェアはバックの中に四次元的に収納されたわけだが、そういうことではなく!

 女児のお着替えイベントなどという破廉恥は、この我が許さぬからな!

 それをしていいのは、我だけだ!


 いや、そうでもなく!


 我の洗練された地下迷宮システムのおかげで、結果的に瞬間お着替え&鳥居ウェア四次元収納がなされたわけじゃが!

 あやつ、心情的には盛大に脱ぎ捨てておった!

 我には分かる!

 見よ! あの綺麗さっぱり清々とした顔を!


 まったく!

 雪森フロアでは、あんなにぬくぬくと重宝しておきながら!

 不要になったとたんに、その仕打ちか!?

 あんなに身も心も温めてくれた鳥居ウェアに対して、感謝の心はないのか!?

 感謝の心は!?


「へぇえー。これ、海底トンネルかぁ。すげえなぁ。なんか、もう、あれだな! 地下迷宮じゃないよな! 海底迷宮だよな!」

「え? そ、そう……ですね?」


 ひ、ひぃ!

 女勇者の無作法に怒りを爆発させている場合じゃないわい!

 ケ、ケータ?

 だ、駄目か?

 海底地下迷宮は、駄目か?

 焦りのあまり、首がもげ落ちそうな勢いで、身軽になって浮足立つ女勇者が映しだされているモニターからケータへと顔を向ける。


「こういうのもいいな! ここは、おれも冒険したことないし、なんかワクワクしてきた! どんな敵が出るんだろうな!」

「は、はい! とっても、気になりますね!」


 ほ。よかったのじゃ。

 セ、セーフだったのじゃぁー。

 ケータは、いつものように楽しそうにモニターに釘付けになっておる。

 駄目出しされたわけではなく、ただの感想だったようじゃ。

 うむ、うむ。

 ケータに興味を持ってもらえたなら、それはもう、それだけで我の大勝利なのじゃ。


「リンカも、なんか楽しそうだな。女子はこういうの好きそうだもんな!」

「そうですね……」


 うむ。女勇者のやつも、身軽になったからというだけでなく、それなりには景色を楽しんでいるようじゃの。これまでに比べても格段に警戒心が薄めで、視線をあっちゃこっちゃへと彷徨わせておる。

 ふん。少しは可愛げというものも、持ち合わせているようじゃの。

 じゃが、ケータ。我としては、「リリィもこういうの好きなのか?」とか、聞いてほしかったんじゃが? 出来れば、モニターから視線を外して、我の顔を見つめながら……が望ましい。

 そうしたら、我は渾身の恥じらい顔で可憐に可愛らしく「はい。でも、私は出来れば、ケータと二人で……」とか答える準備は万端だったのじゃが。……まあ、そうはならないのがケータのいいところよの……。


「でも、サメとか、でっかいイカとかタコとかはいないんだなー」

「は……ん……、そう、みたいです、ね?」


 両手を頭の後ろで組みながら、ケータが言った。

 これも、ただの感想で、別に不満というわけではなさそうなのだが、それでもビクッとなった。

 そ、それは、考えてなかったのじゃー!

 じゃが、確かに!

 でっかいサメとかを用意して、冒険者に気付いて襲い掛かってくるイベントとか悪くないではないか! 実にケータ好み!

透明なトンネルじゃからのぅ。大食いを開けて鋭い牙を突き立ててくるサメとか、巨大軟体動物が吸盤の足をバンバン叩きつけて来たり、締め付けてきたりとかするのも悪くないのじゃ。

 そのうえ、さらに、じゃ!

トンネルに阻まれているから大丈夫……と思わせておいて、激しい攻撃にガラスにひびが入って、決死の逃亡劇が始まる……とかもいいのぅ。

 ケータは何も考えずに戦おうとしそうじゃが、そこは我が幻影として現れて「トンネルに水が入り込んでくる前に、逃げてください!」と助言をするのじゃ。ギリギリのタイミングで、トンネルの先にある冒険本番の舞台に辿り着いて九死に一生を得る展開。助かってホッとしているケータの前に、またユラっと一瞬だけ姿を現して、安堵の笑みと共に消えるというのは、どうじゃ!?

実に、いい演出ではないか!?


 ――まあ、女勇者相手にやっても仕方がないのじゃが。


 うぬぅ。じゃが、イベントはさておき、巨大サメとかも用意くらいはしておくんじゃったぁ。

 おとぎ話風の幻想的な海の様子を楽しむのではなく、ケータの好みを踏まえて、ハラハラドキドキのイベントにすべきじゃったーん。

 我としたことが、ぬかったわぃ。


「お? なんか、速足になったぞ? 冒険が待ちきれないのか!?」

「え? 本当です……ね?」


 心のハンカチを噛みしめていたら、モニターの向こうで何やら進展があったようじゃ。

 ケータの声で現実に呼び戻されてモニターを確認すると、確かにケータの言う通り、女勇者が速足でトンネルを進んでおる……が。

 次なる冒険が待ちきれなくて気持ちが逸っているというよりは、何かから逃げている……ような?

 ん?

 なにやら、トンネルの外を気にしておるようじゃの?

 あれは……手足の生えた魚がおるのぅ……。

 あー、あれは、あれじゃ。

 一応、プチイベントとして、手足が生えている魚軍団に槍を持たせて、「やー!」とかトンネル越しに威嚇とかさせようかと思っておったんじゃ。……女勇者に鼻で笑われて終わるような気がしたからやめたんじゃが。

 うーむ?

 槍は持っておらぬが、一匹彷徨い出てきてしまったようじゃのう。

 しかし、そんなに焦って逃げるような相手ではないと思うのじゃが?

 手足が生えているのが、気持ち悪いのか?

 まあ、よいわ。

 ケータも、トンネルからの景色を楽しむよりも、この先で待っている冒険の方が楽しみなようじゃからの。

 早く、冒険の地に到達してくれるなら、それに越したことはないわい。


「しっかし、次は海の底に沈んだ学校かぁ……。一体、どんなモンスターが出てくるんだろうな? くー! おれもリンカと一緒に冒険したいぜ!」

「ふふ。そうですね、私もです」


 どうやら、ケータも次の冒険を楽しみにしてくれておるようじゃの。

 むふふ。

 ケータよ、任せるがよい。

 リンカと一緒……というのは、もちろん却下じゃが。

 それ以外のその願い、我が叶えてやるからの。

 それ以外の部分についても、安心せい。

 リンカの代わりに、我が一緒に冒険してやるからの♡


 むっふふ。

 女勇者よ。今度こそ、おぬしにはここで、退場してもらおう。


 美麗なる海底トンネルを抜けた先。

 海の底に沈んだ学校の校門を抜けた先。


 そこが、おぬしの冒険の終わりの場所となるのじゃ。

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