第三層 海底迷宮
第35話 お魚ストーカー
光が躍っている。
透明な青が、揺れている。
地下三階は、水底の世界だった。
でも、水着に着替える必要は、ない。
少なくとも、今のところは。
地下への階段を下りた先は。
透明なガラスで造られた海底トンネル……みたいな場所だった。
そんなに大きなトンネルじゃない。
車が一台なら、ギリ通れるくらいのトンネル。
透明なトンネルの外側は。
おとぎ話に出てくるみたいな、海の底の世界だった。
揺らめく海藻。
サンゴの森。
群れを成して泳ぐ、小さくてカラフルなお魚たち。
弾ける気泡。
水底に転がる貝殻。
人魚姫の世界だ。
水面から降り注いでくる光が、それっぽい雰囲気をさらに演出している。
本当に、人形姫がいそう。
スイーっと泳いできて、トンネルのガラスをコンコンして、ニコッとかされてみたい。
いや、でも、待てよ?
人魚姫は、王子様と結ばれなかったんだよね?
悲恋の物語のヒロインだよね?
やっぱ、なしで。
なんか、縁起が悪そう。
まあ、圭太君は王子さまってガラじゃないけれどね。
なんてことを考えながら、ゆっくりとトンネルを歩いていく。
身軽だった。
いや、杖とバックは捨てていないよ?
あれは、まだ役に立つからね。
わたしが捨てたのは、あれだよ、あれ!
あの、センスのカケラもない緑地に赤の鳥居柄のひっどいコートと冬装備一式だよ。
新しいフロアに降り立って、真っ先にしたのが、それだよ。
と言っても、本当に捨てたわけじゃない。
さあ、着替えるぞ! と意気込んだ途端に、冬装備一式はシュッと一瞬で消え去って、元の制服姿に戻っていたのだ。
味も素っ気もない見慣れた公立中学の制服が、光って見えたよ。
冬装備一式の方は、アイテム欄にはちゃんと残っていた。
きっと、あれだ。
四次元ポケットみたいな感じで、肩掛けバックのどこかに収まっているんだろう。
鳥居柄コートから解放されて、身も心も晴れやかだった。
特に、心の方が。
うっかり鼻歌なんて歌いながら、海底トンネルを進む足取りも軽やかだ。
寒くないって、素晴らしい。
周りを水で囲まれているのは、見晴らしがいいようでいて閉塞感があるというか、トンネルのガラスが決壊した時のことを考えるとヒヤヒヤする。
でも、寒いよりは、ずっといい。
雪よりは水の方が、まだましだ。
なんか、新しくできた水族館に遊びに来たみたいな気分。
このトンネルも、いいよね。
見晴らしがよくて。
目的地まで、一本道。
余計な障害物は、なし。
今のところ、敵の気配は全然ない。
前の階層も、本格的な冒険が始まったのは、雪の森の中に入ってからだったからな。きっと、今回も、このトンネルを抜けてからが本番なんだろう。
そう。トンネルの先にある、初めて見るけれど、よく知っている建物。
あそこが、地下迷宮本番の場所なんだと思う。
地下迷宮というか、海底迷宮だけどね。
このトンネルは、本番前のいわばインターバルってやつなんだろう。
たぶん、ここにいる間は、敵に襲われることはないはずだ。
ま。そうは言っても、だ。何があってもいいように、心構えだけは、ちゃんとしておくけれどね。ここは安全だと思わせておいて、ってことも考えられるし。
とはいえ。
どうしても、トンネルの外が気になっちゃうよね。
ついつい、観光気分でキョロキョロしちゃう。
だって、だって。
青と黄色の縞縞模様の熱帯魚っぽいお魚の群れが、目の前を通り過ぎていくんだよ?
エイみたいな大き目の魚が、ゆったりと流れていくんだよ?
クラゲさんたちがフワンフワンしながら、水面の方へ昇っていくんだよ?
あー……。差し込む光が煌めいて、幻想的~。
丸ごと宝石箱みたい。
いいな~。綺麗で静かな世界。
こんなに素敵なものが、ただで見られるなんて。
ちょっとだけ、得した気分。
本当に、人魚が現れそう。
何処からともなく現れて、トンネルのガラスをコンコンノックとかしてくれたら、素敵なのに。
人魚姫は、悲恋の物語だけど。
ただの人魚なら、問題なしだからね。
うん。姫とかじゃない普通の人魚、現れないかなぁ。
ただの人魚なら、一目くらいは見てみたい。
とか、考えていたら、本当にノックの音が聞こえてきた。
ま、まさか、本当に人魚が!?
ノックの方角へ全神経を集中!
音が聞こえてきた右斜め上空へ、視線だけでなく、体ごとを向ける。
そこにいたのは――。
手足の生えた魚だった。
サイズは、池とかに普通に済んでそうな大きさ。といっても、鯉ではない。
魚ことはそんなに詳しくないので、種類は分からない。
なんか、普通のお魚。
いや、手足が生えている時点で、普通じゃないんだけど。
お魚の手足には、ちゃんと五本の指がついてた。おまけに、吸盤までついているようだ。
ノックの音でわたしの注意をひいたお魚は、吸盤をピタッとガラスに張り付けて、じっとわたしを見ている。
思わず、見つめ合ってしまった。
丸い目玉は、生き生きと輝いていた。
けれど、危険は感じない。
わたしのことを、美味しそうだと思っているわけではなさそうだった。
それよりも、どちらかというと。
小さい子供が、初めての水族館で珍しい魚を見つけて興奮している、みたいな。
そんな感じがする。
囚われのお姫様ならぬ、捕獲された魚の気分になって来たので、先を急ぐことにした。
鳥居柄のでっかい魚とか、見つけちゃっても嫌だしね。
早く圭太君に会うためにも、ちゃっちゃと行こうと、鑑賞モードを抜け出して速足でトンネルを進む。
速足……速足…………速足!
段々と、速度が上がっていく。
だって。
だって、なんか!
ついて来ているんだもん!
何がって?
さっきの魚だよ!
え? もしかして、わたし。
お魚にストーカー、されている!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます