第27話 ロボットのおもてなし
「ステータス画面、見てる?」
ロボットは、目を黄色くビカビカ光らせながら、やたらと可愛い女の子の声で尋ねてきた。
なに、そのギャップ?
なにを狙っているの?
……………………いや、そっちはどうでもいいな。
ステータス画面!
そういや、ゲームの世界にはそんなものがあるんだっけ?
――――とか、思った途端に!
うーわぁお?
な、なにこれ?
なんか、出てきた!
えー、なんていうの?
目の前、三十センチくらい先に、文字が書かれたガラスの板が急に現れたみたいな感じ。
ステータス画面、ね。
うん。聞いたことはある。チラッと横目で見たこともある。お父さん、いつも居間のテレビで遊んでいるからさ。興味なくても、目に入っちゃうんだよね。
んーと。ゲームキャラの状態とか持ち物とか確認したり、手に入れたアイテムを装備したりとか出来るんだっけ?
てゆーか、さ?
ゲームは、そりゃ確かに数値で管理するしかないだろうけどさ。リアルダンジョンで、この数値って、なんか意味あるの? 自分の状態なんて、画面を開くまでもなく、体感で分からない?
あー、まあでも。それは、わたしがゲームをやらないからか。圭太くんとかお父さんだったら、これ、すごく喜んだんだろうな。
ゲームのキャラになった気分を味わえるってことだよね?
うぅーん。なんだろうな。こういうところは、本当に近未来体験型アトラクション施設っぽい。っぽいんだけどさ。使われている技術が遠い未来のSF映画というか、遠い世界のファンタジー映画的というか。ちょっと、わたしが知っている現実ではありえない科学力というか。ファンタジー力というか。
まあ、どちらにせよ。圭太君の好みにジャストフィットしていることだけは、間違いない。
えー、で。なになに?
HP88、МP776。
えっらい、差があるな。
確か、HPはゼロになったらキャラが死んじゃって、МPは魔法が使えなくなるんだよね?
平均値が分からないから、何ともって感じだけど、それでもこれだけは分かる。
わたしは、近接戦闘を避けて、遠距離からの魔法攻撃に向いているんだって、ね。
…………もっとも、ステータス画面を見るまでもなく、分かってたけどね。そんなこと。
うん、まあこれは、ゲーム好きの気分を盛り上げるための仕様なんだろう。
あ、持ち物と魔法の項目は、一応確認しておくか。
持ち物は、っと。
チョコバーが一つ、HP回復アイテム。で、エナジードリンクが一つ、こっちはМP回復アイテムか。鞄の中に入っているヤツだね。得体の知れないダンジョンで手に入れたものとか食べたりしたくないけれど。念のために、このまま持っては行くか。そうは言っても、やむを得ない状況が、この先訪れるかも分からないし。
あとはー。
その辺からいくらでも入手可能な『イチゴ飴の枝』。…………イチゴ飴はHP回復アイテムとしても使えるらしい。うーん、微妙だな。たぶん、食べないし。
それと、トリイグマの置き土産である『七夕の杖』。こっちは、ちゃんと武器なんだね。装備すると魔力の値が25上がる。で、一度だけ、無属性魔法『ミルキーウェイ』が使える、と。使った後は、杖としての力を失い、ただのはたきになる…………。
魔力が25ねぇ。微妙な数字だな。これが高いと、魔法の威力も高くなるみたいなんだけどさ。わたし、体力は87だけど、魔力は825あるんだよね。とことん、魔法特化型というか。うーん、体力の方が25上がるんだったら、割合的にかなりすごいと思うんだけど。それに比べると、825が850って、大したことない感じだなー。魔法の威力に不足を感じたことは、今まで一度もないし。まあ、序盤だし、こんなものか。
それと、無属性魔法か。どれくらいの威力なのかが、この説明だとよく分からないな。使いどころが難しそう。しかも、使ったらただのはたきになるって、なにそれ? 魔力が上がる効果が消えるってこと? うーん、それくらいなら大したことないか。ただの枝も、普通に杖として使えたし、はたきでも問題ないだろう。
うん。温存しておいても、後半になったら敵が強すぎて役立たずってこともありそうだし、炎とか氷とか効かない敵がいたら、躊躇わずに使っちゃおう。
んーで、お次は、魔法っと。
えーと、ファイアとアイスとサンダー、それからヒール。
へー。炎と氷は、ステータス画面を確認するまでもなく使えたけれど、サンダーとヒールか。サンダーってことは、電撃魔法ってことだよね? で、ヒールは回復か。
ほほぅ。
サンダー、次にちょっと試してみようかな。
あと、ただの枝と七夕杖とで、どのくらい魔法の威力が違うのかも試してみたいな。
うーん。禁断の両手もちをして、両方で同じ魔法を使って、魔力値25の差がどの程度のものか、検証してみるとするか。
でも、もう少しだけこたつを堪能してからにしよう。
なんか、疲れが取れてきた気がするし。
ふー。やっぱり、こたつは偉大だよねー。
まったりしようとステータス画面を閉じる。
それを察知したのか、目の前で大人しく目をビカビカさせていたロボットが、ミカンを勧めてきた。
「おミカン、おひとつ、どうぞ?」
「え? いえ。お、お気持ちだけ、いただきます」
こたつの上のカゴに山積みにされたミカンを一つ掴んで差し出してきたのだけれど、わたしは丁重にお断りした。
ダンジョン産のものを口にしたくない、というのもあるけれど。
理由は、それだけじゃない。
「そんな、好意を、無碍にされた……」
「え? いや、好意か……?」
ロボットは、やたら可愛い声で嘆くと、こたつの上にゴトリ、とミカンを落とした。
シャリッシャリに凍った冷凍ミカンを。
てゆーかさ? いくら、かまくらでこたつとはいえ、だよ?
雪の森を彷徨ってきたお客に冷凍ミカンを勧めるって、さ。
それ、好意じゃなくて、むしろ悪意だよね?
いくらロボットとは言え、やっていいことと悪いことがある!
雪の森を彷徨ってきた冷え性の女の子に冷凍ミカンを勧めるなんて、悪魔の所業だよ!
「おもてなしを、土足で踏みにじるなんて、悪魔の所業。許さない」
「は、はぁ!?」
いや、それはこっちのセリフだっちゅーの!
何があっても対応できるように、こたつに入ったまま枝と杖を両手持ちして身構える。
黄色くビカビカしていたロボットの目が、赤い光に変わった。
警戒モードから、攻撃モードに移行した、ってこと?
ふっ。諸々の検証のおまけに返り討ちにしてくれる!
赤く光る目に怯むことなく、むしろ闘志を沸き立たせる。
――――と、かまくら天井から、細かい雪の塊がパラパラと落ちてきた。
ゴゴゴゴゴ、っと低い音が響き渡り、頭上から灰色の光が差し込んでくる。ぶ厚い雲の上から届けられた、冬の日差し。
かまくらの天井に、亀裂が生じていた。
わたしの背後、かまくらの入り口から奥に向かって、かまくらが真っ二つに割れる。
く、崩れる!?
両手を頭の上でクロスさせて、衝撃に備える。
………………備えたんだけど、いらんかった。
二つに割れたかまくらは、閉会式ドームのスイッチを入れましたー、みたいに。
ウィーン、と左右の地面に吸い込まれていったのだ。
いや、だったら、もっとさ。
綺麗に真っ二つ割りなさいよ!?
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