第25話 雪の森の誘惑

 ミニチュア七夕飾りは、せっかくなので持って行くことにした。

 まあ、くれるっていうことなんだろう。

 気に入ったわけじゃないけれど、先に調達したイチゴ飴の杖も使用続行することにした。二本まとめて右手で握りしめる。両手に分けて持つのは、やめておいた。

 その姿を想像してみると、かなり間抜けに見えそうだからだ。なにか、こう。はしゃいでいるような感じがしない?

 たとえ、誰にも見られていなくても、こんな格好で浮かれていると思われるのは、なんか嫌だ。

 ただでさえ、濃い緑地に赤い鳥居模様のスキーウェアなんて辱めを受けているのだ。これ以上、何も上乗せしたくない。

 片手にまとめた方が、まだ、こう、ね? 仕方なく持ち運んでます感がする…………ような気がする。

 ということで、この件は終了!

 武器は、多いにこしたことはないからね!

 さ、出発、出発。


 脳内会議に蹴りをつけて、凍った川に背を向けると、ああ!

 い、いた!

 まだ、いてくれた!

 わたしを、待ってくれている!

 え? 何がって?

 決まっているでしょ! 恋の雪ウサギさんだよ!


 よかったー。

 おかしな熊相手に手間取ったから、もしかしたら、先に行っちゃったかもって、心配だったんだよね。

 でも、大丈夫だった。

 ちゃんと、恋の雪ウサギはわたしのことを待っていてくれた。

 わたしの恋の炎が消えることがないように、恋の雪ウサギも消えたりしない。

 最後まで、圭太君のところまで、わたしを導いてくれる。

 わたしが圭太君のことを想い続ける限り、恋の雪ウサギはいつまでもわたしを待っていてくれるんだ。わたしが、圭太君のいる日常を取り戻す、その時まで!

 つまり、わたしの恋は勝確ってことだよね!

 うふふふふ。

 そうと分かれば、急ぐことないよねー。

 落ち着いて、ゆっくり慎重に行こうか。

 何の準備もせずに慌てて進んでみたところで、結局は余計に時間をロスするだけなんだよね。さっきみたいに、さ。

 ふ。反省をすぐに次に生かす。わたしってば、やっぱり出来る女。


 はーあ。でも、さっき大分、張り切っちゃったからなー。

 お風呂で足をマッサージしたい。

 あ。そう言えば、ゲームには温泉イベントなるものがあるんじゃないんだっけ?

 ゲーム大好きなお父さんが、そんなこと言ってた気がするんだよね。ちょっと、鼻の下を伸ばしていて、この場にお母さんがいなくてよかったな、って思った記憶がある。まあ、居合わせたとしても、目くじら立てたりはしない気もするけど。「現実の若い女と温泉旅行とかに行かれるよりも、よっぽどいいじゃない?」とか、言いそう。

 うーん。なにか、条件とか、あるのかなー。

 温泉、いいなー。体に溜まった疲労物質を洗い流したい。

 マッサージ器もあると、なおいい。

 イチゴ飴の枝を上げるから、三十分くらいみっちり揉んで欲しい。


「温泉、温泉~。どこかに、ないかな~」


 温泉を求めるあまり、つい鼻歌を口ずさんでいた。

 ま、まあ。誰も聞いていないだろうし。

 聞かれたなら聞かれたで、願いが叶うかもしれないし。

 温泉の歌を口ずさみながら、ゆっくりと恋の雪ウサギを追いかける。

 すでに分かれ道まで辿り着いている雪ウサギは、振り返ってわたしを待っていてくれる。

 雪ウサギまであと、三メートルの距離まで近づいたら、雪ウサギは分かれ道の右へと駆け出していった。

 ちゃんと待っていてくれるのに、触らしてはくれないんだよね。いつも、あともう少しというところで、先に行ってしまう。うーん、つれない。

 恋のゴールに到着するまでは、お触り禁止ってことなのかな。

 恋の使者は、なかなかにスパルタだ。

 でも、そういうの。嫌いじゃない。

 なーんて考えながら、角を右に曲がった先には――――。


 桃源郷があった。


 温泉ではない。

 残念ながら、温泉ではなかった。

 でも、これはこれで、抗えない魔力を宿している。

 罠かもしれない。

 罠かもしれなかった。

 でも、そうだとしても、逃れられない。

 

 角の先には、広場があった。

 ポンコツ風のロボットが、たくさん置いてある。何かしている途中で電池が切れちゃいました、みたいにいろんなポーズで固まっている。

 頭は銀色の箱。丸い目と四角い口が刻まれいて、天辺にはちゃちいアンテナが生えている。胴体もやっぱり銀色の箱。胸に赤いボタンが三つ、横に並んでいる。腕と足は、銀色の蛇腹ホースみたいなやつで出来ている。ポンコツ風なわりに、手はちゃんと指が五本あるみたいだった。でも、足には指がなかった。ホースの下に、こういうデザインの靴ですみたいに小さい長方形がくっついている。

 だが。それは、いい。

 圭太くんなら大喜びしたんだろうけれど、わたし的には、それは別にどうでもいい。


 問題は、広場の真ん中にある、“かまくら”だ。

 厳密には、“かまくら”の中の“こたつ”。

 こたつの上には、ミカンの入ったカゴまで用意されている。


 雪の森。かまくら。こたつ。みかん。


 この誘惑に抗えるものが存在するだろうか?

 いいや、するはずがない!

 たとえ、“かまくら”の脇に『罠です』と書かれた立札があったとしても、この誘惑には勝てない。

 喜んで負ける。

 “かまくら”の中には、ポンコツロボの先客がいて、こっちに顔を向けて“こたつ”に入ったまま止まっているけれど、それでも、それでも。

 行くしかない!


 なーんて、決意するまでもなく、すでにフラフラと吸い寄せられているわけなんですけどね。

 ひょいと腰を屈めてかまくらに入ると、そのまま、いそいそと“こたつ”の中に足を突っ込む。

 スキーウェアのままだけど、そこは気にしない。

 だって、いくら“かまくら”で“こたつ”とはいえ、ここは地下迷宮だからね。

 装備は軽々しく外すべきじゃないよね。

 というわけで。

 ふー、と息を吐きながら、こたつで冬眠中のロボと向かい合わせなる。

 うう、座れるというだけで、とにかく嬉しい。

 スキーウェアのおかげで寒さはしのげていたので、体的にはそこまで温もりを求めていたわけじゃないし、ずっと“こたつ”に入っていたらその内茹だりそうな気はするけど。

 なんていうか、さ。

 心にまで温もりが染み渡ってくるんだよね、“こたつ”って。

 間違いなく、科学が生み出した魔法のアイテムだよ。


 なーんて、すっかり心が蕩けちゃった、わたしだったりするわけですが。

 ここは魔女の造った地下迷宮。

 このまま、ゆったりまったりおくつろぎタイム、とはいかないみたい。


 森を彷徨いつかれた冒険者が“こたつ”でくつろいだその瞬間を待っていた、とばかりに。

 カション、と軽い音がして。

 冬眠中だったはずのロボの目が、黄色く光った。




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