第24話 熊と鮭と蜂蜜

 こりゃまた随分と盛大にいったもんじゃのー。

 ぷっほっほっ。

 いつもの用心深さはどうしたのじゃー?

 女勇者のヤツめ、躊躇いなく氷の川にヨボヨボの一歩を踏み出したと思ったら、その一歩目でツルっといきおったわ。

 ツーっと踵で滑りながら、失くさないように、あんなに気を付けていた剣と盾をあっさり放り出しおった。みっともなく両手を振り回した挙句、無様に尻餅をついて、そのまま氷の上を滑走しておる。

 女勇者にあるまじき、情けない姿じゃのー。

 いやー、愉快、愉快。

 じゃが、これ。このまま、あっさりと向こう岸まで辿り着いてしまいそうじゃの。

 せっかく、ツルツルと滑りやすい足場でのモンスターとの戦闘イベントを用意してあったのに、無駄になってしまったかのぅ。

 まあ、ええかー。これで、ケータの女勇者への好感度もダダ下がりしたであろうし……。


「だ、大丈夫か! リンカ、しっかりしろ!! 傷は浅いぞ!! 大丈夫だ、おれがついているぞ!!」


 ふ、ふぉ!?

 呆れるどころか、親身になって心配しておる!?

 しー、しし、しかも!

 おれがついているとか、とかとかとかとか!

 おのれ、おのれ。女勇者め!

 もしや、今のは!

 可愛い雪ウサギさんに夢中で失敗しちゃったドジっ娘アピールのつもりか!?

 ケータの心をがっちりキャッチ作戦の一環なのか!?

 くぅうっ。

 活躍すれば女勇者としての尊敬フラグを立て、失敗すれば女子フラグをおっ立てるとは。

 どっちに転んでもケータの心を搔っ攫うとは、恐るべし女勇者。

 何という強敵であろうか。

 いや、分かっておるぞ? 女勇者はケータと我が観戦中などと知るわけがないし、そもそもケータのことが好きなわけではないじゃろうとは、我だって本当はちゃんと分かっておるぞ?

 分かってはおるが。分かってはおるが。

 それでも、腹立たしいものは腹立たしいのじゃ!

 それに、あれじゃ。無意識でケータの心を刺激しておるとしたら、それはそれで末恐ろしい。策略を練っているわけではなく、無自覚でケータの心を煽っているとしたら、なにやら運命の二人的で尚更気に食わん!

 ケータと運命を共にするのは、この我じゃ!

 無自覚だろうが策略だろうが、どっちにしろ、誰にも譲らんぞ!


「あ、向こう岸に辿り着いた! 滑ってきた勢いで、うまいこと岸に上がれたぞ!」

「あ、でも! モンスターが!」

「本当だ! い、いつの間に、何処から現れたんだ!? しかも、リンカのヤツ、剣と盾を川の上に落としてきているぞ!?」

「ピ、ピンチですね!? で、でも、きっと大丈夫! 女勇者を信じましょう!」

「お、おう! 頑張れ、リンカ! きっと、何とかなる!!」


 思った通り、あっさり対岸に辿り着いてしまいおったから、本来なら川を渡る途中で遭遇するはずだったモンスターを岸辺まで瞬間移動させてやったわ。

 用意してあったのは、ケータの意見を元に作った特製モンスターじゃからの。

 何としても登場させねばの。

 むふ。次は我のターンじゃ。ケータの反応が楽しみじゃのー。


 モニターは二つ。

 左のモニターには、岸辺にはいつくばっておる女勇者。

 右のモニターには、がおーと現れたモンスターを全身アップで映しておる。

 ケータのアイデアを元に作った鳥居熊じゃ。

 氷漬けの鮭と笹を振り回すパンダ柄の白熊というケータのアイデアを若干アレンジ。胸元の赤い鳥居柄がチャームポイントな白熊じゃ。笹は七夕仕様にして背中に背負わせ、しめ縄で飾った鮭と蜂蜜の入った壺を持たせてみたぞ。恐ろしさと可愛らしさの共存というわけじゃ。

 力も強く、魔法が効かない強敵じゃが、岸には上がれないようにしてある。

 難易度の調整は大事じゃからの。

 さて。どうじゃ、ケータ? 我の作ったモンスターの出来映えは?

 ケータのアイデアと、我のアレンジと魔法でつくりあげた、二人の共同作業で誕生したモンスターじゃ。

 気に入ってくれるかのぅ?


「あ、うまいこと距離をとったぞ! ん? あいつ、川から出られないのか? だったら、チャンスはあるな! よし、リンカ、立つんだ! 武器がないなら、無理に戦わなくていい! 今は逃げるんだ! 逃げるのだって、立派な作戦だぞ!」

「そ、そうですね」


 しまった。また、「そうですね」が出てしまった。

 いや、だって!

 仕方がないであろう!?

 ケータときたら、女勇者の心配ばかりで、モンスターへの感想とかは一言もないのじゃぞ?

 しかもじゃ。女勇者は、悲鳴を上げてゴキブリのようにカサカサとモンスターから距離をとっておったのに、それについても言及なしじゃ。女勇者としてのみならず、女子としてあるまじき姿を見ても、笑ったりせずに本気で心配しておる。そういうところは嫌いではないが、相手が女勇者となれば、話は別じゃ。

 出来れば、鼻で笑ってやってほしかったぁ。

 うう。ぐやじい。

 本当ならば、ここでまたケータとモンスター談議で盛り上がれたはずなのにぃ。

 ケータの脳内は、女勇者の心配で一杯ではないかぁ。

 ハンカチがあったら、噛みしめておるところじゃ。

 

 ギリギリしながらモニター越しに女勇者の動向を窺う。

 女勇者は、振り向いて鳥居熊の姿を確認すると、なにやら顔を引きつらせて固まりおった。

 ん? なんじゃ、恐れおののいておるのか?

 まあ、武器もなしで熊と戦うハメになったわけじゃしの。

 もしや、腰を抜かして立てないとかいうわけではなかろうな?

 あ、あっさり立ちおった。

 ん? イチゴ飴の枝を手折って振り回しはじめたが、もしや?


「あ! リンカのヤツ! フルーツ飴の枝を杖がわりにするつもりか!? いい考えだぜ! さすが、女勇者リンカ! ピンチをチャンスに変えやがった! やるな! 行け! お菓子魔法だ!」

「そうです……ね」


 ふ、そういうことか。

 不敵に笑って、即席の杖を構えておるが、そううまくいくかな?

 ふはは。その鳥居熊には魔法は効かない…………はずだが、あのお菓子魔法の場合はどうなるのじゃろ?

 手に持っている鮭が、魔法攻撃を吸い取るように設定してあるのじゃが、あの魔法の場合にどうなるのか我にも見当がつかん。吸い取ったはいいが、鮭が鮭パイに変身とか、あるかもしれん。まあ、ええか。その場合は、鳥居熊がどういうスイーツになるのか、興味があるしの。

 と、思ったのじゃが。


「な!? リンカのヤツ、お菓子魔法じゃなくて、火炎放射器を使ったぞ!? まあ、でも、炎系の魔法だから、ここのフロアのモンスターには効果があるはず…………な!? なんだって!?」

「鮭が炎を吸い込んでしまいました!」


 まさかの、火炎放射器がきたぞい?

 いや、まあ。セオリー的には、そうなのじゃが。

 雪と氷のフロアときたら、まずは炎系の魔法を試してみるのは正解なのじゃが。

 だからこそ、あえての炎耐性にしてみて、強敵感を出してみたのじゃが。

 それはそれとして。

 なんで、耐性なんて問答無用のほぼ無敵といっても過言ではない魔法を持っていながら、それを使わんのじゃ?

 前のフロアで無双しすぎたからって、縛りプレイのつもりか?

 ま、こうなったからには、次は奥の手スイーツ化魔法の出番じゃろう…………が?


「な!? どういうことだ!?」

「鮭が、いい感じの焼け具合になっているみたいです、ね?」

「あ!? 焼きあがった鮭に壺の中身……蜂蜜か? 蜂蜜をかけて……」

「食べ始めましたね……。お腹がすいていたんでしょうか?」

「そういうことか! リンカのヤツ、それに気づいて、あの熊のために鮭を焼いてあげたのか!」

「そう……なん……ですか……ね?」


 ん? んん?

 いや?

 そんな設定にはしておらんぞ?

 どういうことじゃ?

 我がさっき、鮭パイに変身とか考えていたからか? 無意識のうちに、変な風に作用させてしまったのか? 蜂蜜をかけたのは、スイーツっぽさを出すため、とか? 

 混乱している内に、鳥居熊はサーモンハニーを食べ終え、背中に背負っていた七夕仕様の笹を小さくしたものを女勇者に与えると、満足そうにその場を去っていった。

 いや、それは、我が鳥居熊を倒したときのドロップアイテムとして用意した、七夕風杖なのじゃが。

 鳥居熊は強敵なので、本来ならばこのフロアでは手に入らないクラスの武器なのじゃが。

 鮭を焼いてもらった代わりに差し出すというのも、イベント的にはアリだとは思うのじゃが。

 そんなイベント、我は、用意していなかった、はず、なのじゃが、のぅ?


 …………一体、どうしてこうなったのじゃ?

 我、疲れておるのかもしれんのう。




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