第23話 雪ウサギは魔女の罠?

 角を曲がったら、石畳の向こうには凍り付いた川があった。

 二車線道路よりは広いけど、四車線ほどはないくらいの幅の川。

 わたしを圭太君の元へと導いてくれる恋の雪ウサギは、川を越えた向こう岸にいた。


 もう、いつの間にそんな遠くまで行っちゃったの?

 恋の瞬間テレポート?

 恋は、待ってはくれないってこと?

 分かった! すぐに、追いつくから!


 現実には疲れてよぼよぼの足取りなんだろうけれど、脳内的には軽やかなステップで、わたしは考えなしに凍り付いた川へと足を踏み入れ、一瞬で理解した。

 雪ウサギが恋の瞬間テレポートをしたカラクリを。

 一瞬で、理解した。


 油断。

 油断していた。

 だって、雪畳ってば、ツルツルよく滑りそうな見た目に反して、実は完璧に滑り止め処理がなされている完全設計だったんだもん。

 だから、つい、てっきり!

 くっ! わたしとしたことが!

 油断した! 油断した!!


 もーう、記念すべき第一歩目からツルッといったよ!

 右足の踵でツーっと滑りながら、何とか体勢を立て直そうと両手を振り回した結果、見事な尻餅!

 お尻でスピードスケートを決めるハメになったさ!

 優勝間違いなしの猛スピードで川を横切り、恋のテレポートを決めたがごとく、ほぼ一瞬で向こう岸に辿り着いたさ!

 対岸の縁に足の裏が到着したと思ったら、勢いつきすぎてて、そのままグリンと半回転、雪畳の上にうつ伏せで倒れ込んださ!

 めっちゃ、痛かったさ!

 胸も腹も痛いけど、お尻だって、まだ痛い!

 なのに、痛みに耐えながらじっと蹲っている暇すらなかったさ!!


「ぐぉおおオオオオオ!!」

「きゃぁああああああああああああああああああ!!」


 くぅう、と痛みに唸る時間すら、わたしには与えられなかった。

 背後から、もーうホントすぐ真後ろから、恐ろしげな獣の咆哮が聞こえてきたのだ。

 突然の急展開!

 いらんイベント目白押し!

 いらない! そういうの、求めてない!


 ただの大音量スピーカーであって欲しい!


 そんな願いを込めながら、カサカサとゴキブリのように匍匐前進してから、チラリと振り返る。

 そこにいたのは、そこにいたのは――――。


 …………………………………………………………。


 見返りゴキブリ状態で、眉間にしわを寄せる。

 うん。なに、アレ?

 いろんな意味で、ヤバいな。


 咆哮の主は、身の丈二メートルはありそうな白熊だった。

 白いから、たぶん白熊なんじゃないかと思う。

 いろいろと、ツッコミどころが満載の熊だった。


 まず、笹を背負っているのがおかしい。

 色紙で作った笹の葉飾り付きの笹。七夕仕様の笹。

 クリスマスなのか七夕なのか、コンセプトは統一してほしい。

 両手に持っているものも、ある意味正しいのだがおかしかった。

 右手に、しめ縄飾り付きの新巻鮭っぽいもの。

 左手に、正面にミツバチのワンポイントが入った壺。たぶん、蜂蜜が入っている。

 生臭い臭いと甘い匂いが、風に乗って漂ってくる。

 鮭と蜂蜜。

 どちらも熊っぽいアイテムではあるけれど、両方持っていると違和感がある。

 獰猛な熊とファンシーな熊。

 イメージが真逆だから、なんだろう。

 そして、極めつけは胸の模様だった。

 白い毛皮に、すでにお馴染み、赤い鳥居のワンポイント。

 ツキノワグマならぬ、トリイグマってことなんだろうか。


 よく分かんないけど、トリイグマは、川からは出れないようだった。

 川の縁で、吠えながら新巻鮭をこっちに向かって突き出し、左手に持った蜂蜜の壺の方は、大事そうに抱えている。ベットベットに涎を垂らしながら。


 何がしたいんだ?

 お腹がすいているなら、鮭でも蜂蜜でも好きなものを食べればいいじゃない?

 わたしに取られるかと思っているわけではなさそうだ。

 だって、鮭をこっちに突き出しているし。

 くれるってこと?

 いや、いらないし。

 どうぞ、あなたがお召し上がりください。


 よく分からないけれど、川から出てくる気配はない。

 岸へは上がれないということなんだろうか。

 だったら、放っておいてこのまま先に進むべき?

 でもな。そう思わせておいて、進もうとしたらいきなり背後から襲い掛かるという可能性もゼロではない。

 念のため、火炎放射器、しておこうかな。

 接近戦に持ち込まれたら、どう考えてもこっちの方が不利だし。


 よし、と心を決めて身を起こし、凍り付いた。

 チラ、チラ、とトリイグマを警戒しつつも辺りに視線を走らせ、あるものをある場所に発見して、青ざめる。


 剣と盾。

 剣と盾が。


 元いた岸辺側の川の上に転がっている…………。

 さっき滑った時に、落としてしまったんだ。

 マズイ。ヤバい。どうしよう?

 まだ地下二階なのに、早速武器を失くしてしまった。


 もしかして、あの雪ウサギは魔女の罠だった…………?

 そんな考えがチラリと過った。

 けれど、すぐに脳裏から叩き出した。

 違う。そんなはずない。

 だって、可愛いは正義だもの。

 それに、あの雪ウサギは、わたしが作ったものだ。

 そこに魔女の意思を宿されて罠として使われたなんて考え、おぞましすぎる。

 だから、その案は却下。

 そう。雪ウサギは悪くない。

 悪いのは、警戒を怠ったわたしだ。

 警戒を怠って、不用意に凍った川に突撃した、わたしが悪かったのだ。


 うんうん。何でも人のせいにするのは、よくないよね。

 反省を忘れて、何でも人のせいにする人は、成長しない人だ。そういう人は、きっと同じ間違いを何度も繰り返す。

 ちゃんと反省するわたし、偉い。

 次からは、いついかなる時も警戒を忘れないようにしよう。

 きっと、雪ウサギは、それをわたしに教えてくれたんだよ。そういうことにしておこう。


 などと思いつつも、失くした剣をどうしようか問題についても同時進行でちゃんと考えていた。

 ふ。わたしってば、出来る女。

 中学二年生にして、反省と打開策会議を同時に進めるなんて、将来有望すぎる。

 言っておくけど、ただ自画自賛しているだけじゃない。

 結論の出ない会議を開いているだけで仕事をしているつもりになっている無能な大人たちとは一緒にしないで欲しい。

 反省を終えると同時に、失くした剣問題もちゃんと解決済みさ。


 トリイグマを見据え、不敵に笑いながら、わたしは雪畳の脇に生えている茂みから、フルーツ飴が刺さっている枝を一本手折る。

 イチゴが三つ刺さっている枝だ。

 ブンと振ってみる。

 うん。いいしなりだ。問題なさそう。

 ふ。近接戦闘は苦手だし、どうせ、打ちあったりなんてしないのだ。

 ならば、武器は剣である必要はない。

 このイチゴ飴の枝を、杖とする。

 ふはは。これならば、このフロアにいる限りは、壊しても失くしても、いくらでも再調達が可能だしね。


 さあ、くらえ!

 今こそ、満を持して、火炎放射器の登場さ!


「火炎放射器――――!!」


 イチゴの先をトリイグマに向けて、魔法を放つ。

 イチゴのごとく真っ赤な炎はゴオッと唸りを上げて、トリイグマ…………が右手に持っている新巻鮭の中に吸い込まれていった。


 な、ななななな、なにぃ!?


 まさか、こいつ。炎の魔法が効かない!?

 いや、あの新巻鮭を封じれば、トリイグマ本体には効くかもしれない。

 でも、近接戦闘は苦手な上に剣もないのに、どうやって取り上げればいいの!?

 どやって……とか、思ったりもしたけれど。

 ……………………取り上げる必要は、ないみたいでした。


 生臭い匂いが消えて、香ばしいいい匂いが漂ってくる。

 新巻鮭は、なぜだか知らんが美味しそうに焼きあがっていた。

 トリイグマは、なんだかホクホクとした様子で、壺の蜂蜜を焼きあがったばかりの鮭にたっぷりとかけると、頭からワイルドにお召し上がりになりやがってます。

 呆気に取られている間に、尻尾の先まで綺麗に召し上がり、満足そうな息を吐いていらっしゃいますね?

 それから、トリイグマはわたしに向かって、ニコッと笑いかけた。空になった右手をブンブンと振ると、背中の笹がフッと消える。

 代わりに、ミニチュアサイズになった笹が、トリイグマの足元、雪畳の上に現れる。ちゃんと、笹の葉飾りもついていた。

 トリイグマは、ミニチュア笹を右手で指して、もう一度ニコッと笑うと、のっしのっしと凍りついた川の向こうへと姿を消した。


 …………………………。

 いや、なんなの?

 意味が分からない!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る