第21話 雪ウサギは恋の使者

 温度管理に難のある魔女と雪の森迷宮。

 温度さえ適切なら、センスが悪い上に、歩くたびにワシャワシャ煩いスキーウェアなんて着なくてすむのにな、とぶつくさ言いながらも、真面目に雪畳の上を進み最初のT字路に差し掛かった。

 もちろん、警戒は怠らない。

 曲がり角には、変質者や魔物が潜んでいるものだ。

 直前で足を止め、左右の気配を探る

  何か物音がしないか、耳を澄ませる。

 ……枝から落ちる雪の音がうるさくて、よく分からないな。まったく、もう。


 ゆっくりと視線を左右に動かし、見える範囲では何もいないことを確認してから、まず剣先だけを前に突き出した。

 何かが襲い掛かってこようものなら、即座に『火炎放射器』だ。

 突き出した剣で、挑発するように、グルグルと小さな円を描いてみる。

 けれど、特に何も行らない。

 よし、クリア!


 とはいっても、勇んで飛び出したりはしない。

 視線を左右に揺らしながら、そろりそろりと前に進む。

 毎回こんなことをやっていたら疲れちゃうだろうな、とは自分でも思うんだけど、性分だからしょうがない。だって、いきなり得体の知れない魔物に襲われたら、嫌じゃない?


 全部が、前の階の最後の広場みたいな開けた空間ならいいのに。

 最初に全貌を見渡してから、じっくりどう動くのかの計画を立てたい。

 それか、魔物の場所を教えてくれる、レーダーみたいなアイテムが手に入ったりしないかな。

 そういうの、ないの?


 苦情ではなくて意見を心中で述べながら、T字の横棒の真ん中で、クリアであることを確認済みの左右に、交互に目をやる。

 うーん。

 どっちも、進んだ先はT字路か。

 雪に煙る雪原を彷徨うのかと思わせておいて、しっかり迷路だねぇ。

 さて、どっちへ進もうか。

 通路の先の景色は、どっちも大差ない。


 雪畳。

 雪が積もったモミの木。

 木の後ろは、オーナメントっぽい雪の結晶が舞い踊る吹雪の壁。

 りんご飴の実。

 フルーツ飴の背の低い茂み。


 …………とりあえず、左でいいか。

 せっかく雪があるので、目印がわりの小さな雪ウサギを作って、角に置いておくことにする。どっちから来て、どっちへ進んだのか分かるように、角にそって二つ。頭の向きで進行方向が分かるように、っと。

 まあ、埋もれちゃうかもしれないし、気休めではあるけれど。

 出来ることは、やっておかないとね。


 あ、せっかくだから、フルーツ飴のチェリーを目に埋めておこう。

 うむ。可愛い。

 はー。この子が動き出して、わたしのことを導いてくれないかなー。圭太君のところまで…………♡


 ………………ん?

 んん!?


 目、目が!

 雪ウサギの目が光った!

 真っ赤なチェリー飴の目が!

 電源入りました、みたいに光った! 光ってる!

 そして、動いた!


 足とか作ってないのに、器用にぴょんぴょん飛び跳ねている。

 なかなかのお転婆さん、もしくはやんちゃさんだ。

 やばい、可愛い!

 あまりの可愛さに、よだれ出そう!


 わたしがこれから進むはずだった雪畳の上を、ぴょんこぴょんこと跳ねて行く雪ウサギ。

 はわ~。

 も、もしかして、わたしの圭太くんへの想いが、この子に命を与えちゃった?

 うん。きっと、そう。

 そうに違いない。


 だって、雪ウサギってば、分かれ道で止まると、誘うようにわたしを振り返って、こっちを見てるんだもん。

 来ないの? って、言ってる。絶対、言ってる。間違いない。

 もちろん、行くよ!

 行きますとも!


 あの子について行ったら、きっと圭太君のところまで最速で辿り着けるはず!

 間違いない!

 あの子は、わたしと圭太君を結ぶ恋の使者に違いない!

 うふふふふ。

 もう、スキーウェアの立てるワシャワシャ音すら気にならない。

 わたしは、小走りで雪ウサギの元へと向かう。

 わたしを待ってくれている、雪ウサギの元へと。

 雪ウサギは、しばらくその場でわたしを待っていてくれたけれど、分かれ道に辿り着く前に、またぴょんこと飛び跳ねた。

 今度は、右へと飛んで行く。

 あーん、待ってー!

 見失ってしまわないように、スピードを上げる。

 分かれ道へ辿り着き右を向くと、雪ウサギは少し進んだところで止まり、わたしを待ってくれていた。けれど、わたしの姿を見ると、またぴょんこと道の先へと飛び跳ねていく。


 間違いない!

 わたしは、恋に導かれている!


 そう確信して、雪ウサギを追いかけて、夢中で走った。

 何処をどう曲がったのか、どっちに曲がったのかとか、さっぱり覚えていない。

 そうして。

 すっかり息が上がって、走ろうという気持ちはあるのに足が上がらなくなってきた頃。

 雪ウサギが姿を消した角を折れたら、突然、視界が変わった。

 といっても、雪の森であることに変わりはない。

 けれど、単調だった景色に多少の変化があった。


 雪畳の通路の少し先に、凍り付いた川が横たわっていたのだ。

 小川レベルじゃない。橋がないと渡れないレベルの、割と立派な川だ。まあ、凍っているので、橋は必要ないけれど。

 一瞬、息を呑んだけれど、おぼつかなくなった足を止めるほどではない。

 というか、止めたらヤバい。

 動けなくなって、雪ウサギを追えなくなってしまう。

 雪ウサギを見失うということは、それすなわち、圭太君を見失うということだ。

 走れなくてもいいから、せめて、足を動かさないと。

 息を乱しながら雪ウサギの姿を探す。

 雪ウサギは、川の向こう岸にいた。

 い、いつの間に…………という疑問を、もっと深堀してみるべきだったのかもしれない。

 そうも思うけど、最終的にはこれで正解だったのかも、とも思う。


 そんな出来事が、この後起こった。





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