第19話 魔女の挑戦状
フルーツ飴の実が生っている、雪に閉ざされた魔女の森。
入り口からは、雪畳が敷き詰められた小道が奥へと続いている。
冒険者たちを、森の奥へと誘い込むように――――。
――――なーんて、それっぽい脳内ナレーションを流してはみたけれど。
魔女の地下迷宮に参加した冒険者のみなさんは(いや、圭太君以外にもいるのかは知らないけれど。なんとなく、他にもいそう。ただの乙女の勘だけど)、これを、どう受け止めたんだろう。
どうして、森の中に、ご丁寧に雪畳なんて敷かれているのよ?
地下迷宮って、こういうものなの?
まあ、景観的には、地下ですらないけど。
しかも、この雪畳ときたら。
ツルツルと滑りやすそうな見た目に反して、ツルすらない安全設計ときたもんだ。
いや、わたしだって、別に滑って転びたいわけじゃないんだけどさ。
ここに神経を使うなら、温度設計にも、もっと気を使ってほしかったっていうか、さ。
どうせ、炎にも解けない魔法の雪とか使ってるんだから、寒々しいのは見た目だけにして、室内……いや、迷宮内の温度はもっと適温に保ってほしい。
そうしたら、こんなセンスのないスキーウェアとか着なくても済んだのに!
濃い緑に赤の鳥居柄とか、絶対に特注でしょ!?
余計なところに手をかけるなっつの!
迷宮の出口にアンケートとか設置されていたら、絶対にこのことを書いてやるのに!
…………いや、待てよ?
それとも、もしかしてここからすでに、仕掛けは始まっている?
それすらも、仕掛けの一環だったり、する?
雪畳に片足をかけたまま、わたしはシンキングタイムに入る。
気になる石橋は、叩いて壊すのみ。
そして、もっと丈夫な新素材の橋をかければいい!
それで、だ。
うーん。
雪畳で足元には配慮しつつ、温度設定には気を遣わず、センスのないスキーウェアを着せた理由…………。
これは、罠、でもあり、ヒントでもあるのでは?
そうだ、確か――――。
「雪や氷のエリアの敵には、氷系の魔法が効かない傾向がある…………」
そう、確かそんなことを、ゲーム大好きなお父さんが言っていた気がする。コントローラーを握りしめながら、嬉しそうに。
まあ、でも。小耳にはさむまでもなく、それくらいは、なんとなく想像がつくけれど。
魔物に限らず、寒いところに住んでいる生き物は寒さに耐性が、暑いところに住んでいる生き物は暑さに耐性があるものよね。
でも、そうなると。
ついさっき上の階で大活躍だった、あの氷系魔法は役に立たないかもしれないってことか。
どっちにしろ、常夏のビーチエリアとかならともかく、この雪の森をさらに寒々しくデコレーションする気はないけどね。
ま、事前の心構えは、大事よね。
んー、となると。つまり、今回は。
炎の魔法、『火炎放射器』の出番ってこと、かな。
そんなことを考えながら、予行演習ってわけじゃないけれど、小さなお子様向けのおもちゃのごとく軽い剣をブンブンと上下に振り、最後にビシッと前に突きつける。
うむ。イメトレ完了。
よし、行くか。
ふっと息を吐いて、わたしは、本格的に雪の森へと足を踏み入れる。
そして――――。
「…………………!」
うっわ!
なに、この演出!
さすがに、背筋がゾクッとした。
外から見た時は、普通に雪が降り積もった森だった。
片足だけを突っ込んだ状態の時も、フルーツ飴とか雪畳を抜かせば、普通に雪の森だった。雪の森風アトラクション施設じゃなくて、雪の森をアトラクション施設にしてみました、感があった。
なのに。
雪畳の上の片足に重心をかけて、森の外に残っていたもう片方の足も雪畳の上に持ってきて、わたしの存在が完全に森の中に入ったとたんに――――。
ただの森は、ダンジョンになった。
それまでは、木立の隙間から、ある程度は向こう側の様子を窺うことが出来たのに、今はそれが出来ない。
雪畳の小道の両脇に、『壁』が現れたのだ。
『壁』といっても、本物の壁じゃない。
小道のすぐ両脇にある木立や茂みやフルーツ飴は、そのままで。
だけど、その後ろ側が、真っ白に煙っているのだ。
急に天候が崩れた、というわけではない。
だって、小道の上は完全にクリアなのだ。
けれど、小道の上と、雪の森の雰囲気を出すためのアイテムとして残されたと思われる木や茂みやフルーツ飴以外は、真っ白に染まって視界を遮ってくる。
魔女の仕業であることは間違いない。
だって、真っ白い靄の中で、銀色に輝く雪の結晶が舞い踊っているんだもん。
どこかのクリスマスツリーに飾ってあった雪の結晶のオーナメントが風に飛ばされて舞い込んできました、みたいなのが、たくさん。
まるでスクリーンセーバーのようランダムに舞い踊っているのだ。
正直、小賢しい。
一体、何アピールのつもりだ?
雪の結晶の意図は分からないけど、でも。
『壁』をつくった意図は、なんとなく分かる。
なんとなく、分かった。
つまり、雪畳の小道を外れて、茂みを掻き分けて進んだり、木に登って枝から枝へと猿のように飛び移りながら進んだり、といったことは許さない、ということなんだろう。木立の隙間から見えていた景色から、行き先を決めることも。
ちゃんと、正しく地下迷宮を彷徨い歩いてゴールを見つけろ、っていうメッセージなんだろう。
ふっ。その挑戦、受け取った!
そして、もう一言、言っておきたいことがある。
とても、とても、大事なことだ。
白い靄の中で舞い踊っているのが、真っ赤な鳥居のオーナメントじゃなくて、よかった。
本当によかったって、それだけは本当に。
心の底から、そう思っている。
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