第17話 魔女のおままごと

 センスはどうあれ、クリスマスプレゼントにもらった鳥居柄のスキーウェアは、なかなか快適だった。

 動くとカシュカシュ音がするけど、でも動きやすいし暖かい。

 何より、暖かい。そして、暖かい。

 フードもついているし、薄手なのに暖かい手袋もある。ブーツも歩きやすくて、暖かい。

 完璧だ。

 満ち足りた気持ちで歩いている内に、いつの間にか森の入り口へと到着していた。


 あ、そう言えば。

 暖かさに心が満たされたあまり、全然、警戒していなかった。

 でも、一度も敵とか出てこなかったな。

 うん。結果、オーライ。たまには、こういう時間も必要だ。



 さて。で、肝心の森の中は、というと。

 さっきまで歩いていた雪原の方は、三センチくらい雪が積もっていた。

 サクサクとした感触や、足跡が残るのは、ちょっと楽しかった。

 支給されたブーツのおかげで足先も冷たくないし、歩くのに問題ないくらいの積雪で、雪原ピクニック感があって、子供心が刺激された。

 さすがに、雪だるまを作ったりはしなかったけどね。


 …………圭太君は、どうだったのかな?


 まあ、冒険に夢中だったんだろうし、敵が出るかもしれないところで、さすがに雪だるまはないよね。

 あー、でも。作った雪だるまをロボットみたいに操って、敵の魔物と戦わせる圭太くんとか、すごく可愛いかも。


 っとと、妄想している場合じゃない。

 その圭太君を助け出すためにも、まずは雪の森チェックをしなければ。

 えーと。

 足元……は、ひとまずスルーして。

 森の中は、さっきのツリーに似た感じの木が多いみたいだね。

 つまり、モミの木の森ってことかな?

 濃い緑に、いい感じに雪が積もっている。

 こう、バッチリ演出効果を狙ってます、みたいな感じに。

 映画とかに出てくる森、みたいに。


 枝から垂れている氷柱に、時折差し込む日の光がキラッと反射している様が、つくづくわざとらしい。なーんて感じるわたしは、心がすれているんだろうか?

 素直な感想、なんだけどな。

 きっと、小学生みたいに純粋な女の子なら、目を輝かせるんだろうなー、これ。


 で。モミの木から、クリスマスオーブメントみたいに赤い球体が吊り下げられている、んだけど。

 なんか、りんごっぽいんだよね。

 周りを薄い氷でコーティングされていてさ。

 なんか、りんご飴っぽい。

 普通のりんごサイズもあれば、姫リンゴっていうの?

 おみかんサイズのやつもある。

 でね。モミの木の周りには、背の低い枯れ木が並んでいるんだけど、その枯れ枝の先にさぁ。カットされたフルーツが差してあるんだよね。もちろん、コーティングあり。

 イチゴ、キウイ、パイン、ミカン、ブドウ…………。

 うん、こういうフルーツ飴、お祭りの時の屋台で売っているよね。


 もしかして、前の階層でわたしが使った氷魔法に対抗しているの?

 各種かき氷で、ファンシーにデコってあげたからね。

 わたしの女子力の高さに恐れをなして、いや、羨ましくなって、真似してみた、とか?

 …………まあ、神社ってお祭りの会場になっているし、元々の仕様なのかもしれなけどね。

 ふっ。森の入り口に、氷漬けのでっかい鳥居とか建ってなくてよかったよ。


 もちろん、軽々しく手を出したりはしない。

 食べるなんて、もってのほか。

 魔女の用意したお菓子なんて、どんな呪いがかかっているか、分かったもんじゃないからね。

 圭太君は、フルーツ飴が嫌いとかじゃなければ、何の疑いもなく食べてそうだけど。

 でも、ここは、真似しない。


 一口でも食べたら、現実へ戻りたくなくなるような。

 そんな呪いがかけられているかもしれない。

 せっかく誘い込んだ獲物を、一生、ここから出られなくするために。


 だとしたら、助けに向かうわたしは、ちゃんと正気でいなくちゃならない!

 きっと、魔女はこれまで、脳内お花畑系の子供ばっかり狙ってきたんだろう。

 でも、わたしはそうじゃない。

 見え透いた魔女の罠には引っかからない。


 ふっ、この冷静沈着で理性的なわたしを、うっかり地下迷宮へ招き入れてしまったのが、運の尽きってヤツね! 

 ううん、違う! 魔女のうっかりじゃない! 

 わたしが、地下迷宮への入り口を見つけて中へ入ることが出来たのは、魔女の妨害に、わたしの恋パワーが勝ったってこと!

 つまり、わたしの勝利ってこと!


「ふはははははは!」


 高笑いしながら、ダンと音がしそうなほど力強い一歩を踏み出す。

 だけど、踏み出したブーツの下から伝わってきた感触に、一瞬で持ち前の冷静さを取り戻した。

 いけない、いけない。わたしとしたことが。

 つい、はしたなくも己の高ぶりを露わにしてしまった。

 こういうのは、ちゃんと包み隠しておかないとね。

 これも、乙女の嗜みってやつよ。


 で。

 で、だ。

 まあ、沈着冷静で理性的なわたくしですからね。

 ダンってやったと同時に、脳内にビビッと、こんなに勢いよく足を下ろしたらツルってなるのでは、という考えが走り抜けたわけですよ。

 だけど、足の裏からブーツ越しに伝わってきた感触は、その危惧を裏切るものだったのよ!

 裏切るって言うと、語弊がありそうだけど、わたしのフィーリング的にはそうだったわけよ。

 いや、視覚情報は、間違いなく裏切っている。


 だって、さ。

 魔女と雪の森ってば、例のごとくアトラクション施設風を吹かしてるわけよ。

 一応、迷路には、なってるっぽいけど、ちゃんとした道が出来ているわけですよ。

 降り積もった雪と邪魔な枝葉を掻き分けて進んで行くような、リアル雪の森系地下迷宮とは趣が違うわけですよ。なんなら、地下迷宮の入り口を探していた姫ケ丘の森の方が、よっぽど普通に天然の森だった。

 いや、それはそうなんだけど。その通りなんだけど。

 そういうことじゃなくて、ね?


 足元が床すぎるんだよ。


 そう、さっき棚上げにした、足元。足元がさぁ。

 見た目はね、神社の石畳みたいに、雪を固めて作った雪畳を敷き詰めて作られてるんだよ。

 雪畳の道の上は、顔にぶち当たってくるような邪魔な枝とか葉っぱとか一切ない。

 快適にお進み頂けます感、満載の雪畳。

 よく整備された雪畳。されど、そこはやっぱり雪畳。

 不用意な一歩を踏み出したら、さすがにツルっと来るはずだよね?

 なのに、さ。

 この雪畳、感触は、学校の廊下のそれと全く一緒な感じだったのよ。

 ブーツ越しとはいえ、踏みなれた廊下の感触を間違えるわけない。

 大型の室内アトラクション施設みたいなんですけど!


 なんなの? この配慮?

 魔女は一体、何がしたいの?

 もしかして、何処かに書いてあった説明看板を見逃していただけで、ここは本当に新規開設予定の地下迷宮アトラクション?

 モニター募集の条件を、知らずに満たしちゃって、招待されちゃったってこと?


 んー、でも、この地下迷宮。

 明らかに人智を越えた力が働いているよね?

 姫ケ丘神社主催で、この世の奇跡お見せしますがコンセプト、とか?

 それとも、すべては仮想現実的な技術の仕業というのもあり得る。

 その方が、有り得るかも?

 

 あの、森で見つけた、木のウロの中の非常ベル。

 あれを押したら睡眠系ガスとかが噴射されて、わたしはあの遠き眠らされていた。

 わたしの体は、仮想現実機能が搭載されたカプセルに入れられて。

 それで、それで。

 …………はっ!

 あの木は、もしかして!

 科学とオカルトが融合した、それ一本ですべてが完了する、奇跡のシステム!?

 モニターである小中学生を呼び寄せ、さらに眠らせた上で、木の中に取り込む。

 そう、誘導と意識を奪うのと、肝心かなめの仮想現実カプセル機能のすべてを搭載された、科学とオカルトが融合したハイブリッド神木!?


 つまり、つまり。こういうこと!?


 ――――催涙ガスによって意識を失ったわたしの体は、御神木の枝によって支えられる。

 パカッと扉みたいに開く幹。

 そこには、ちょうど子供一人が入れるくらいの人工的な空洞があった。

 仮想現実カプセルだ。

 蠢く枝によって、その空洞の中に、立った状態で収められたわたしの体。

 扉が締められると、ちょうど少女の顔の位置に丸い穴が開いている。

 しめ縄で飾られたウロの中で、静かに眠る美しき少女!

 周囲を見渡すと、同じような木が、何本も立っていた。

 圭太君の、可愛い顔も。

 木の中に囚われたまま、子供たちは永遠に夢を見続ける――――。



 ――――――――いや。


 いや、いや、いや――――?

 てゆーか、これホラーじゃん! 普通にホラーじゃん!

 なし!

 なしで!

 たとえ本当だったとしても、なしで!


 うっわ、鳥肌たった。

 もしかして、森へ誘い込むための噂の段階ではオカルト臭を漂わせて置きながら、入ってみたらただのアトラクションっぽいのもさ。

 こんな風に相手を混乱させるための、魔女の罠なんじゃない?

 夢とリアルの境界線が、曖昧っていうかさ。

 リアル地下迷宮のはずなのに、びっみょうに子供だましっていうか、おままごと的っていうか。


 もしかして、わたしたち。

 金と暇を持て余した、魔女のおままごとに付き合わされているわけじゃないでしょうね?


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