第16話 魔女からの贈り物

「な!? 氷と雪のフロア、だと!? 第二階層は、火とマグマのフロアじゃなかったのか!?」

「はい。もしかしたら、新たに生まれた穢れの王が、力を取り戻してきているのかもしれません」

「もしかして、女勇者リンカの実力に恐れをなして、難易度を上げてきているのか……? 確かに、リンカは強いけれど、まだレベル2だぞ? 氷と雪の風呂は第五か第六階層くらいだったはず。モンスターのレベルも第五階層クラスなら、さすがにヤバいんじゃ?」

「私たちで、私たち二人で協力して、女勇者リンカをサポートしていきましょう!」

「ああ! 頼むぜ、リリィ!」


 むっほぉおおおおおお♡

 いい感じ、いい感じ、いい感じじゃぁあ♡

 女勇者の次なるスイーツは、なんじゃらほいとばかりに、本来ならば第六階層であった雪原フロアを持って来たんじゃが、いい感じに転がったわい♡

 我とケータの絆が、確実に深まっておる!

 我、いい仕事したの。

 さすがは、我じゃの。


 んっふっふ。

 敵のレベルは、通常の第二階層並みにダウンさせておこうと思ったのじゃが、そのまんまでも、いいかのう♡

 ケータも、ああ言っておるし。

 その方が、我とケータの絆が深まるしぃ。

 それに、女勇者のスイーツ化魔法。

 あれ、チート臭くないかの?

 あれがあれば、モンスターなんぞ、敵ではなかろう。

 地下迷宮が、お菓子の迷宮になるだけじゃわ。


 つまり、女勇者に手加減は無用。

 むしろ、ラスボス手前くらいまで、モンスターのレベルを引き上げてもいいのではないか?

 モンスターと罠を組み合わせて、新たな仕掛けを作るのもアリじゃのう。

 これまでの、お子様向け接待ダンジョンとは一味違う、本格派ダンジョンに改装してみるか……。


 とういうか、女勇者はさっきから、一歩も動かずに震えながら何をブツブツ言うておるのじゃ?

 なにやら、呪詛のような響きが聞こえてくるのじゃが?

 雪原の美しさに感動して見とれていたわけではないのか?

 魔法を使って、我の耳にだけ届くようにしてみるかの。

 …………ん? 何? たき火?


「お? リンカの前に、たき火が現れたぞ? 新しい仕掛けか!?」

「そう、ですね?」


 女勇者リンカは独自の魔法で足元にたき火を呼び出すと、早速しゃがんで暖を取り始めた。第一階層では、あんなに慎重に常に体から離さないように気を使っていた剣と盾を雪原に放り出して、じゃ。

 こ、こやつ!

 雪原の美しさに感動して打ち震えているものとばかり思っていたが、寒さに震えていただけかい!

 少しは、景色を楽しまんかい!


 曇天の中にも、時折、厚い雲の隙間を抜けて降り注ぐ太陽の光。

 遠くに見える森に積もった、少し凍り付いた雪が陽光を照り返す美しさ。


 そういうのを、じゃ!

 もっと、素直に楽しまんかい!

 目を奪われてみたりしてみんかい!

 我の拘りポイントを、何だと思うておるのじゃ!


「た、たき火の前から、動かなくなったぞ! まさか、穢れの王が仕掛けた足止めのトラップか!」

「そう、ですね?」


 いや、我はまだ、なんにも仕掛けとらんぞ?

 あの女勇者が、自分でたき火を作って、自ら罠に嵌っただけ、ぞ?


『おのれ魔女め。女の子は体を冷やしたらダメなのに。こんなことなら、せめてスカートの下にジャージを穿いて来るんだった。まったく、こんな軽装の女の子を雪世界に放り込むなんて、どういうつもり? 若さを妬んで嫌がらせをしているの? 許せない許せない許せない』


 今度は、呪詛がはっきり聞こえてきおったわい。

 いや、まあ、確かにの?

 通常通り進んで行けば、幻の美少女たる我からのヒントとか、宝箱からゲットした装備で、十分防寒できたはずなんじゃがの?

 うむ。そこは、悪かったとは思っておる。

 じゃが、いくら何でも寒さに弱すぎではないか?

 婦女子が寒さに弱いとはいえ、老女ではあるまいし。

 そのくらいの寒さ、若さで乗り越えんかい!

 過去のモニターには、女児もおったが、そのようにだらしがない姿を晒したのは、おぬしだけじゃぞ?


「そ、そうだよな! 女勇者と言えども、女子だもんな! 寒さには、弱いよな! うちのばあちゃんも、冬はすごい何枚も服を着ててさ。女の子は体を冷やしたら駄目だから、仕方がないんだって言ってたもんな!」

「そう、ですね?」


 いや、ケータのおばあさまは、さすがにもう、とっくに女の子ではない、のでは?

 いや、まあ。別に、構わんが。


「くっ! 穢れの王め! 女子は寒さに弱いという弱点を突いて、リンカを足止めするとは! 卑怯だぞ!」

「そう、ですね?」


 あ、いかん。

 さっきから、同じ返事しか、しとらん。


「なあ、リリィ! 今こそ、おれたちの出番じゃないのか? おれたちの力で、リンカを助けようぜ!」

「そ、そうですね! で、では。二人で、姫ケ丘の女神に祈りを捧げましょう!」

「おう!」


 ああ~♡

 ケータが我を頼っておる~♡

 モニターのリンカではなく、我を見つめておる~♡

 今度こそは、見事、このラブ♡イベントをやり遂げてみせるぞい♡

 何なのじゃ、この展開、とか思うておったけれど、結果オーライじゃ。


「では、ケータ。わ……たしの後に続いてください。一緒に、女神へ祈りを捧げましょう」

「分かった」


 それとなく、ケータの手を握って、上目遣いに見上げる。

 真剣な顔で、我を見つめ返すケータ。

 今、ケータの瞳には、我しか映っておらん。

 うむ。よい感じじゃ。

 実に、よい感じじゃ。


「姫ケ丘の女神よ…………」


 そこで言葉を止め、次です、というように、目で合図を送る。

 ケータは、分かっているとばかりに、力強く頷いた。

 あう~ん♡

 世界は、世界は今。

 喜びに満ち溢れておる!


「リンカにあったか装備を!」

「女勇者に防寒具を!」


 ん、ちと揃わんかったが、意味合いは一緒。

 心は、一つじゃ。


「二人の願い、叶えましょう」


 女神の声だけを響かせる。

 ケータの視線が、再びモニターへと戻っていく。

 うぐっ。残念じゃが、仕方があるまい。

 我は、モニターではなく、モニターを見ているケータの顔を見つめる。

 モニターの向こうで何が起こるんかなんて、分かり切っておるからの。

 そもそも、我の手によるものじゃし。

 むふ。

 ケータがこのフロアを踏破した時にはなかった、新規イベントじゃからな。

 ケータの反応が、楽しみじゃ。


「クリスマスツリーが現れた! すげえ、プレゼントがあんなにある! まさか、あの中にあったか装備が入っているのか!?」

「きっと、そうです!」

「いいなぁ、あの演出! 宝箱もワクワクするけど、いっぱいのクリスマスプレゼント独り占めもいいよな! 現実では、あんなの無理だもんな! 地下迷宮だからこそ、じゃねぇ? 羨ましいぜ、リンカ!」

「そうですね! 私も羨ましいです」

「な!」


 こう言われて、ケータにこれをしてやれなかったことを激しく悔やんだが、「な!」と笑顔を向けられて、宇宙の果てまで急上昇じゃ♡

 ああ~♡

 今、世界は、我を中心に回っておる! 間違いない!


「ん? どうしたんだ?」

「え?」


 このまま、ずっと幸せに浸っていたかったのじゃが、ケータが怪訝そうな顔をしておるので、仕方なくモニターを確認する。

 と、そこには、有り得ないくらいに凶悪な顔をして、ツリーの下のプレゼントを睨みつけている女勇者が、アップで映し出されていた。


 ――――女勇者よ。


 我からの心遣いに対して、さすがにそれはないであろう?

 ケータなぞ、他人のプレゼントに対してまで、あのはしゃぎようだったというのに。笑顔満開で喜べとまでは言わんが、せめていつも通りのクールな無表情でも保たんかい。

 ま、まあ、あれじゃ。

 あの凶悪な顔を見ては、さすがにケータも幻滅するじゃろうし、そういう意味では、ナイスじゃ。女勇者よ。

 うむ。そうじゃのう。

 女勇者に喜んでもらえるよりも、ケータの女勇者への好感度が下がったほうが、我としても嬉しいの♡

 うむ、これはこれで、問題なしじゃ。

 で、あやつは一体、何が不服なのじゃ?


「もしかして、遅すぎたのか? 凍えすぎて動けないのか? あと少しで、あったか装備が手に入るのに! おまえの無念、伝わって来るぞ!」

「そう、です、ね?」


 いや、あれは。

 どうせ、また、いらぬ慎重ぶりを発揮しておるだけじゃないのか?

 うむ。じゃが、これは、好機!


「ケータ。女勇者に、ちゃんとあったか装備が届くように、二人で祈りましょう!」

「お、おう!」


 そう言って、ケータに手を差し出すと、ケータは我の手を掴んで頷いた。

 ケータの視線を追いかけて、我もモニターを見つめる。

 ケータと動きをシンクロさせるように。

 二人の共同作業のようで、実によいのう。


 我の力を使えば、瞬時にお着替えを完了させることも可能なのじゃが、二人の愛の絆イベントをより一層盛り上げるために、一手間加えてやるとしようかの。

 ほれっ、と。

 画面の中では、我の魔法により、プレゼントの包装が自然と解けていく。

 中からは、二人の愛を具現化したような金色に光る粒子が飛び出してくる。

 その金色の粒子が、光の帯となって、女勇者へと向かい、その体を包み込んでいっった。


 横目で様子を窺うと、ケータは狙い通り、瞳をキラキラと輝かせておる。

 あの金色に光る粒子にも負けないくらいに♡


「すげえ! スキーウェアになった! あれなら、バッチリあったかいな! 赤と緑でクリスマスカラーだし、おれたち二人からリンカへの、クリスマスプレゼントって感じだな!」

「そうですね! きっと、女勇者も喜んでくれるでしょう!」


 うむ! 実によいイベントであった!

 確実に、我とケータの絆が深まっておる。


 むふ。我特製鳥居デザインのスキーウェア。

 暖かいであろう?

 緑に赤の鳥居の柄♡

 似合っておるぞ、女勇者よ?

 むっふっふ。

 案の定、微妙な顔をしておるのう?

 ん? チャックに手をかけておる。

 ふっ、じゃが、一度その温もりを知った後では、手放せまい!

 むふ、むふ。

 デザインが微妙なのは、もちろんわざとじゃ。

 さすがに、あの鳥居は、やり過ぎたなとは思っておる。

 ワンポイントくらいがお洒落であったとは、我も思う。


 ふっ。じゃが、少々ダサいくらいでいいのじゃ。

 あれなら、今後、女勇者が少しばかり活躍したところで、その魅力も半減というものじゃろう?

 少しでも、ケータの女勇者への好感度を下げるためには、これくらいはせんとのう。

 残念ながら、ケータはデザイン的なことはまるで気にしておらぬようじゃが……。

 ファッションには疎いようじゃのー。まあ、それはそれでいい。

 うむ、考えてみれば、女の服にやたらと講釈を垂れる男児よりも、その方が好感が持てるというものじゃ。


 それに、女勇者の精神には、ダメージを与えているようだしの。

 とりあえず、それで十分じゃ。


 さあ、女勇者よ。進むがいい!

 我とケータの絆イベントを、盛り上げるために、な!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る