第二層 真っ白に染まって

第15話 魔女が奪っていったもの

 地下迷宮を模したアトラクション施設なので、土模様のシートを張り付けてみました、みたいな階段を降りると、一面の雪景色が広がっていた。

 あえて、文学的に言うならば。


 階段を下りたら、そこは雪世界だった、ってヤツ。


 まあ、別にあえなくてもいいんだけど。

 和え物よりも、鍋とかおでんとか欲しい気分なんだけど。

 とにかく、温かいもの。そして、暖かいもの。

 あたたかいものが欲しい。

 今、切実に。


 なんか、もう。

 全体的に白っぽくて寒々しい。

 実際、寒い。凍え死ぬ。

 足元は、踝くらいまでの雪が積もっているし.

 空からはチラチラ舞ってくるし。

 当然、空は重苦しく灰色よりの白に光っているし。

 吐いた息は白くなるし。手はかじかむし。震えは止まらないし。


 なんなの、この無駄なリアリティは?

 こういうところは、リアルを追求しなくていい。

 ちゃんと、触っても冷たくない、まがい物の雪とかにしておきなさいよ!

 床暖房ならぬ土暖房の上に、本物っぽく見えるだけのまがい物の雪でも敷き詰めておきなさいよ!

 魔女の地下迷宮なんでしょう!?


 せめて、せめて、そう。


「たき火。たき火たき火たき火たき火たき火たき火たき火たき火……」


 たき火くらい用意しなさいよ!

 念仏のように唱えながら、カッと目を見開いたら、魔女なのか姫ケ丘の神様なのか分からない何かが、願いを叶えてくれたらしい。

 なんか、足元にたき火が現れた。

 時には、祈ってみるものね!


「はー、やれやれ」


 しゃがみ込んで、さっそく、たき火に手を翳して暖を取る。

 あんなに肌身離さず手にしていた、盾と剣は足元に転がしてある。

 地下一階での体験のおかげで魔法については少し自信がついたし、なきゃないで何とかなるだろう、と思い始めたせいもあるけれど、一番の理由は。


 寒さの前には、暖かさ以上に優先されることなんて、何一つないんだよ!


「おのれ魔女め。女の子は体を冷やしたらダメなのに。こんなことなら、せめてスカートの下にジャージを穿いて来るんだった。まったく、こんな軽装の女の子を雪世界に放り込むなんて、どういうつもり? 若さを妬んで嫌がらせをしているの? 許せない許せない許せない」


 こんなところで、こんなことをしている場合じゃないのに。

 ケータ君を、助けに行かなきゃいけないのに!

 体が、体が動かない。

 お願い、恋の炎!

 こんな雪、全部とかしちゃうくらいに、燃え狂って!

 もしくは、体内ストーブみたいに、わたしの中で燃え盛って、わたしを温めて!


 …………………………………………!!!!


 一心不乱に祈ってみたけれど、今度の願いは叶わなかった。

 雪は溶けていないし、寒さも全然、和らいでいない。

 ん?

 雪が解けていないって言ったら、たき火の周りの雪、少しも溶けてなくない?

 たき火は、ちゃんと暖かい。

 だったら、雪が解けて、たき火の下と周辺は、下の土がむき出しになっていてもいいはずなのに、雪の上にたき火が載っている。

 本当に、少しも溶けていない。

 つまり、これは魔法製の雪ってことだ。

 くっ。だったら、土暖房を入れなさいよ!


 女の子に対して、こんな足止めをするなんて、卑怯じゃない!?


 土暖房が無理なら

 せめて、もうちょっと、たき火を増やしてほしい。

 こう、さ。次の階段までの道しるべみたいに、進むべき道の両側にずらっと並んでさ。わたしを温めながら、もっと暖かいところまで導いてくれない?


 切ない思いを込めながら、この地獄のような世界のゴールがあるはずの雪原の彼方を見渡し―――――――――て?

 ん?

 んん?


 なんか、クリスマスツリーっぽいものが、たき火の向こうにあるんですけど?

 こんなの、初めからあった?

 寒さで麻痺して見逃してた?

 それとも、いきなり現れたとか?

 ……………………その可能性は、あるな。


 だって。

 高さ二メートルはありそうな、モミの木と思われる木の天辺には。

 星の代わりに、赤い鳥居が飾ってあるのだ。

 これ、突然、装着させられた、鳥居キーホルダー付きバックと同じヤツじゃない?

 少々、顔を引きつらせながらも、ツリーの観察を続ける。

 枝の上には、綿で飾りつけしたみたいに、魔法の雪がふんわりとした帯を描いていた。そして、枝葉に吊るされた色とりどりに輝くオーナメントは、すべて鳥居のデザインだ。

 で、そのツリーは鉢植えなんかじゃなくて、ちゃんと雪原の中から生えていた。

 ツリーの足元には、ご丁寧にプレゼントの山なんて築かれている。

 なんか、こう。外国のクリスマスみたいな感じで。

 いかにもクリスマスプレゼント仕様にラッピングされたプレゼントの山。

 四角い箱があれば、丸い包状の箱もある。

 大きさも、いろいろ。

 いろんな柄の包装紙に包まれ、いろんな色のリボンで飾られている。


 なに、これ?

 どういうつもり?


 状況的にも飾りつけ的にも違和感しかないツリーを前に、思わず眉をひそめてしまう。

 地下迷宮の地下二階に進んだら、その入り口付近に、なぜかいきなりクリスマスツリーとプレゼントが現れるって、どういうことなの?

 意味不明なんだけれど、もしかして、わたしが知らないだけで、ゲームとかではよくある設定なの?

 それに、クリスマスツリーに鳥居のオーナメントって、思いっきり宗教が違うんだけど?


 それって、大丈夫なの?

 バチ当たりじゃないの?

 神様だから、心が広いの?


 …………まあ、どうでもいいか。地下迷宮の只中で、気にすることでもないな。

 それよりも、目の前のツリーとプレゼントだ。


 ただの雪原の装飾の一環…………という可能性もないではない。

 でも、ツリーの下のプレゼントの山は、宝箱同様、なにかアイテムが入っている可能性がある。

 タイミング的に都合がよすぎて、怪しさ満載でもあるけれど。

 ケータ君なら、そんなことは微塵も考えずに、今頃はリボンを解いて包装紙をビリビリに破いて箱の中身を確認しているところだろう。

 ここは、ケータ君に倣うべきだろうか?

 もしかしたら、これからここを進んで行くために必要な、防寒具が入っているのかもしれない。そんな気は、している。


 そんな気がしつつも確認せずにいるのは、決してたき火から離れなれないから、というわけではない。

 石橋を、そう、石橋を叩いているのだ。

 行動に移すのは、あらゆる可能性を考えて、メリットとデメリットを比較してから、でも遅くはない。

 もしかしたら、罠…………ということも、あるかもしれないのだ。

 だから、そう。

 決して、布団で寝なきゃなーと思いつつ、こたつから抜け出せない。そういうのとは、違うのだ。


 本当に防寒具が入っているのなら、多少の危険は無視してでも手に入れたいけど。

 そして、それを身に纏いたいけど。

 だけど、たき火から少しでも離れると、めっちゃ寒いんだもん!

 たき火からツリーまでは、大体、三メートルほど。

 ちょっと手を伸ばして届く距離じゃない。

 たった三メートルって思う?

 普段なら、わたしだって、そう思うよ!

 それくらい、無精しないよ!


 でも、この心底寒い雪原において、三メートルは千里にも値する。

 辿り着く前に、凍死する自信がある。

 運よく凍り付く前に辿り着けたとしても、手がかじかんでいて、リボンすら解けそうもない。

 今のわたしにとってあのプレゼントの山は、マッチ売りの少女の、マッチの火の中の幻影みたいなものなんだよ!


 ケータ君への想いは、誰にも負けるつもりはないけれど。

 恋の炎では、現実の寒さはどうにも出来ないんだよ!

 心と体は別物なんだよ!


 てゆーか、本当に防寒着をプレゼントしてくれるつもりなら、防寒着の方からやって来なさいよ!

 バックとか、勝手にわたしの持ち物になったじゃない!?

 欲しくもない魔物の体内から出てきたコインだって、勝手にわたしの持ち物にされた感じじゃない!?

 だったら、防寒着もそうしなさいよ!


 はっ!? それとも!?

 これは、魔女からわたしへの挑戦!?

 おまえの恋の炎は、その程度なのかと、何処かでわたしを嘲笑っている!?

 自分だけはぬくぬくと暖かい部屋で、凍えるわたしを嘲笑っている!?


 そういうことなら、このまま引き下がるわけにはいかない。

 ギリ、とプレゼントの山を睨みつけ、立ち上がろうとしたその時、リボンが勝手に解け出した。

 シュルシュルと、いくつもの見えない手が、山となったプレゼントのリボンを一斉に解いていく。

 破かれたりすることなく、綺麗に広げられていく包装紙。

 そうして、箱のふたが開けられて、中から――――。


 キラキラと、金色の光の粒が飛び出してくる。

 光の粒は、帯となってわたしに向かってきた。

 天の川みたいだな、なんて、ちょっとだけ思った。


 くすんでいた雪景色も、なんだか輝いて見えてくる。

 避けることは、出来なかった。

 美しさに感動して、というわけではない。

 それも、少しはあったかもしれないけれど。


 単純に、たき火の前から、動けなかったのだ。

 でも、受け入れて、正解だった。


 金色の光の帯は、わたしに温もりを与えてくれたのだ。

 全身が、暖かい。

 足のつま先から、手の指先まで。


 はふう。


 許そう。

 心の底から、そう思えた。

 温もりはすべてを凌駕する。

 世界を救うのは、温もりなのかもしれないと、ごく自然に思えた。


 もちろん、魔女の行いを許して、ケータ君を諦めるつもりはない。

 わたしが許すのは、地下二階に足を踏み入れてからの、魔女の仕打ちの諸々だ。

 こんなことが出来るなら、もっと早くやっておけよ、という思いもないではない。

 けれど、手に入れた温もりの前には、小さなことだった。

 すべてが、わたしから遠ざかっていく。

 満ち足りた思いで、わたしは自分の体を見下ろし、そして凍りついた。


 緑色に赤い鳥居模様が散らばった主張の激しいスキーウェア。

 そんなものを、いつの間にか装着させられていたのだ。

 そりゃ、凍り付くってものだろう。

 目の前が、真っ白になったり、真っ黒になったりする。

 こんなにセンスが悪い服を着せられたのは、生まれて初めてだ。

 女子として、屈辱的すぎる。

 薄いけれど暖かい手袋も、少しトーンが明るい緑で、手の甲に大き目な鳥居のワンポイント。

 氷のナイフを胸の下あたりに突っ込まれた気分だ。

 震える手で、胸元のチャックについた飾りを掴む。

 ふ、ふふ。金色に輝く鳥居の飾りときたよ。


 こんなん、着てられるか!

 という思いと。

 温もりを求める気持ちが、せめぎ合う。

 体中を渦巻くように、激しくせめぎ合う。

 葛藤のあまり、目の奥に血の涙が流れた。熱く滾るそれを飲み下す。言っておくけど、鼻血じゃない。心の涙。血の涙だ。


 究極。

 究極の選択すぎる…………!

 こんな、こんな、血が滲むどころか、吹き出すかのような葛藤は、生まれて初めてだ!


 何度も、何度も、何度も。

 血の涙を飲み下す。


 そうして、ついに。

 わたしは、心を決めた。


 鳥居から手を離し、足元に転がる剣と盾を掴んで、立ち上がる。


 寒さの前には、温もりはすべてに優先される。

 温もりは、すべてを凌駕する。

 それに、ケータ君を救出するためには、この温もりはどうしても必要なものだ。

 背に腹は代えられない。


 魔女はわたしの、女の子として大事なものを奪っていった。

 だからこそ。

 ケータ君だけは、絶対に取り戻す。


 瞳にギラリと決意を込めて、わたしは雪原の向こうを睨みつけた。

 雪原の向こうに広がる、雪に煙る氷の森を――――。

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