第13話 地下迷宮、デコってみました。
鳥肌は、まだ治まらないけれど。
それを振り払うようにして、改めて周囲を見回してみる。
…………まあ、幻想的っていうんだろうね。
こういうのは。
天井からの鍾乳石は、つらら状のものだけじゃなくて、下の床まで辿り着いて柱になっているのもある。その鍾乳石が、洞窟っぽい雰囲気を保ちつつ、ある程度当たりの状況を確認することは出来る絶妙の加減で、ぼんやりと光っているのだ。
照明テストはバッチリです、みたいな本当に絶妙な光加減。
基本は、乳白色の光なんだけど、時たま、オレンジとか水色とか緑の光が混じったりするのが、なんだか小癪だ。
たぶん、ケータ君はこんな光の変化なんて、気にも留めなかっただろう。
どちらかというと、これって、女子向けの演出だよね?
うーん。コインの嫌がらせとか、男子はあんまり気にしなさそうだし、ターゲットは男子なのかと思っていたんだけど。
もしかして、ショタコンだと思っていた魔女は、実はロリもイケるクチ?
女子にもまあ、平気で虫とか触れる子もいるにはいるし。
そういう子なら、魔物の体内から出てきたコインとかも気にしなさそうだ。
つまり、魔女は男女関係なく、やんちゃでお転婆な子が好みである、と?
これまでの地味な嫌がらせは、好みのタイプじゃない子を振るい落とすための仕掛けってこと?
非常用出口とかは、見当たらなかったけれど、振るい落とされた子はどうなるんだろう?
「もう、帰りたーい」とか泣き出したら、非常口が姿を現す仕掛けなのかもしれない。もしくは、地上への強制送還、とかもありえるな。
うーん、これは。
今後も、これまで以上に平静を保たねば!
とか、心に決めた傍から、叫ばされる羽目になった。
「にゃぁあああああああ!? 火炎放射器~~~~!!!」
いや、だって! しかたないじゃない!?
斜め前方の直径一メートルほどの水たまりの中から、泥人形が飛び出してきたんだよ!?
鉛色に鈍く光る泥がドロドロしてるんだけど。
布を被せたおばけが、両手を前にだらんとさせて、バァーってやってるみたいなぁ、ドロドロしたヤツ~~~~!!!
しかも、こいつ、炎の魔法が効いてない!?
泥なら乾燥して固まって、ボロボロに崩れ落ちておきなさいよ!
いや、でも。
足元水たまりだから、またすぐに復活しちゃう!?
あ、こ、こいつ! 火を噴き出してきた!
生意気にも、赤く光る眼玉が一つと、逆三角をしたいっちょ前に可愛く見えないこともない口が付いているんだよいっちょ前に!
その口から出てきた火の玉を、咄嗟に盾を突き出して防ぐ。
安っぽいプラスチックにしか見えない盾だから、溶けちゃうかもと思ったけれど、なぜか大丈夫だった。
や、やはり、安っぽく見えるだけで、実は新素材!?
特許出願中!?
この盾、お土産に持って帰れないかな。
…………とか、言ってる場合じゃない!
泥おばけは、水たまりからは出れないみたいだった。
火の玉を吐き出す間隔もゆっくりだ。
でも、赤いお目目はしっかりわたしをロックオンしてる!
盾を構えつつ、ジリジリ後退してみる。
だけど、火の玉は緩いカーブを描きつつも、わたしまで届くように飛距離を伸ばしてきた。
やばい、本当にロックオンされている。
追尾機能があるのだとしたら、背を見せて逃げるのは危険!
それに、水たまりは、他にもあるのだ。
そっちからも鉛泥人形が出てきて、一斉にロックオンされたら、万事休すっぽい!
やはり、ここは!
新素材の盾で防ぎつつ、なんとか倒すしかない!
うーん。鉛色ってことは、土じゃなくて、金属なんだろうか?
金属をも溶かすような超高温の炎を呼び出せば…………?
いや、そもそも、あの鉛泥人形、すでに半分溶けてない?
それに、よく考えたら、そんな超高温の炎だしたら、わたしまで蒸し焼きになりそうだな。うん、却下で。
となると、となると。
―――――――火が駄目なら、氷の魔法?
そうだ、凍らせればいいんじゃない?
えーっと、氷の魔法、氷の魔法。
よし、いけ、これだ!
「宇治金時!」
叫びながら突き出した剣の先で、鉛泥人形がカチーンと凍りついた。
それから、見えない何かによって、サラサラと削られていく。
超高速で削られていく。
全部削り終わって、山となったそれの上に。
緑色のシロップと小豆、それから白玉が、シャバシャバぽいーんと降って来た。
で、その結果。
水たまりの上に、宇治金時かき氷を落っことしちゃいました!
みたいな代物が完成した。
いや、う、うん。
なんでかな?
氷の魔法で、咄嗟に思いついたのが、これだったんだよ。
別に、特別好きなわけでもないし、食べたかったとか言うわけでもないんだけど。
まあ、結果オーライだよね。うん。
しかし、氷の魔法か。
結構、楽しいな、これ。
というわけで、積極的に水たまりの傍を通ってみることにしました!
鉛泥人形が出現するたびに、氷の魔法を発動して回る。
宇治金時だけじゃつまらないな。
というわけで。
いちごミルクとか、メロンとか、ブルーハワイとか、各種取り揃えてみた!
うん。振り返ってみると、なかなか壮観。
幻想さの中に、程よくファンシーな成分が混入されているね。
出来栄えに満足して、わたしはまた前に向き直る。
いくつか、水たまり上のかき氷を作成したとはいえ、遊んでばかりいたわけではないのだ。
若干の寄り道はしつつも、ちゃんとゴールを目指している。
ゴールと言っても、もちろん、この地下迷宮のゴールじゃない。
この階のゴールだ。
広間の右奥、壁の前に二体の鎧そのものっぽい、魔物なのか仕掛けなのか分からないものが立っている。その背後の壁が、途切れているのだ。通路があるんじゃない。下への階段があるのだ。
氷遊びをしつつも、抜かりなく怪しいところは探っていますよ。
そして、不用意に近づいたりもしませんよ?
ゲームのノウハウがなくたって、それくらいは予想がつく。
近づいたら動き出す系のトラップでしょ?
ふっ。子供だましね。
鎧までの距離は、およそ十五メートルほど。
うーん、もう少し近づいても大丈夫か。
十メートル弱、くらいまで近づいて、立ち止まる。
ここからでも、魔法が届くのかどうか。
まあ、試してみるしかない。
さて、いつまでもかき氷ばかりっていうのも芸がないし、あいつらは……。
「ミルクバー! チョコバー!」
よし! ここからでも、問題なし!
鎧二体は、ミルクとチョコの、二本の巨大棒アイスに変身した。
自分のあまりの手際の良さに、思わず笑みがこぼれてしまうのは、仕方がないというものだろう。
わたしは、悠々とした足取りで二本の棒アイスに近づくと、剣で左右に押し倒す。
パタリ、パタリと倒れていく二色の棒アイス。
ふっ。我ながら、鮮やかな手並み。
これは、さすがに自画自賛よね。
てゆーか、氷の魔法って、何気に万能じゃない?
この魔法一つで、地下迷宮を攻略できる気がしてきた。
なーんて、一人で悦に入っていたら、倒れた棒アイスがコインに姿を変えた。
あっ!
と思った時には、チャリンチャリンの大合唱。
かつてないほどの恐ろしいゾワゾワが背筋を這い上がり、思わず剣と盾を落としそうになる。
音は、前からだけじゃなく、後ろからも聞こえてきた。
つまり、だ。
ゾワゾワに何とか堪えて、振り向いてみると、せっかく作ったかき氷が全部消えていた。
あーーーーー!!!
せ、せっかくのわたしの芸術作品がっ。
いや、ていうか。こうなるって分かっていたら、あんなに張り切ってかき氷作りに勤しんだりしなかったのに。
し、失敗した。
苦い思いを噛みしめていると、ちゃららら~ん、と安っぽい音楽が聞こえてきた。
遅れて、キャラメイク用のノートパソコンから聞こえてきた合成音声。
「レベルが2に、上がりました」
発音が、前より流暢になっている。
これがゲームなら、レベルが上がったのは、当然わたしということになるんだろうけれど。
何が、どう上がったの?
まるで、実感がないんだけど?
もしかして、レベルが上がったのは合成音声の方ってこと?
なんか、意味あるの? それ?
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