第12話 異世界からやって来ました?

 大きな切り株のテーブルに、見た目は岩じゃが座るとふかふかのクッション。

 ケータと二人並んで座って、切り株テーブルの上を見つめる。

 ……ふりをして、隣のケータの真剣な横顔を盗み見る。

 ケータの視線は、テーブルの上で静かに佇む小さな女神に注がれておる。

 もちろん、すべて我の魔法によるものじゃ。


 宝箱のイベントの後は、次の地下空洞へ到達するまで、しばらく何も起こらない。

 そして、一度、地下迷宮を攻略済みのケータも、そのことを知っておる。

 じゃから、女勇者リンカが宝箱の小部屋を出て、ケータが一息ついた瞬間を狙って、地下迷宮応接セットとチビ女神を出現させたのじゃ。


 手乗りサイズの女神は、我に似せてある。

 我が成長したらこうなるのではないか……的な姿にしておる。

 我が愛らしい妹なら、あちらは綺麗なお姉さんじゃ。

 胸のサイズは、大きめに設定してある。

 べ、別に、大きな胸に憧れているわけではない。

 ケ、ケケ、ケータが大きいサイズの方が好みだった場合に備えてじゃ!

 我の未来に希望があるように思わせるためじゃ!

 まあ、我はこのまま、成長したりはしないがの。

 なに、使い魔(婿)の契約さえ済んでしまえば、後はなんとでもなるからの♡


「わたくしは、姫ケ丘を守護する女神。穢れの王を倒した勇者ケータ、そして、浄化の巫女よ。二人に、話があります。どうか、座ってください」

「ケータ、言われた通りにしましょう」


 言われた通りも何も、我が言わせておるのじゃが、ケータの袖をツンツンと引っ張って、我は上目遣いに懇願する。

 ずっと、座りたかったのじゃ。

 ケータは興奮しているせいか、立ちっぱなしがまるで気にならなかったようじゃがの。

 我は本来、頭脳(魔法)労働専門じゃからの。

 座りたくて座りたくて、たまらなかったのじゃ。


 我の心からの願いに気付いてくれたのか、ケータが頷いてくれたので、二人で仲良く並んで岩クッションに腰を下ろす。

 対ラスボス用の、広いだけで味も素っ気もない空間の真ん中にポツンと現れた応接セット。一応、それっぽいデザインにしてみたとはいえ、ちと微妙じゃの。

 まあ、これはこれで、ままごと感があってよいかもしれんが。


 うーむ? 少し、暗いかのう?

 テーブルの脇に、キノコ型ライトでも用意するか。

 あとは、座った位置からでも見やすいように、モニターをもう少し下げて、と。

 よし。完璧じゃな。

 …………とと。とか、やっている内に、女勇者リンカが分かれ道に到達しおった。

 次のイベントポイントの方へ向かっておる。

 こっちのイベントも、少し飛ばしていかねば。

 まあ、長ったらしい説明は、ケータがついて来られないかもしれないから、簡潔に行こうか。簡潔に、の。


「姫ケ丘の地に、新たな穢れの王が誕生しました」

「え? もうか? さっき、おれが倒したばっかだぞ?」

「それだけ、姫ケ丘の人々の心が淀んでいるのです」

「そ、そうだったのか!」


 女神による新しいゲームの開始宣言に、さすがのケータと言えども首を傾げた。

 じゃが、後に続けた適当な説明に、あっさりと納得した。

 うむ。よき、よき。

 それでこそ、ケータじゃ♡


「穢れの王を倒すべく、新たに勇者が召喚されました。勇者が魔王を倒すことによってのみ、姫ケ丘の穢れは浄化されるのです」

「!」

「始まりの勇者ケータと、最後の浄化の巫女よ。一度、ダンジョンを攻略したケータの知識と、巫女の清めの力で、新たな勇者が穢れの王を倒す、手助けをするのです。姫ケ丘の平和を守るために」

「おう! もちろんだぜ!」

「はい。お任せください」


 女勇者リンカが登場する前にケータに聞かせた説明とは、ちと矛盾しておるのじゃが。

 予想通り、ケータはちぃとも気づいておらんようじゃの♡

 さすが、ケータじゃ♡


 あうーん。それにしてもじゃ。

 ここぞとばかりに、ケータの手を握りしめたかったのじゃが、くぅ。

 ケータときたら、溢れるやる気が抑えられないのか、胸の前でガッと両の拳を握りしめておる。

 うぐぅ。残念じゃが、そんな姿も愛らしいのう。


 さて、出番を終えた女神は、一旦、退場させて、と。

 代わりに飲み物と茶菓子でも用意しようかの。

 我は紅茶を嗜むのじゃが、ケータには炭酸飲料の方がよいかのぅ。

 ウキウキと茶菓子の用意をしておったら、隣でケータが息を呑んだ。


 ん? なんぞ、動きでもあったか?


 すっかり忘れておったモニターを見上げると、次のイベント会場である広間の入り口手前で立ち止まる女勇者の姿が見えた。

 相変わらずの用心深さじゃのぅ。


「も、もしかして、入り口の影に隠れている触手系モンスターの存在に気付いているのか!?」


 ケータは身を乗り出すようにして、モニターをガン見している。

 そうなのじゃ。

 広間入り口の両脇、通路からはちょうど死角になる場所に、モンスターを配置しおるのじゃ。

 若干のスリル感がないと、面白くないからの。

 と言っても、その場で蠢いているだけで、襲い掛かってきたりはせん。

 まあ、服を溶かす粘液を吐きつけてきたりはするがの。

 人体には、害はないぞ。

 ほんのちょっとした、冒険のスパイスじゃ。


 何の警戒もせずに駆け込んできたケータは、突然の粘液砲の襲撃を受けておった。

 右からの粘液は見事避けて見せたものの、左からの粘液を左太ももに受けて、制服のズボンに穴を空けてしまい、大慌てしておったのー。

 ………………もしかして、ケータ。

 手に汗を握っているのは、女勇者の制服に穴が開くのを、期待してのことではないであろうな?


「ケータ。安心してください。女勇者リンカの制服は、私がお守りしますから」

「え? ………………お、おおおおおおおおおう! ま、任せた!」


 どうやら、杞憂じゃったようじゃ。

 ケータは、純粋に女勇者の身を心配してただけのようで、一拍置いてから、分かりやすく動揺しおった。

 むしろ、我の余計な一言が、破廉恥なことを意識させてしまったようじゃ。

 むぐぅ。藪蛇じゃった~ん。

 まあ、すぐにそんな破廉恥な動揺は吹き飛ぶことになるんじゃがの。

 女勇者は、広間の中に剣先を向けて、澄んだ声で静かに呪文を放ったのじゃ。

 我が用意しておいたのとは違う、何やら独自の呪文を。

 

「火炎放射器…………展開」


 呪文を唱える声は静かで落ち着いておったが、威力の方はかなりのものじゃった。

 モニターは左右に分割していて、通路側からと広間側からの両方を映しておるので、火炎放射が展開していく様が、呪文を放った本人よりもよく見えた。


 前方だけではなく、壁に沿うようにして左右に広がっていく炎。

 前・上・左・右の四方向へ、長さ三メートルほどの炎が猛威を振るっておる。

 我の用意したモンスターは、粘液砲を放つ間もなく消し炭となった。

 炎が消えた後には、コインだけが残されておる。


 なんじゃろう。あまりにあっけなさ過ぎて、虚しい気分になってきた。

 展開ってなんじゃ、展開って。

 なんで、そんなことが出来るんじゃ?

 もしかして、本当に玄人の方なのか?


 トラップをクリアして悠々と広間に足を踏み入れた女勇者は、残されたコインに興味なさそうな視線をチラッとだけ走らせた。

 どうせ、最初のスライム同様、勝手に消えると思って無視を決め込もうとしておるのだろう。

 心配せんでも、いざという時に使えるように、自動で持ち物に加えてやるわい。

 使い方も、その時が来たら、教えてやるわい。


 なのに、なぜ、そんなに嫌そうな顔をするのじゃ!

 我の親切心を、何だと思っておるのじゃ!

 失礼であろう!?


「クールだな」


 ふぇ? ケ、ケータ?

 え? なぜ、そんな、憧れの眼差しを?

 クールな女がタイプなのか?

 つ、つまり、なんとかあの女勇者の度肝を抜いて無様な姿を晒してやれば、無事に幻滅してくれるかの?


 よ、よし。何か、手立てを考えねば。

 新たな仕掛けを用意せねば。

 ケータが「おれの時と仕掛けが違う」とか言い出したら、その時は、じゃ。

 穢れの王の妨害に違いありません、とか言っておけばよかろうし。

 しかし、やり過ぎて、

「おれが直接、助けに行く」

 とか言い出されては困るのー。

 考え込んでいたら、ケータの素朴な考察が聞こえてきた。


「レベル1なのに、あんなスゴイ呪文が使えるとは。ゲームに憧れる、普通のクラスメートだと思っていたのに、もしかして、それは偽りの姿だったのか? 本当のあいつは、穢れの王を倒すために、異世界からやって来た、本物の女勇者…………?」


 いや、ケータ。

 さすがに、それはないであろう?

 

 ………………いや、どうであろう。

 もしかしたら、その可能性も…………あったりする、のか?



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