第9話 恋する乙女と魔女の呪い
ふー、と深くため息をついて、気だるい脱力感と共に宝箱の中を見下ろす。
あんなに気持ちの悪いネトネトウゴウゴと戦わせておいて、手に入ったのは、栄養ドリンク一とチョコバーが一本ずつ、か。
個人的には割に合わないと思っている。
でも、ケータ君は、きっとこんなんでも喜んだのだろうな。
その姿を思い浮かべると、それだけで削られた気力が不思議と回復してくる。
小さい子供みたいに、この場ですぐに食べ始めちゃう姿も想像できるけど、初めての戦利品だからって大事に取っておいて、持ち帰って机に飾っている姿も想像できる。
そうしてみると、さっきまでしょぼいと思っていた、何の変哲もない栄養ドリンクとチョコバーが、物凄い宝物のように思えてきた。
うん。大事に持ち帰ろう。
ケータ君とわたしの、二人のメモリアルとして。
頬を緩ませながら、それでも念のため。
剣先をスカスカの宝箱の中に突っ込んでぐるぐると回すように動かした。
もちろん、何か仕掛けが作動しないか確認するためだ。
それから、盾を持っていた方の手を差し入れて、素早く中身を取り出した。
その間、盾は膝の間に挟んでおいた。
剣を持っている方が利き腕だけど、だからこそ。
何かがあった時に備えて、利き腕じゃない左を使ったのだ。
利き腕に怪我をするのは避けたいからね。
幸いにも、何事もなかったけれど、何かあってからじゃ遅いのだ。
頼れるのは自分だけだからね。
叩ける石橋は叩いていかないと!
叩きすぎて壊れたら、別の道を探せばいい!
――――のは、いいとして。
これ、どうしようかな。
スカートのポケットに入れたら、チョコバー、溶けちゃわない?
あれ? そういえば、わたしの学生鞄、どこいった……ん?
なんか、いつの間にか。
見慣れない肩掛けバックを、斜め掛けに装着してるんだけれど?
青いデニム生地の斜め掛けバック。
学生鞄くらいの大きさだけど、底の厚みは、もっとあるかも。
今は、中が空っぽだからか、ぺしゃんこだけど。
…………え?
すり替えられた?
いつの間に?
ここから出たら、ちゃんと返してもらえるんだよね?
教科書とかノートとか、戻って来るんだよね?
栄養ドリンクとチョコバーを片手で鷲掴んだまま、プチパニックに陥りかけたけれど、深呼吸をして何とか立て直す。
こういう時は、深呼吸に限る。
学生鞄の行方は、大事なことだけれど。
でも、今、それを心配したところで何にもならない。
ただ、時間を無駄にするだけだ。
それについては、ケータ君を助け出して、ここから出た後に考えればいい。
まずは、ケータ君の救出を優先せねば。
それが、一番、大事なこと。
うん、よし!
切り替え、大事!
バックはまあ、有効活用させてもらおう。
あるものは、使わねば。
ということで、手に入れたばかりの二人のメモリアルを、大事にしまう。
大きめの内ポケットがあったので、そこへ収納。
チャックで開け閉めできるし、バックの使い勝手はなかなか悪くない。
デザインは至ってシンプルだけど、その方がわたし好みだ。
チャックのところに、鳥居のキーホルダーがついているのは気に入らないけれど。
なんて言ったら、いいのかな。
デザイン自体は、悪くないんだけれど。
そこはかとなく、何者かの自己主張の激しさを感じるのだ。
それが誰なのかって言ったら、もちろん“魔女”なんだろうけど。
“魔女”か。
ゆらりと立ち上がりながら、魔女について考えてみる。
考えながら、軽く周囲を警戒しながら、足も動かす。
こういうのは、割と得意な方なのだ。
考え事をしながら歩いていても、警戒が疎かになることはない。
もしかしたら、わたしは、地下迷宮探検に向いているのかもしれない。
それ自体はどうでもいいけれど、それが圭太君の救出に役立つことは喜ばしい。
それにしても、魔女は厄介な相手だ。
噂の魔女が、童話で謳われるようなオカルト的な存在だとしても。
とんでもない財力と、卓越した科学を操る、謎の存在だとしても。
どちらにせよ、とてつもなく厄介な相手だ。
ケータ君にとっては、地下迷宮はメインディッシュだ。
でも、わたしにとっては前座でしかない。
だって、わたしの目的は、この地下迷宮を造った魔女から、ケータ君を取り戻すことなんだから。
わたしの真の敵は、魔女だ。
今のところ、魔女に勝てるビジョンはまるで浮かんでこない。
敵は強大だ。
監視カメラ的なものはどこにも見当たらないけれど、たぶん、わたしは監視されている。
どうして、そう思ったのかというと、ヒントはこのバックだ。
さっきは、学生鞄を失くしちゃったかもという失態にプチパニックになっていたから気が付かなかったけれど。
冷静に思い返してみると、だ。
地下に落とされた時、わたしは確かに手ぶらだったはずなのだ。
地下迷宮への入り口を探して、森を探索していた時には、確かに手に持っていた。
でも、入り口への扉を開く非常ベルを押して、ストンと地下に落とされた時には、何も持っていなかった。肩にも掛けていなかった。
記憶力には自信がある。
間違いない。
デニムの肩掛けバックなんて、持っていなかったし、肩に掛けてもいなかった。
そう、つまり。
宝箱を開けてアイテムを入手し、それを仕舞うものが必要になったその時を狙って、忽然と姿を現したのだ。
まるで、最初からそれを持っていたかのように。
タイミングを計っていたとしか思えない。
いや、待てよ?
アイテムを宝箱から取り出したら、バックが現れるように仕掛けがなされていたという可能性も、ある…………?
うーん、まあ。
どちらにせよ、尋常ではない力を持っていることは確かだ。
そう思うと、背筋を冷たいものが駆け抜けていく。
でも、ケータ君はむしろ感動したんだろうな。
そう考えると、今度は、暖かなものが胸の中に広がっていく。
うん。大丈夫。
この暖かさがある限り、わたしは頑張れる。
それにしても、この鳥居のマーク、なんなの?
なんで、魔女なのに鳥居なの?
ここに、魔女の正体を探るためのヒントがあったりする?
地下迷宮への入り口が隠されていた姫ケ丘の森。
森の所有者は、すぐ傍にある姫ケ丘神社だったはずだ。
魔女は、姫ケ丘神社の関係者?
姫ケ丘神社って、何を祀っているんだっけ?
うーん、調べておけばよかったな。
魔女と神社が結びつかなくて、思いつきもしなかった。
でも、森の所有者らしいってことは知っていたんだから、一応、調べてみるべきだった。
わたしとしたことが、ぬかったな。
まあ、今となっては仕方がない。
魔女は、神社の関係者かもしれないってことは、心にとどめておこう。
何が、圭太君救出の助けになるか、分からないからね。
そう、わたしの目的は圭太君の救出。
地下迷宮の攻略なんて、ほんの前座にすぎないのだ。
この前座をあっさりとクリアして、何としても魔女を引きずり出してやる。
これだけの力を持つ魔女に勝てるのかは、分からない。
でも、きっと、大丈夫。
だって、わたしは一度、魔女の呪いに打ち勝っている。
魔女の呪いのせいで、クラスのみんなが圭太君のことを忘れてしまっても、わたしだけはちゃんと覚えていた。
恋の力は、魔女の魔法(呪い)だって打ち破ることが出来るのだ。
つまり、それは――――。
『乙女の恋のパワー > 魔女の魔法(呪い)』
――――てこと!
だから、きっと、大丈夫。
わたしの恋は、魔女にだって負けない。
待っていなさい、悪しき魔女。
わたしの恋の力、思い知らせてあげるから!
そんな風に、何度目か分からない闘志を沸き立たせたところで、未知の領域である、次の分かれ道に到達した。
左は、また分かれ道。
そして、右の先には――。
いかにも何かが起こりそうな、広い空間が見える。
どっちを選ぶかって?
決まっているでしょ!
ケータ君なら、迷わず次のイベント目指して駆けていったはずなのだ。
だから、わたしも迷わず、そうする。
そうするのだ。
ケータ君みたいに、むやみに走り出したりはしないけどね!
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