第8話 接待地下迷宮

 ん? どうしたんじゃ?

 なにやら、スライムと見つめ合っておるが?

 …………あーいうヌルヌルネトネトしたのが、女勇者の好みのタイプなのか?


 ステータス画面を確認しているわけでもなようじゃし。

 ちなみに、じゃ。

 当ダンジョンでは、ステータス画面を見たい、と思うだけで目の前に画面が合わられる仕様となっておる。

 所持金と持ち物の確認もできるぞ。

 特に説明はしていないが、ゲーム経験があれば、チラッとくらいは、その存在が頭を過るであろう?

 それだけで、目の前に浮かび上がってくるし、次回からは、見たいと思うだけでよしなのじゃ。

 男児も女児も、みな大喜びしておったわ。

 そーいや、この娘は無反応じゃな?

 いや、一度も開いていないような?

 どういうことじゃ?

 地下迷宮に挑戦するくらいなのじゃ。

 まさか、ステータス画面の存在を知らんわけではないだろうしのう。

 やはり、スライムが好みのタイプなのか?

 つい、見とれてしまっておるのか?


「行け! 女勇者リンカ! そんなザコ敵、一刀両断だ!」


 我の思考を掻き消すように、ケータが拳を振り上げて女勇者を応援し始めた。

 そういえば、ケータの時は、突然、天井から降ってきたスライムに驚いて振り回した剣が偶々、いいところにあたってのう。

 見事、クリティカルヒットじゃ!

 一撃で仕留めておったの♡ うむうむ。運も実力の内じゃ♡


 じゃが、この女勇者は、いつまでスライムと見つめ合っておるのじゃ?

 まさか。本当の本当にスライムが好き、なのか?

 好みのタイプのモンスターを求めて地下迷宮への冒険に繰り出したのか?

 これは、つまり、お見合い?

 いや、最近は、合コンとかいうんじゃったかの?

 よく知らんが。

 うーむ。それにしたってじゃ。もっとこう、頬を染めてみるとか、抱き着いて頬ずりしてみるとか、動きがあってもよさそうなものじゃが?

 何を考えておるのじゃ、この女勇者は?


「ど、どうしたんだ? …………はっ! もしかして、あーいうヌトヌト系モンスターが苦手なのか? 剣では戦いたくないから、魔法を選んでいるのか? なんだよ。手練れっぽく見えて、可愛いところもあるじゃねーか。頑張れ、リンカ! 大丈夫だ!!」


 ぎ、ぎぃいいいいいいいいい!

 スライムとお見合いと思わせておいての、まさかの可愛げアピールじゃったのか!?

 あの娘、やりおる!

 その隙の無い動作から手練れと思わせておいて、まさかの!

 一番最初の、ザコ中のザコ敵スライムに怖気づいての、女勇者の女の子アピール!

 ケータに、クリティカルとまではいかないが、見事、ヒットしておる!

 あの娘あの娘あの娘あの娘あの娘あの娘あの娘あの娘!


「ん? どうしたんだ? 目だけ、あちこち動かしてるけど。もしかして、ステータス画面がバグっているのか!?」


 う、うう。応援し始めておる。

 バグるも何も、その娘は最初からステータス画面なんぞ、見ておらんわ!

 今、確認したが、実際にバグってなんぞおらん!


 我の魔法は、完璧じゃ!


 あの娘がステータス画面を見ておらぬのは確かじゃが、それは、我のせいではない!

 あの娘が、ステータス画面のことを一度たりとも思浮かべておらぬからじゃ!

 う、うぅ。ケータぁ。我のこと、忘れておらぬか?


 そのモニターも、この地下迷宮も、全部我が造ったのじゃが?

 そうと意識するだけで、目の前にステータス画面の表示すらされる特殊仕様なんて、我だからこそ出来たことじゃぞ?

 さすがに、一度に一人までが限度じゃが。

 まあ、その辺は、ケータには内緒なんじゃが。

 じゃがじゃがじゃが。


 ……………………別に、じゃがいもが食べたいわけではないぞ?


 う、うぅ。ケータぁ。

 せめて、なんかもうちょっと、一緒に観戦している感じにならんものか?

 出来れば、テーブルとソファと茶菓子も用意して。

 二人並んで座って、茶菓子を摘まみつつ、二人であーだこーだ言い合えたら。

 言い合えたら!


 わ、我もケータと一緒になって、女勇者リンカにコメントをすればいいのか?

 で、でもじゃぞ?

 まるっとスルーされたら、どうするのじゃ?

 ケータってば、すっかりモニターに集中してしまっておるし。

 我の声が耳に届かない可能性もある。あ

 と、聞こえたとしても、「あれ、おまえまだいたの?」的な顔をされたら、どうしてくれるのじゃ?

 我の魂が死んだら、誰が復活の儀式をしてくれるのじゃ?


『火炎放射器!!』


 ほ?

 乙女の悩みに耽っていたら、モニターの中で、ついに事態が動いた。

 女勇者リンカが一言も喋らなかったせいで、スライムが天井から落ちてきた音しか聞こえてこなかったモニター併設のスピーカーから、初めて女勇者の声が響いてくる。


 威勢の良い声は、高く澄んでいた。生意気な!

 我、ケータと話している時は、声を作っているのじゃが、地声は低いのよな。

 いや? 羨ましくなんかないぞ?

 見目は、我の方が愛らしく麗しい!

 女勇者リンカは、勇者としてはなかなかかもしれんが、女としては、まあ、なんというか、普通じゃ。可もなく不可もない。


 …………ケータが、モニターに夢中になっている内に、もっと我の可憐さをアピールできる服に着替えておくべきか?

 今は、囚われの巫女を演出して、少しすり切れた白いシンプルワンピースを着ておるのじゃが。

 もっと、こう、やり過ぎず、かつ、男児の心を掴むような…………。

 ほどほどにフリルで飾って、姫っぽくしてみるのはどうじゃ?

 鮮やかな色の花の髪飾りなんかをつけるのもよいな。

 服が白じゃから、よう映えるじゃろうて。

 むふ。向こうが勇者なら、こちらは姫で対抗というわけじゃ。

 女勇者は、一人でも生きていけるが、姫にはやはり王子様が必要ではないか?

 世間一般的には、そういうことになっているのであろう?


 この宝箱イベントの後は、しばらく何事もなく迷宮を進むことになる。

 もちろん、すでに地下迷宮を攻略済みのケータはそのことを知っておる。

 じゃから、そこで一息ついて、隣を見たら、そこには……的な展開じゃ。

 あれ、こんなに綺麗だったっけ的な?

 二度目惚れ確定的な?


 ちなみに、じゃ。

 どう進んでも、適度に歩いたのちに、次のイベントが起こる少し開けた場所へ辿り着ける仕様となっておる。

 こんなことが出来るのも、我の魔力と魔法の技が飛びぬけているからこそじゃ。

 接待地下迷宮とは、こうでなくてはならん。


 まあ、第一階層くらいは、多少のハプニングがありつつも、順調に進ませてやらねばの♡

 相手は、小中学生なのじゃし、あまり厳しめにして、もう帰りたいなどと泣かれては困るしの。

 我のこの気遣い、素晴らしいと思わんか?


 もちろん、順調に進んだ後に、心が挫ける系イベントも用意してある。

 何事も、メリハリというヤツが大事じゃからの。

 そこで、我が声だけでアドバイスして、輝かしい未来へのフラグを立てるというわけじゃ♡

 最初は声だけで、その内、幻のように姿をチラ見せして。

 そしてラスボスとの対決の時に、ついに、というわけじゃ♡


「カエンホウシャキ、すげえ…………。一瞬で、薙ぎ払った。え? 勇者って、レベル1であんな魔法、使えたか?」


 はっ! いかん、脳内会議にいそしんでいる場合ではなかった。

 う、うむ?

 確かに、魔法一発で薙ぎ払いおったな?

 二匹一度に、薙ぎ払いおったな?

 どういうことじゃ?

 大体、『火炎放射器』って、なんじゃ?

 いや、火炎放射器は分かるぞ?

 そういうことではなくて、なんで、そんな魔法が使えるのかってことじゃ。


 ゲームは好きでも、体を動かすのは得意でない男児もいることを想定して、じゃ。

 初心者向けの勇者は、レベル1でもファイア・アイス・サンダーの三種類の魔法と、回復魔法ヒールが使えるようしてある。

 じゃが、『火炎放射器』などという魔法は用意しておらんぞ?

 ファイアを独自の言い方で放った……にしても、威力が高すぎる。

 ファイア一発では、せいぜいスライム一匹がいいところじゃ。

 なのじゃが。


 レベルが上がれば、使用できる技や魔法が増え、ステータスが上がる仕様なのは、まあ大抵のゲームと同じゃ。

 じゃが、ステータスは本人の霊的能力や身体能力に比例する。

 つまり。ケータに気を取られて、今まで気づかんかったが、この娘。


 かなりの、霊的素質を秘めておるのかもしれん。


 もしや、先ほど小部屋の中を見回しておったのは、魔法『火炎放射器』の威力をどの程度にするべきが、計っていたのではないのか?

 つまり、この娘。

 魔法の威力までも、己でコントロールできるということか?


 それにしたってじゃ。

 我の用意した魔法を無視して、独自の魔法を見せつけてくるとは。

 ま、まさか。ケータの言うように、この娘、本当に本物の女勇者なのか?

 ステータス画面を一度も確認しなかったのも、じゃ。

 我の与えた力に頼らなくても、己本来の力で、こんな地下迷宮あっさりと攻略してくれるわという、謂わば、宣戦布告!?

 そんなこと、あるのか!?


 じっと、モニター内の女勇者を凝視する。

 スライムをあっさりと薙ぎ払った女勇者リンカは、悠々とした足取りで宝箱に近づいてった。

 宝箱の前に落ちている、スライムが残したコインを見ると、剣の先でつんと突く。

 突いたりせんでも、モンスターがドロップしたコインやアイテムは、一定時間が経つと自動で持ち物としてカウントされる仕様じゃ。

 とことんリアルを追求するなら、リュックでも用意してやって、そこまで自分で管理させるというのもありかもしれんが。男児は、整理整頓とか、得意ではなさそうじゃからの。

 リアル風、ということにしておる。


 ふむ。今後は、キャラメイクの時に、そこも選べるようにするというのもアリかもしれんの。何、我にかかれば、その程度の仕様変更、造作もないことよ。

 仕様によりコインを入手した女勇者リンカは、何やら微妙そうな顔をした。

 ステータス画面を放棄したのならば、そのコインは使えないということじゃからの。

 じゃが、残念そうというよりは、嫌そうな顔をしているのはなぜじゃ?


「すげーなぁ、あいつ。モンスターを倒しても、全然、はしゃいだりしてねぇ。おれが使えない魔法を使えたり、やっぱり、本物の女勇者なのか? おれみたいに、与えられた力じゃなくて、元からの力……? あいつ自身の、力?」


 もーう、なんなのじゃ、あの娘は!

 乙女アピールでもケータの気をひき、本物の女勇者アピールでもケータの憧れを勝ち取りよる!

 おまけに、冷っ静に、剣の先で宝箱の蓋を開けておるし。


 そんなことせんでも、地下迷宮初の宝箱に罠など仕掛けておらんわい!

 接待地下迷宮を嘗めるなよ!

 宝箱をその手で開ける喜びに興奮する男児たちへの接待!

 その姿を見て、喚起に打ち震える我自身への接待!

 これぞ、接待地下迷宮!


 …………………。


 いや、まて。女勇者リンカよ。

 今、宝箱の中身を思い切り馬鹿にせんかったか?

 冒険を嘗めておるのか?

 魔力回復用のエナジードリンクと、体力回復用のチョコバー。

 回復アイテムは重要であろうが!

 しかも、ファースト回復アイテムぞ?

 初戦闘のあとの、ファースト回復アイテムぞ?


 地下迷宮創造主の気遣いに対する感謝の心が、圧倒的に足りん!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る