第6話 女勇者は誰の刺客?

 いざ、冒険が始まっても、女勇者リンカは、やはり冷静なままじゃった。

 装備はちゃちぃ(我が用意したんじゃが、それはそれじゃ)が、冒険に臨むその姿勢はまさにプロの女勇者。


「すっげぇ、あいつ…………。扉を閉められたのに、全然、慌ててない。振り返りもしないで、歩き出した。おれの時と全然、違う。完全に、クールな女勇者を演じている!」


 本気で感心しているらしきケータの声が聞こえて来て、ちと焦りを覚える。

 そうなのじゃ。

 一番最初の、ありきたりと言えばありきたりじゃが、王道ともいえる、帰り道が閉ざされたちゃった系の仕掛け。

 あやつときたら、それを見ても、眉を顰めることすらしなかったのじゃ。


 ケータなぞ、始まりの部屋への出入り口が閉ざされた時には、悲鳴を上げて飛び上がっておったのに!

 振り返って、「帰り道が閉じられた!?」なんて、テンプレな反応を返してくれたというのに!


 あの時の我は、ニヨニヨしっぱなしでのぅ。

 頬の肉が、このまま戻らなくなるのでは、と心配になるほどじゃった。

 まあ、どっちにしろ。

 扉が開いていたところで、あの部屋から外には出られないんじゃがの。


 それをあの女勇者め。

 そんなことは先刻承知の上、とばかりに、振り向きもせずに先へと歩き始めたのじゃ。

 いくら何でも、冷静沈着が過ぎるであろうが!?

 この娘、本当にただの女子中学生なのか!?

 おかしいであろう!?

 しかも、ケータはすっかり隣にいる我のことなんて忘れたみたいに、モニターの中の女勇者の冒険に見入っているしぃ!


「なっ!? しかも、分かれ道に近づいたら、通路の左右を警戒しながら、足音を殺して、歩くペースもゆっくり目に!? も、もしや、あいつ。世界各地の地下迷宮を冒険して回る、本物の女勇者!?」


 い、いやケータ?

 これは、我が魔法を駆使して造り上げた特別な地下迷宮じゃぞ?

 世界各地に、こんな地下迷宮は存在していないと思うぞ?

 まあ、そんなところが可愛いのじゃが♡


 しかし、世界各地の地下迷宮か……。

 その設定、使えるかもしれんな。


 例えば、じゃ。

 姫ケ丘の穢れは、ケータと我の活躍によって無事、浄化されたが、世界各地に同じような地下迷宮が現れた。

 ほいで、そうじゃ!

 我ら二人の前に、女神が現れるのじゃ。

 で、世界の平和を守るため、ケータと我の二人で地下迷宮を攻略し、穢れを祓ってほしい……と頼まれるじゃ。

 まあ、もちろん、女神は我が仕込むのじゃが。

 我から提案するよりも、二人一緒に女神に頼まれる方が、対等な立場というか、絆が深まりそうな気がせんか?

 でじゃ、ケータの両親には、ケータは遠い異国に留学中ということにしておきます、とか女神に言わせておけば、コロッとその気になるのではないか?

 もちろん、両親にはその通りの記憶をちゃんと植え付けてやるでの。


 むふ♡ 二人で地下迷宮攻略か♡

 よいではないか♡


 まあ、こんなものを本当にいくつも造るのは面倒くさいので、ここをリニューアルしてうまくだまくらかすことにはなるがの。

 リニューアル中は、地下迷宮の場所を探しているってことにして、ケータにはテレビゲームでも遊んでいてもらえばよいしの♡

 リアル地下迷宮攻略の参考になるとか何とか言っておけばよかろう。


 リアル地下迷宮攻略の合間に、ゲームで地下迷宮攻略をする生活。

 こんなの、全中学生男子の憧れではないのか?

 の? の?


 うむ。このプロポーズが、今のところの第一候補じゃの。

 問題は、いつどのタイミングで切り出すのか、なのじゃが。

 女勇者リンカの冒険が一区切りつくまでは、おあづけじゃのー……。


 しかし、あの娘、本当に何者じゃ?

 冒険が始まってからのモニターは、左右に二分割しておる。

 背後と正面の両方が一度に見れるように設定してあるのじゃ。

 そこに、ケータの言った通りの映像が映し出されておる。


 最初に用意した、何の変哲もないただのT字路。

 あの先に何が待っているのだろうという、期待と不安を煽るための演出じゃ。

 先が分からん方が、ドキドキするじゃろ?

 ケータは、我の思惑通りの実にいい反応をしてくれた。


 退路を断たれたことに、一度は衝撃を受けておった。

 じゃが、お約束の演出をむしろ喜んで、

「こうじゃねーとな!」

 などと言いながら、再び前に向き直る。

 その瞳には。

「これから、本当の冒険が始まるんだ!」

 という熱意の焔が燃えておった。


 あのT字路の先に、何が待ち受けているのか。

 はやる気持ちを抑えきれずに、地下迷宮にはモンスターがつきものという常識すら忘れて駆け出すケータ。

 もちろん。そこを狙ってモンスターに襲わせたりなんぞせんわい。

 ここは、接待地下迷宮じゃからの♡

 それに、我も、じっくりと喜び勇む男児たちの姿を鑑賞したいからの♡


 つまり、自己接待も兼ねているというわけじゃ。

 これぞ、真の接待地下迷宮ぞ♡

 むふふ。我ながら、出来る魔女じゃと自画自賛じゃ。


 我、偉い! 我、最高!


 とゆー、自我礼賛祭を開催しつつも、じゃ。

 女勇者の冒険鑑賞会も、もちろん続いている。


 モニターの向こうで、女勇者リンカは警戒を怠らず、T字路の横棒部分に、慎重に身を乗り出していた。

 正面を向いたまま、視線だけで左右を確認しておる。

 左の先は、また分かれ道。

 右の先は、真ん中に宝箱のある小部屋じゃ。


 なのじゃが。

 本当に、なんでこの娘は、こんなに冷静なのじゃ?


 どっちかから、急にモンスターが襲い掛かって来ても、対応できるように、ということなのじゃろうが…………はっ!?

 も、もしや、この娘。所謂、ダンジョンRPGよりも、アクションRPGの方が得意なタイプなのでは?

 じゃとしたら、この行動も頷ける。所謂死にゲーと言われているジャンルの猛者であれば、このような動きになるのではないのか?


 うーむ。だとすると…………。我とは、気が合いそうにないの。

 我は、アクションは苦手なのじゃ。

 アクションRPGの方がリアル地下迷宮冒険の参考になるかと思って、いくつか手を出しては見たのじゃが。

 上手くいかない腹いせに、いくつかコントローラーを破壊しただけに終わったわ……。


 あ、ケータがこの手のゲームを遊ぶ分には問題ないぞ?

 我は、応援に徹するからの♡


 ん?

 女勇者め。

 何も起こらないことに拍子抜けしたのか、すこーしばかり、肩から力を抜いたようじゃの?

 じゃが、宝箱を目にしても、顔色一つ変えんとは、どういうことなのじゃ?

 もっと、喜ばんかい!

 ファースト宝箱じゃぞ!!


「た、宝箱を見ても、クールを保つとは……。大空凛香、普通の女子中学生はただのカモフラージュで、本当に本物の女勇者なのか……?」


 冗談ではなく、本気っぽい声で、感動に打ち震えるかのように言葉をもらすケータ。

 さすがにそれはないと思うのじゃが。

 そんなところが、大変好ましいぞ♡


 むふ。じゃが、女勇者リンカよ。

 この先の仕掛けが作動しても、そのクールを保てるかな?

 ぐっふっふ。

 見ているがいい。その化けの皮を剥いでやるでな!


「………………………!」


 ケータが、固唾を飲んで女勇者を見守っている。

 この先の仕掛けを、ケータ自身、経験済みじゃからの。


 宝箱に目が眩んで小部屋に足を踏み入れた途端!

 狙いすましたように天井からスライムが落ちてくる仕様じゃ!

 まあ、狙いすましたようにも何も、実際、狙っておるんじゃが。


 ケータときたら、宝箱に向かって超ダッシュを決めておってのぅ。

 危うくケータの頭の上に、スライムが直撃するところじゃった。


「悲鳴一つ上げないとは…………。女勇者リンカ、やはり、本物なのか?」


 だっちゅーのに、うぉい!?

 本当に悲鳴一つ上げないとは、どういうことじゃ!?

 貴様、それでも、女児か!?

 いや、女児でも男児でも、接待悲鳴の一つくらい上げんかい!?


 地下迷宮創造主に対する礼節の心が足りん!

 我のテンションが、下がるであろう?

 

 い、いや、我のテンションなぞ、どうでもいい。

 ケ、ケータ…………。

 ケータの瞳に、女勇者への憧れ的なものが宿りつつある……!


 まずい、やばい!

 このままでは。

 我との契約がまだ成立しておらぬのに!

 ケータと女勇者のとの間に、立ってはならぬフラグが立ってしまう!

 そのフラグは、何としても、叩きおらねばならん!


 もしや、あの女勇者。

 我とケータとの仲を引き裂くために、もてない女たちの怨霊が放った刺客ではあるまいな!?

 許さん。許さんぞ。


 女勇者め。

 その怨念、我が滅してくれるわ!

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