第5話 いきなり大ピンチ!
地下迷宮への扉は、問題なく開かれた。
待っててね、圭太君。
悪辣な魔女の手から、必ず救い出して見せる。
そうして、元通りの、圭太君がいる日常を取り戻すんだ!
感触を確かめるように、軽く剣を振ってみてから、始まりの小部屋的な場所を抜けて、開かれた扉の先へと進む。
小部屋を抜けて二歩ほど進んだところで、背中の後ろから、ゴゴゴと音が響いてきた。
小部屋への出入り口が閉まったんだろう。
別に、振り向いて確認したりはしない。
そんな必要、ないからだ。
退路を断ったつもりなのかもしれないけど、元より、目的を果たすまでは帰るつもりなんてないし。
てゆーか、あの部屋、そもそも行き止まりだし。
こんな姑息な手段で、一々、ビビったりしないんだから。
それにしても、魔女が造った地下迷宮っていうよりも、なんかそういう設定のアトラクション施設っぽい感じがするんだよね、ここ。
小部屋の先は、一本道で、数メートル先で突き当たり、左右に道が分かれている。
それはまあ、いかにも迷路っぽいんだけど。
整備されすぎてる、感じがするのだ。
お客さん向けにちゃんと手入れされた洞窟の中、みたいな。
足元が整備されすぎている。
小石一つ落ちていない。
自転車でも問題なく走れるレベルで、整地されている。
これなら、圭太君が喜び勇んで足元を見ないまま走り出しても、何かに躓いて転んだりすることはないだろう。
そして、壁に等間隔に設置された灯り。
始まりの小部屋にあったのと同じ松明っぽものが、程よい間隔で壁に取り付けられているおかげで、地下迷宮の中はそこそこに明るい。
それっぽい雰囲気は醸しつつも、歩くのに支障がないレベルで明るいのだ。
これってさ。
あの噂と、この地下迷宮そのものが、魔女の仕掛けた罠ってことなんじゃないの?
ん? 何のための罠かって?
決まってる!
圭太君のような、ゲームみたいな冒険に憧れる純粋な少年を誘い込んで、自分のものにするための罠!
つまり、やっぱり魔女はショタコンってこと!
許すまじ、魔女! 絶対に、許さん!
とはいえ、だ。
相手は、魔法の力なのか財力なのかは分からないけれど、これだけの施設を造れる力の持ち主なのだ。
気を引き締めてかからねば!
気合を入れつつも、足取りを乱すことなく、そして、なるべく足音を立てないように気を付けながらT字へ向かって進んで行く。
あーいう角は、何が潜んでいるか分からないから、気を付けないとね。
現実だって、過度の向こうに変質者が潜んでいるとか、たまにあることだし。
地下迷宮の中には、さすがに変質者はいないと思うけど、魔物的なヤツが待ち伏せしている可能性はある。
T字路まで、あと二メートルというところで、歩く速度を落とした。
通路の真ん中を、息をひそめて歩きながら、耳を澄ませる。
視線は、右へ左へと交互に動かす。
上手く使えるかは分からないけれど、剣と盾は、念のためにちゃんと構えている。
まあ、両手に持って、ファイティングポーズみたいに前に突き出してるだけ、なんだけど。
これで合ってるのかは、正直、よく分からない。
だって、剣と盾の正しい構え方なんて知らないもん。
教科書には載っていないし、授業で習ったこともないし。
え? お父さんのゲーム?
あー、だめだめ。参考になりそうな記憶は見つからなかった。
見たことある……のかもしれないけれど、記憶には一ミリも残ってない。
まさか、テレビゲームの知識が人生において役立つ日が来るとは思ってなかったし。
普通、思わないよね?
ん。んん。よし、左右共に問題なし!
それでも、警戒は怠りなく。
どっちから何が来ても対応できるように、体は正面に向けたまま。
視線だけを左右に流して、T字の先へと身を乗り出す。
んー。敵影は、なしと。
右は、すぐ先に小部屋があって、真ん中に宝箱が見える。
左は、少し進んだ先で、またT字に分かれていた。
うーん。角を曲がる度にこんなことしてたら、気力が持たないな。
もう少し、気を抜いてもいいんだろうか。
そんな気もするな。
地下迷宮自体が、獲物を先へと進ませるための罠なら、こんな序盤から、危険な罠とか仕掛けてこなさそうだよね。
ぬるいアトラクション的な雰囲気もあるし。
罠って言っても、上からコンニャクが降って来るとか、その程度かもしれない。
うん、先は長いのかもしれないし、もう少し肩の力を抜いていこう。
で。どっちに進むか問題だけど。
まあ、ここは宝箱、だよね?
役に立つものが入っているかどうか、分かんないけど。
この剣と盾だけじゃ、心もとないし。
安全ヘルメットとか、出来れば欲しいんだけどな。
それと、ジャージの下とかも欲しいな。
スカートの下は生足だからさ。
出来れば、スカートの下にジャージを装着したいんだよね。
なるべく、素肌を晒したくない。
あ、あと、マスク。
……出来れば、本格的な防塵マスクとか、欲しいな。
なーんて、欲しいものリストを上げながら。
さっきよりも気を抜いて、ほてほてと小部屋へ向かう。
四畳半くらいの四角い小部屋の真ん中に、宝箱ぽーんと無造作に置いてある。
いかにも、アトラクション施設の備品です的な、プラスチックで出来ていそうな宝箱。
子供のおもちゃ箱みたいな宝箱。
そりゃ、緊張感も消え失せるってものだ。
それでも、一応。
視線だけは左右に揺らしながら、小部屋に足を踏み入れる。
宝箱があるからって、喜び勇んで駆け寄ったりはしない。
それは、警戒してっていうよりは。
たいして中身に期待してないから、走る気になれないってだけだったんだけど。
結果的には、正解だった。
部屋に入ったのが合図、みたいなタイミングで。
天井から、ベチャッと何かが降ってきたのだ。
ブヨンブヨンしている、青いゲル状の固形物が二つ。
宝箱の前で蠢いている。
わたし、これ、知ってる。
スライムって、ヤツだよね?
どうしよう、いきなり大ピンチだ。
宝箱なんて、諦めてもいい。
なんかもう、どうでもいい。
ちっとも、惜しくない。
本当にどうでもいいから、アレから逃げ出したい。
でも、逃げて追いかけられるのは、嫌だ。
それくらいなら、今ここでどうにかしたい。
どうにかしたいけど、どうにかしたくない。
こんな序盤で出てくる相手だ。
たぶん、役に立つとは思えないこのおもちゃの剣でも、きっと何とかなる魔物なんだろうとは思う。
思うけど。でも、いやだ。
とにかく、触りたくない。
あんな、ネトネトしてそうなの、例え剣ごしでも、絶対に触りたくない!
だって、ここ。
近くに水道とか、ないよね?
近くどころか、この地下迷宮の中に、存在しない可能性の方が高いよね?
ということはだよ?
この、いかにもナマクラっぽい剣で、あいつらをやっつけられたとしてもだよ?
絶っ対に、剣が汚れるよね!?
洗い流す場所もないのに!
あのネトネトしてそうなので汚れた剣を、ずっと持ち歩くなんて、そんなの!
絶対に、絶対に、絶対に、イヤダ!!!!
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