第3話 レッツ☆キャラメイク

 けたたましいベルの音と共に、足元の地面が消える感覚がした。

 そのまま、ストンと下に落ちていく。


「きゃっ!」


 短い悲鳴を上げた時には、地面に足がついていた。

 体感的には、一階の屋根から落ちたくらいの感じ。

 パカッと床が開いた……というよりは、足元にいきなり穴が開いたみたいな感じ。 

 すぐ真下の階に落ちたくらいの感覚。

 おかげで、ちょっと足がジンってするけど、怪我はない。


 で、えーと?


 在宅ワークをしている巨大モグラの小部屋……?

 それにしては、明るいけど。


 そこは、地面が剥き出しの、四畳半くらいの小部屋だった。

 壁に、松明っぽいものがいくつか設置されているので、それなりに明るい。

 換気は大丈夫なのか心配になったけど、今のところ、息苦しさは感じていない。

 まあ、きっと、魔法の力で何とかしてるんだろう。


 ぐるっと見た感じ、出口も入り口もない。

 で、わたしの正面には、なんかボロッちい、ゴミ捨て場から拾ってきたみたいな木の丸テーブルが置いてあった。

 そのテーブルの上に、なんか高性能っぽい、新しめのノートパソコンが、開いた状態で置かれている。

 …………は? どうこうこと?

 ここって、地下迷宮なんだよね?

 え? まさか、地下の小部屋で、パソコンでゲームしろってこと?

 地下迷宮って、そういうことなの?


 ………………………………?


 まさかすぎる事態に、自然と首が横に傾く。

 とりあえず、起動させてみるべき?

 スイッチを探そうとしたら、なんか勝手に起動した。

 な、なんなの?


 あ、そういえば、いつの間にかベルの音が止んでるな?

 つまり、わたしの侵入が魔女にばれてるってことで、オッケイ?

 つまり、つまり。

 ここに、魔女からの挑戦状が表示されたりしちゃうわけ?

 ふっ。負けるか。かかってこいや!

 圭太君は、わたしが絶対に取り戻す!


 決意を滾らせながら、ノートパソコンの画面を睨みつける。

 鮮やかな緑の背景に、しめ縄っぽいマークが浮かび上がった。


 ……………………なんで、しめ縄?


 この企画、もしかして姫ケ丘神社が協賛してるの?

 どういうこと?

 はっ。もしかして、魔女とか魔法とかはカモフラージュ!?

 この一連の事件には、国家レベルのハイテクが使用されている!?

 姫ケ丘神社は、神社とは名ばかりの、謎の国家機関?

 そして、攫われた圭太くんは、つまり。

 国家レベルで可愛い男子だってこと……?


 うっわ。

 背筋を、熱いような冷たいような何かが駆け抜けていった!

 ……………………が。


「キャラメイク ヲ シテクダサイ」


 ノートパソコンから聞こえてきた合成音が、わたしを正気へと戻してくれた。

 ……………………………。

 われながら、アホなことを考えた……。

 姫ケ丘神社が謎の国家機関とか、あるわけないよね。

 ふっ。でも、声には出してないから、セーフ!


 えー。で、何々?

 キャラメイク?


「ナマエ ヲ ニュウリョク シテクダサイ」


 あ、また、なんか言ってる。

 画面の背景が淡いピンク色に変わった。

 で、真ん中に、白い入力用の枠が現れる。

 名前……ねぇ。

 本名なんて、隠したところで意味なさそうだけど。

 でも、一応念のため、下の名前だけをカタカナで入れておくか。

 えーと。


『リンカ』


 と。


「セイベツ ヲ センタク シテクダサイ」


 性別……。

 あ、なんかトイレのマークみたいなのが二つ現れた。

 えー、女、と。


「ショクギョウ ヲ センタク シテクダサイ」


 職業は、中学生……いや、学生?

 んー、…………ないな、そんなの。

 画面に現れた職業は、八つ。

 

『勇者・魔法剣士・剣士・魔法使い・僧侶・格闘家・忍者・踊り子』


 なるほど。キャラメイク。

 まんま、ゲームじゃん。

 や、わたし自身はゲームとかやったことないんだけどさ。

 お父さんが、好きなんだよね。

 だから、熱く語ってるのを聞き流したり、居間のテレビで遊んでいるのを横目に眺めたりしたことくらいはあるんだよ。

 えーと、確か。


「発売前から、情報集めて散々悩んで、よしこれで行こう! って、決めたはずなのにさ。いざ、本当に始めるとなると、また悩みだしちゃうんだよねぇ」


 とか、楽しそうに言っていたな。

 うん。何の役にも立たないね。

 うーん。もっと、興味を持って話を聞いてあげてればよかったな。

 凛香も遊んでみないかって、誘われたりもしたけどね。

 お父さんが好きな、何十時間もかかるようなゲームをやってみようって気にはならなかったんだよね。

 たぶん、わたしはお父さんみたいに楽しめないなって、やる前から分かったし。

 なんか、時間がもったいない気がするんだよね。

 そんなに頑張って時間をつぎ込んで、手に入るのはゲームをクリアした達成感とか、それくらいだよね?


 まあ、別にお父さんを否定するつもりはない。

 楽しそうにゲームに熱中している姿は、微笑ましくもある。

 ちなみに、いい大人が子供みたいにゲームに熱中してるのって、お母さん的にはどうなのって聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。


「若い女に浮気されるより、いいじゃない♪ 知らない若い女に貢がれるのに比べたら、ゲーム代くらい、安いものだしね♪」


 なるほど。

 一理あるな、と思った。


 …………………………。

 じゃなくて。

 キャラメイクだよ、キャラメイク。


 えー…………てゆーか、踊り子って何なの? ふざけてるの?

 地下迷宮って、あれでしょ?

 なんか、魔物を倒しつつ、迷路を進むんだよね?

 途中に、宝箱とかがあるんだよね?

 で、最深部でラスボスが待っている、と。

 それをやっつけたら、クリアってことなんでしょ?

 それくらいは、わたしだって知ってるよ?


 んで、それを踏まえた上で言いたいんだけど。

 踊り子って、何さ?

 踊って、ラスボスをやっつけられるの?

 どういうこと?

 あ、もしかして。あまりの踊りの素晴らしさに、ラスボスが一ファンになり下がるってこと?

 こう、手下的な感じになったから、オッケィ! みたいな?

 よく分からん。

 説明書きを読んでみると、「後方支援型。上級者向け」的なことが書かれていた。

 わたしには、向いていないということだけは分かった。


 他の職業についても確認してみる。

 うーん。魔法使いと僧侶も、一人での探索には向いてなさそうだな。

 魔法剣士……あたりが無難なのかな。

 えー、何々?


「剣技と攻撃魔法が使える。ただし、威力や、使える技・魔法の種類は、剣士・魔法使いに劣る」


 とな。

 とりあえず、候補には挙げておこう。


 モンスターと戦うなんて、経験ないし。

 なるべく遠くから、魔法とかで戦いたいよね。

 でも、剣も使えれば、いきなり襲われたりしたときも対応出来そうだし。

 ただ、威力が劣るってことは、ラスボス戦での決め手に欠けるってことなのかなー?

 あと、回復魔法は使えないんだよね?

 うーん。回復は大事だって、お父さんも言ってたしな。

 宝箱とかで、回復用のアイテムとかって、手に入るのかな?


 あとあと。

 個人的には、ちょっと忍者が気になってるんだよね。

 小さい頃。あ、本当に小さい頃だから。

 うん、それで、小さい頃に憧れてたんだよ。

 将来は、女忍者か女スパイになりたいって。

 うん。本当に小さい頃の夢だから。誤解しないでね?

 えー、で、忍者は……と。


「隠密行動に長け、一撃必殺の技を持つ。ラスボス戦での決定打には欠ける。上級者向け」


 ……………………くっ。

 夢が叶うと思ったのに。

 何とかならないの?

 女忍者ってことは、くノ一ってことでしょ?

 くノ一といえば、色仕掛けだよね?

 ラスボスを色仕掛けで悩殺とか、出来ないの?


 …………………いや、そもそもわたしに肝心の「色気」がないな。

 お母さんは、胸に最強の武器を持っているけど、娘のわたしは、まだ発展途上。

 将来的には見込みがあるはずだけど、今はまだ、原石にすぎない。

 忍者を選択したことで、わたしの体形が変わってくれれば望みもあるけれど。

 衣装だけがそれっぽくなるくらいだったら、負け戦確定だ。

 ラスボスが特殊な性癖の持ち主であるという可能性も皆無ではないけど、見込みは薄い。

 ここは、止めておくべきだろう。


 となると、あとは勇者か。

 えーと、なになに?


「剣と盾を装備できる。攻撃魔法と回復魔法もある程度扱える。ラスボスに有効な、勇者にだけ使える特別な技を習得できる。初心者向け」


 初心者向け……。

 これかな。

 それに、シチュエーション的にも、相応しい気がする。

 わたしの目的は、魔女に囚われた国家レベルで可愛い圭太君を救い出すことなんだから。

 それって、勇者の役目だよね?

 まあ、ゲームとか物語だと、男勇者が魔法に攫われた姫を助けるって設定だけど。

 細かいことは、どうでもいい。

 そう、わたしは、悪い魔女から圭太君を救い出す女勇者!

 決定!!


 マウスでカーソルを合わせて、左クリック!


 ふぉっ!?

 ノートパソコンが消えた!

 で、代わりに。

 …………代わりに、おもちゃ売り場で売ってそうな、ちゃちい感じの剣と盾が現れたんですけど。

 なに、これ?

  剣の柄がピンクだったり、縦の真ん中に薔薇のマークがあるのって、女勇者仕様ってこと?

 なんか、もっと実用的なところに力を入れてくれない?

 大体、たいして可愛くないし。

 これを用意した人は、乙女心を分かってない。

 まあ、魔女ってくらいだし、乙女心なんて遠い過去の彼方に置き去りにしたおばあちゃんなんだろう。

 女子力は、わたしの方が勝っている!


 よし、士気が上がった。

 出陣だ!

 不服はあるけど、ここで立ち止まっていても始まらない。

 乙女心をかけて、先へ進むしかないのだ。


 剣と盾に、手を伸ばす。

 あ、軽い。

 さすが、おもちゃ仕様。

 まあ、でも、助かる。

 これは、これでよかったのかも。

 よく考えたら、本物の剣とか盾とか出てきても、重くて使いこなせなかったかも、だし。


「オンナユウシャ リンカ レベルイチ チカメイキュウヘノ イリグチ ガ カイジョサレマシタ」


 また、あの合成音が聞こえてきた。

 目の前の地面を掘っただけの壁に、亀裂が入り、左右にゴゴゴと開いていく。

 圭太くんなら、目を輝かせたんだろうな。

 そう思うと、こんな場面なのに、少し和んでしまう。

 ふふふ。さすが、圭太くんだよね。


 んー、でも、レベルとかあるんだね。

 リアルなのに、テレビゲームみたいとか。

 圭太くんみたいな純粋な男の子を罠に嵌めてやろうという、悪意を感じる。

 魔女、許すまじ。


 しかし、レベル上げとか、しないといけないのか。

 それがめんどくさそうで、お父さんにいくら誘われても、のらりくらりと断ってきたというのに。

 でもでも。めんどうだけど、これも圭太君のためだ。

 恋のためにそれが必要ならば、やらねばなるまい!


「ヒメガオカ ノ ヘイワ ヲ マモルタメ チカメイキュウ ノ サイシンブ ヘ オモムキ ケガレヲ マトイシ カゲノオウ ヲ タオシ ジョウカノミコ ヲ キュウシュツ セヨ」


 なるほど。そういう設定なのね。

 圭太君なら、これを聞いてテンション爆上げ状態になったんだろうな。

 だけど、わたしは惑わされない。

 姫ケ丘の平和も浄化の巫女も、どうでもいい。


 わたしの目的は、ただ一つ!

 圭太君の救出のみ!!


 さーあ、やったるでぇ!!!

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