第2話 姫ケ丘の魔女

 我が名は、リリィ・モルガ。

 ちなみにモルガが個人名で、リリィは我が所属する魔女の一門を呼び現す名じゃ。

 つまり、リリィの一門のモルガ、ということじゃ。

 古くから姫ケ丘の森に住む魔女であり、姫ケ丘の穢れを祓い、清浄化を保つ土地神の役目も担っている。

 と、同時に。


 姫ケ丘地下迷宮のダンジョンマスターでもあるのじゃ!


 ぬふ。ぬふふふふ。

 地下迷宮の完成には、十年もの歳月を費やした。

 まあ、途中数年くらいは、参考にと手を出したゲームが思いのほか楽しくて、ゲーム廃人となっていた時間じゃが。

 それも、必要経費ならぬ、必要年数というヤツじゃ。


 なぜ、十年もかけて地下迷宮なんぞを造ったのかというと、すべては乙女心のなせる業じゃった。

 森で遊ぶ男児たちを見守るのも、土地神としての大事な仕事じゃ。

 とりわけ目をかけていた、小学校5年生の愛らしく純朴な男子おった。

 ある日、我は聞いてしまったのじゃ。

 その男児の願いを。


「この森のどこかにさぁ、地下迷宮への入り口とかあればいいのにな。リアルダンジョンとか、攻略してみたいよなー」


 その願い、我が叶えてしんぜよう!


 …………というわけなのじゃ。

 分かりやすいであろう?

 物事は、単純な方がいいのじゃ。


 可愛いあの子の願いを叶えるため、一応穢れを祓う仕事も片手間でこなしつつ、地下迷宮造りに尽力した。

 本当は、仕事そっちのけで没頭したかったのじゃが、仕事をさぼっていることが一門の魔女にばれると、ちと面倒なことになるからのう。

 努力の甲斐あって、実に見事な地下迷宮が姫ケ丘に誕生した。


 魔物も罠も宝箱もある。

 おまけに公衆トイレまで設置済みじゃ。

 楽しく遊んでもらうためには、衛生面にも配慮せねばならんからの。

 ちなみに、ちゃんと近くの下水に流れるようにしてある。

 下水道使用料?

 もちろん、払っておらぬ!

 人間の仕組みのことなど知るか!

 この地の穢れを払ってやるのが、その対価じゃ!

 うむ、まあ、それはともかくじゃ。

 満足のいく出来栄えの地下迷宮であったが、一つだけ誤算があった。

 一つだけじゃが、大きすぎる上に取り返しのつかない誤算が。


 完成したら、十年が経っていたのじゃ。

 愛らしかった男児は、我の対象外生物へと退化しておった。

 我の守備範囲は、小学校五年生から中学生までの間じゃ!

 つまり、手遅れだったのじゃ!


 あん?

 ショタコンじゃと?

 失礼なことを言うでない!

 確かに我は、まあ、優に百年以上は生きておる。

 百を過ぎてからはかぞえるのを止めたから、どのくらい生きているのか我自身も把握しておらん。

 じゃが、何の問題もない。


 我の見た目は、十歳くらいの愛らしい女児の姿じゃからのう♡


 見た目だけは、永遠の女児。

 実年齢など、関係ないのじゃ。

 まあ、だからこそ、人の間には我とは違う時間が流れていることを失念してしまったのじゃが……。


 しばらくは、失意に嘆きつつも、変わらず森へ遊びに来る男児たちの姿に心を慰めていた。

 地下迷宮のメンテナンスをしながら、いつかのあの子と同じことを願う男児がいないかと、男児たちの会話に耳を澄ませておった。

 じゃが、肝心の願いを口にしたのは、残念ながら小学生の女児じゃった。

 がっかりしたが、せっかくなので、モニターとして参加してもらうことにした。

 本命との本番を抜かりないものにするためにも、予行演習は大切じゃからの。


 というわけで、じゃ。

 一通り遊んでもらった後で、意見なんかも聞いてみてから、現実に返してやったのじゃ。

 彼女が地下迷宮を攻略している間は、彼女の周囲の人間たちの意識に干渉して、騒ぎにならないようにしておいた。

 何をどうしたのかは、企業秘密じゃ。

 魔女には秘密がつきものじゃからの。

 攻略し終えた後の、本人の記憶もいじって、すべては夢じゃったということにしてある。

 念のために、最後の我からのアンケート部分は夢の中身からも省いてある。

 うむ。我ながら、そつがないの♡

 じゃが、結果として、それは大正解じゃった。

 女児は夢の話を友達に話して聞かせたらしい。

 そして、それは。

 いつの間にか噂となって、子供たちの間に広まっていった。


 我が噂のことを知ったのは、森で遊ぶ男児たちの会話からじゃった。


「なあ、知ってるか? この森のどこかに、地下迷宮への入り口が隠されてるんだってさ」

「えー? それって、ただそんな夢を見たってだけの話だろ?」

「でも、本当にあったら、面白いと思わねぇ?」

「リアル地下迷宮、冒険してみたいよな」

「探してみようぜ!」

「本気? まあ、付き合うけどさ」


 ドンガラピシャンと天から雷を落とされたようじゃった。

 それくらい、衝撃的じゃった。


 そうじゃ。

 獲物を仕留めたいなら、罠を仕掛ければいいのじゃ。


 気づいてしまえば、後は実行するだけよ。

 我は、森で遊ぶ子供たちに、蒔き餌として地下迷宮の噂改良版を植え付けることにしたのじゃ。

 我の真なる願いが叶うまで、決して途絶えることのない噂を。

 噂が途絶えぬ限り、地下迷宮探索へ興味を持つような男児も、途絶えることなく森を訪れてくれるはずじゃからじゃ。

 その噂の改良版は、こんなものじゃ。


『姫ケ丘の森には、魔女が住んでいる。

 姫ケ丘の地下には、魔女が造った強大な地下迷宮が広がっている。

 その入り口は、姫ケ丘の森に隠されている。

 資格を持つ者だけが、地下迷宮への入り口を見つけることが出来る。

 真の勇気を持つ者だけが、地下迷宮へと挑むことが出来る』



 地下迷宮へ挑む『資格』は、二つ。


 一つは、噂を心から信じていることじゃ。

 賢しい子供は、好きではないのじゃ。

 男児とは、純粋であるべきじゃからの♡

 少しアホなくらいな方が、望ましいの♡


 二つ目は、霊的な素質を持っていることじゃ。

 まあ、あれじゃ。霊感があるとか、そんなんじゃ。

 霊的な素質に拘ったのは、我の個人的な理由じゃ♡ 

 

 そして、噂にある『真の勇気」とは、じゃ。

 仲間に頼らず、たった一人で地下迷宮に挑む覚悟があるかどうかということじゃ。

 好みのタイプの男児を接待したいだけじゃったら、仲間同士でキャッキャしながらの冒険をプロデュースしてやるのもよい。

 じゃが、それでは我の望みが叶わないのじゃ!


 我の望み――――。

 それは、好みの男児を、我の使い魔という名の婿にすることじゃ!


 使い魔とするためには、相手にも霊的な素質が必要になるのじゃ。

 これが、『資格』の二つ目を定めた理由じゃ。

 それから、人間を使い魔とする場合は、相手の了承が必要となるのじゃ。

 その了承を得るために、我はいい作戦を考えたのじゃ。


 一人地下迷宮を進む彼が、ピンチに陥った時。

 謎の乙女が、声だけでヒントを教えてくれるのじゃ。

 そして、たまーに。

 ヒントだけでなく、薄っすらと幻影のような姿が、チラチラ現れる。

 いつも陰ながら冒険を見守り、そっと手助けをしてくれたあの子。

 あの子は一体、誰なんだ!?

 その謎が、じゃ。

 地下迷宮の最深部でラスボスと対峙した時、ついに開かされるのじゃ!

 そう!

 あの子とは、ラスボスに囚われていた乙女だったのじゃ。

 姫や乙女がラスボスに囚われるのは、鉄板じゃろう?

 その乙女が、ラスボスの目を盗んで、手助けをしてくれていたのじゃ!

 ほんでぇのう。

 ラスボスは、一度彼に倒させて、まず乙女の救出イベントを起こすのじゃ。

 今まで、俺を助けてくれたのは、君だったのか的な~♡

 で、その後、ラスボスを復活させて、今度は二人の力を合わせてラスボスに打ち勝つのじゃ!


 二人の絆が強まること、間違いなし!

 ぐふ。ぐふふ。

 我ながら非の付け所のない見事なシナリオじゃ。

 その後は、相手の性格に合わせて、臨機応変に契約に持ち込む流れじゃ。

 時間の経過を誤魔化して、じっくりと仲を深めてから契約を求めるもよし。

 盛り上がったその場の勢いで、契約を迫るもよし。


 やはり、相手に合わせて臨機応変にじゃが、口説き文句もちゃんと考えてあるぞ!

 

「私は、姫ケ丘の地を穢れから守る浄化の乙女。

 でも、その力を疎んだ穢れの王によって、浄化の儀式が行えないように地下迷宮の奥へ囚われてしまったの。

 あなたが、穢れの王を倒してくれたおかげで、姫ケ丘は救われました。

 でも、人がいる限り、穢れは完全に消えることはない。

 いつかまた、新たな穢れの王が現れて、浄化の儀式が行えないように、私を攫いに来るかもしれない。

 だから、お願い。

 私を守って。

 姫ケ丘を守って。

 あなたにしか、頼めないの」


 とか、ウルウルのお目目でお願いするのじゃ。

 勇者様、お願い。

 みたいなノリでな。

 地下迷宮へ挑む資格と勇気を持つ男児。

 冒険への憧れを胸に、一人で地下迷宮へ挑む勇気のある男児ともあれば。

 麗しの乙女だけでなく、生まれ育った姫ケ丘を守れるのはあなたしかいないなどと言われたら、これはもう、断れんじゃろう!


 な? な? そうであろう?


 晴れて契約さえ結んでしまえば、愛しのダーリンは、成長という名の退化に晒されることはなくなる。

 ほぼ永遠ともいえる時を、我と共に、愛らしい男児の姿のままで生きるのじゃ♡



 そして、ついにその時は来た。

 我の好みドンピシャストレートな可愛い男児が、我の造りし地下迷宮に現れたのだ。


 名を、ケータという。


 魔法使って入手した情報によると中学二年生らしいのじゃが、とてもそうは見えない。

 せいぜい、入学したてのピチピチの一年生。

 正直、小学生が中学生のコスプレをしているようにしか見えない。

 小柄、色黒、あどけなくもわんぱくな顔立ち。

 中学二年生なのに、本気で地下迷宮があると信じるおバカさ加減……コホン、純朴さ。

 すべてが、好ましい。

 男は、若くてアホで可愛いに限るからの。


 

 我の助力の元、ケータは無事地下迷宮を攻略したのじゃ。

 我の用意した、魔王的なアレも、苦戦の上、倒した。

 シナリオ通りに、事は進んでいる。

 冒険の間、ピンチを助けたことへの感謝と、最後の共闘により芽生えた絆。

 浄化の巫女の設定を、ちょっと盛って涙ながらに話して聞かせた。

 我は姫ケ丘を守るために選ばれた巫女で、今までずっと一人で浄化の儀式を行ってきた。

 姫ケ丘を守るためだけど、本当は一人で寂しかったのとか、健気さアピール全開にしてみたら、ケータは目を潤ませながら憤ってくれたのじゃ。

 うむ、うむ。可愛ええのう。

 そして、ここからが本番。

 プロポーズの山場というところで。


 盛大に邪魔が入ったのじゃ。


 ラスボスとの決戦の場であった、地下の巨大空洞。

 そこに、非常ベルの音が、けたたましく鳴り響いたのじゃ。


 地下迷宮への挑戦者が現れたことを知らせる、ベルの音じゃった。

 チャンスを逃してはならぬので、何処に居ても聞こえるように、地下迷宮全域に最大音量で鳴り響くように設定されておる。

 妄想に耽っていても、居眠りをしていても、確実に叩き起こすことが可能なレベルの音量じゃ。

 挑戦者が、こうも連続で現れることは今までなかったので、油断しておった。

 まさか、一番のいいところで邪魔をされることになるとはのう。

 ケータを招き入れた時に、入り口の仕掛けを解除しておくべきじゃった。


 だが、まあ、起こったことは仕方があるまい。

 さて、どうするか。


 この場を適当に誤魔化して、新たな挑戦者は放置しておいても、まあいい。

 なんなら、魔物が現れないようにしておけば、そう簡単に死んだりもせんじゃろ。

 じゃが、つい欲が出てしまったのじゃ。

 もしかしたら、次の挑戦者も、我の好みのタイプの子かもしれぬ。

 そうしたら、上手くすれば、両手に花状態の素晴らしい未来を手に入れることが出来るかもしれない……!

 ハーレムは男どもだけの専売特許ではないのじゃ。

 そう思ったら、居ても立っても居られなかった。

 サッと手を振って、魔法のモニターを空中へ出現させる。

 そこに現れたのは…………チッ。

 残念なことに、女児じゃった。

 女児には、用はないのじゃ。

 記憶を奪ってから外に放り出してしまおうかと考え、実行する直前でケータの声が聞こえてきた。


「あれ? あれって、同じクラスの大空凛香だよな? あいつも、地下迷宮へ挑戦しに来たのか? 意外だな。こういうの、興味ないタイプかと思ったのに」


 しまったーーーーー!!!

 ここには、マイダーリン♡ケータもいたんじゃたー!

 おまけに、まだ契約前ーー!

 しかも、なんか、知り合いっぽい上に、何やら興味を抱いているー!?

 いわゆる、女子への興味じゃなくて、自分がクリアしたゲームを知り合いが遊ぶのに興味を持っただけっぽくはあるがー!!


 ど、どどど、どうする!?

 ケータの記憶をいじるという手もあるが、その影響で、直前の記憶もぼんやりしてしまうので、出来ればやりたくない!

 どうする?

 どうするのが、最善じゃ?


 くおおおおおおお!!

 なんということなのじゃ!

 幸せな生活まであと一歩というところでーーー!!!


 いきなり、大ピンチじゃ!!!

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