魔女と乙女と地下迷宮

蜜りんご

大一層 まずは、ほんの小手調べ 

第1話 魔女が造った地下迷宮

 姫ケ丘には、噂があった。


『姫ケ丘の森には、魔女が住んでいる。

 姫ケ丘の地下には、魔女が造った強大な地下迷宮が広がっている。

 その入り口は、姫ケ丘の森に隠されている。

 資格を持つ者だけが、地下迷宮への入り口を見つけることが出来る。

 真の勇気を持つ者だけが、地下迷宮へと挑むことが出来る』


 ――――というのが、その噂の内容だ。

 もちろん、信じてなんかいない。

 信じてなんか、いなかった。

 だって、わたしはもう、中学二年生なのだ。そんな噂を鵜吞みにするような年齢じゃない。

 きっと、小学生男子の『こうだったらいいな』が独り歩きして、いつの間にか噂になっていたとか、真相はそんなところだろうと思っていた。


 思っていたのに。


 わたしは今、噂の森の只中にいる。

 魔女の地下迷宮へと挑むためだ。

 眉唾扱いしていた魔女の噂を、わたしは今、かなり本気で信じている。

 わたしたちが暮らす姫ケ丘に、魔女は本当にいたのだ。

 地下迷宮は、存在したのだ。

 それを、本気で信じて、魔女が造った地下迷宮への入り口を探している。

 だって、そうじゃないとおかしいからだ。

 そうでなければ、こんなことあり得ないからだ。


 わたしには、片思いしている男子がいる。

 同じクラスの、和泉圭太くんだ。

 やんちゃで可愛い顔立ち。

 小柄で、成績は下から数えた方が早い。

 元気だけが取り柄の、小学生男子がお兄ちゃんの制服を着てみました感のある男の子だ。

 クラスの女子からは、マスコット枠とみなされている。

 けれど、そんなところが好きなのだ。



 昨日の放課後。


「今日こそ、入り口を見つけてやるんだ!」


 そう言って、圭太君は意気揚々と一人で教室を出ていった。

 てっきり、ゲームの話だと思って、微笑ましくその後姿を見送った。


 そして、今日。

 圭太君は登校してこなかった。

 元気が取り柄な圭太君が休むなんてめったにないことだから心配になって、「どうしたのかな?」って隣の席の、圭太君と仲がいい男子に話しかけてみた。

 「それ誰?」って不思議そうな顔をされた。

 その子だけじゃなくて、クラスの他のみんなも、担任の先生まで、同じ反応だった。

 ネタとか揶揄ってるとかじゃない。

 本当に本気で不思議そうな顔をされたのだ。

 食い下がったら、こっちが心配される始末。


 あ、これ。ガチなやつだ。と思った。


 授業そっちのけで、何が起こったのかを考えた。

 こんなの、普通じゃあり得ない。

 そのあり得ないことが起こった理由を考えて、魔女の噂に辿り着いた。


 もしも、あの噂が本当なら。

 噂の魔女に、姫ケ丘の地下に巨大地下迷宮を造るような力があるなら。

 みんなの記憶から、圭太君のことだけを消すことだって、出来るんじゃないの?

 それに、圭太君の昨日のセリフ。

 「入り口を探す」って、てっきりテレビゲームかなんかのことだと思っていたけれど、アレが噂の地下迷宮への入り口を探すって意味だとしたら……。

 そう、つまり。

 圭太君は、見事目的の地下迷宮への入り口を見つけたのだ。

 見つけて、地下迷宮に挑戦して、そして、それから。

 きっと、魔女に捕まってしまったんだ。


 圭太君が、可愛いから!


 きっときっと、魔女はショタコンなんだ。

 それで、見た目も中身も小学生男子な圭太君のことを気に入って、圭太君を攫って逃げないように閉じ込めたんだ。

 その上、みんなの記憶からも圭太君の存在を奪ったんだ。

 圭太君という存在を、わたしたちの日常から丸ごとそっくり奪っていったんだ。

 わたしが。わたしだけが圭太君のことを覚えていたのは、きっとわたしが強く圭太君のことを想っていたせいだと思う。

 つまり、わたしの想いが、魔女の呪いに打ち勝ったってこと。

 そうに、違いない。

 そうに、違いなかった。


 許せない、と思った。

 絶対に、許せない。

 わたしの日常から、圭太君という存在を奪ったことも。

 圭太君を独り占めしていることも。

 断じて、許せなかった。


 本音を言えば、早退して、すぐにでも姫ケ丘の森へ駆けつけたかった。

 それをしなかったのは、優等生ぶっているから、とかいう理由ではない。

 圭太君が森を目指したのは、昨日の放課後。

 だから、わたしも同じように、放課後に森へ行くことにしたのだ。

 魔女というからには、何かこう、呪い的な手順があるのかもしれない。

 だから、なるべく、圭太君の時と同じ状況にしたかった。

 関係ないかもしれないけれど、少しでも条件を近づけたかったのだ。

 森へ行くことが目的なわけじゃない。

 地下迷宮への入り口を見つけて、魔女から圭太君を救い出すことが目的なのだから。

 …………ま、まあ。

 うっかり見つかって補導でもされたら、探索どころじゃなくなるなっていう打算も、少しはあるけどね。


 そんなわけで。

 チャイムが鳴ると同時に、わたしは教室を飛び出した。

 圭太君がそうしたように(たぶんだけど、間違ってないはずだ)。

 制服のまま、姫ケ丘の森へ直行。

 一応、周りに誰もいないことを確認してから、森へと入り込む。

 圭太君のことを想いながら、直感の赴くままに森を彷徨い歩く。

 だって、ヒントも何もないのだ。


 こういう時は、乙女の勘に頼るに限る。

 そして、天はわたしの恋に味方した。


 森の、おそらく真ん中辺りだと思う。

 怪しい木のウロを見つけたのだ。

 木自体は、その辺に生えているのと同じ種類だった。

 周辺の他の木よりも、少しだけ太目かもしれない。

 直径三十とか四十とかそのくらいの、いたって普通の木。

 種類はよく分からない。

 たぶん、杉ではないと思う。松でもないと思う。桜でもないと思う。

 まあ、木の種類なんてどうでもいい。

 わたしはこの森に植生の調査に来たわけじゃない。

 地下迷宮への入り口を探しに来たのだ。


 問題のウロは、ちょうどわたしのおへそぐらいの高さにあった。

 大きさは、わたしの顔よりもちょっと大きめなくらい。

 で、何が問題なのかというと、ウロの入り口、その真上に、小さなしめ縄が飾られていたのだ。

 割合にシンプルとはいえ、しめ縄飾りがされているのはこの木だけで、それなりに目立っていた。

 そして、そのウロの中。

 ウロの底には、非常ボタンみたいな赤いボタンが設置されているのだ。

 森の所有者は、森のすぐ傍にある神社のはずだった。

 だから、まあ。しめ縄で飾られた木のウロとか、あってもおかしくはないのかもしれない。

 なんでそんなことをしているのかは、あまり突っ込んで考えたくないけど。

 だけど、その中に祀られている的なものが、非常ボタンなのは明らかにおかしいと思える。


 それから、もう一つ。

 こんな明らかにおかしなものがあるのに、そんな話は聞いたことがない。

 噂のせいもあって、勝手に森へ張り込む小学生は結構いる。

 それに、夏休みともなれば、銃研究の昆虫採集の場として開放しているのだと聞いたことがある。

 好奇心旺盛な小学生を森に放ったら、一人くらいは絶対にこれを見つけるだろう。

 見つけたら、おもしろがって言いふらすだろう。

 なのに、そんな噂は欠片も聞いたことがない。

 ということは、つまり。


 当たりを見つけちゃったかも。


 うん、いや。まだ、かもだけど。

 だって、魔女の造った地下迷宮への入り口として、この仕掛けはどうなのって感じだし。

 イメージとは違うというか、正直センスが感じられない。

 まあ、でも。たぶん、当たりなんだろうな。

 それなりに目立っているコレが全く噂になってないってことは、何か呪い的な力が働いている可能性が高い。

 見つけても、森を出たら忘れちゃうとか。

 みんなから圭太君の記憶を奪うくらいなんだから、これくらい朝飯前のはずだ。

 もしくは、噂で言うところの、『資格』ってヤツが関係しているのかもしれない。

 この場所に辿り着いても、『資格』がないものには、他のと同じ普通の木にしか見えないってことなのかも。

 うん。こっちのが、ありそう。


 さて。

 ふっと息をついて、赤いボタンを睨みつける。

 非常ボタンみたいな、赤いボタン。

 押したら、ロクでもないことが起こりそうな気がする。

 でも。

 噂はこうも言っている。

 真の勇気を持つ者だけが、地下迷宮に挑めるって、ね。

 これ、絶対に圭太君は押したよね。

 喜び勇んで押したはずだよね。


 アホだなー。

 でも、そこが可愛い。


 その姿を想像して、つい頬を緩ませてしまう。


 ん。よし、行こう。

 ここであきらめたら、わたしもみんなみたいに。

 その内圭太君のことを、忘れちゃうかもしれない。


 そんなの、いやだ。


 気持ちが冷めて、自然に忘れるならともかく。

 誰かに、無理やり忘れさせられるなんて、いやだ。

 そうだ、思い出せ。

 怖気づいている場合じゃない。

 敵はショタコン魔女。

 これは、恋をかけた、女と女の闘いなんだ。


 負けない!


 決意と共に。

 突き指しそうなほどに力を込めて。

 わたしは右手の人差し指を、赤いボタンに突き立てた。

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