2120年/7月5日/放課後 電子レンジ
アイツら本当に来るつもりか?まだメニューもちゃんと考えてないし、料金もまだまだ詰めが甘い。
あの様子だとすぐ来るだろうし、料金だけでも算出しておくか。
調理にかかる時間、使う材料の金額、火や電気などを使う手間、それらを考慮して高過ぎず安過ぎず、効率よく純利益を出せる料金……。よし、こんなもんか。
冬夜はものの数秒で昼に作った簡易的なメニュー表に料金を再設定する。
こうしてみると、ランチはちょっと高かったな。
まあ良いか、あの人文句言わなかったし。
冬夜がカウンター席に座りながら仕入れなどのリストを見ていると、彰人達が店にやって来る。
「オッス」
「1人多くないか」
冬夜は一度も彰人達の方を見ずに言う。
「何かの達人かよ」
「足音が2人にしては多かったからそう思っただけだ」
「なら人数まで当てるなよ」
冬夜は予定に無かった立花の方を見る。
「立花六花、燈のクラスの図書委員だったか」
「よく知ってんな。クラスと名前しか知らなかったわ」
「最初の1回目だけあの山ほどあるラブレターに名前があった。最初の1回目だけってのがちょっと気になって暇な時に調べただけだ」
「つまり……六花も敵」
「えっ!?ち、違うよ!?」
しつこくないってだけでポイント高く感じるのは、周りがしつこ過ぎるからなんだろうな。
「まさか名前を覚えられてるとは思わなかったけど、もしかして脈あ……」
「不整脈だ」
「ど、どっち……」
「言葉通りなら脈無しではないが、好感度に不規則な波がある、つまるところ普通って事だな」
「ふ、普通……」
「その時点で好感度高めでしょ」
「学校ではそうかもな」
冬夜はそう言ってメニュー表をカウンター席に置く。
「何か頼むならそこから注文しろ。夕食をここで済ませるなら構わないが、夕食も普通に食べるなら考えて頼めよ」
「俺はここでここで済ませちまおうかな」
「私も!」
「迷う……冬夜くんの料理には非常に興味があるけど、お小遣い今月ピンチなんだよなぁ……」
「無理に注文する必要はない。お小遣いは自分が使いたいものに使うものだ。何か欲しいものがあるならそれに使えば良い」
「ぐぬぬ!また迷う事を……」
「ちなみに学割とかあるか?」
「学割はある。友達割引とか家族割は無いがな」
「よし!注文する!!」
立花がそう決めると同時に彰人と冬夜が目を合わせて鼻で笑う。
「なんかハメられた気分」
「そもそも、メニュー表にコーヒーとか普通にあるからな?わざわざ食事を頼む必要はない」
「いいや、食事の方を注文するよ。女は度胸!」
「ならこれを選ぶと良い」
冬夜はメニュー表の1番最後に入れた店主の思いつき料理と言うものを見せる。
「お、思いつき……」
「何が出来るかは俺にも分からん。厨房でこれ良さそうって言う感覚で作るからな」
「怖すぎる」
「私アレ食べたい!みぞれ鍋」
「喫茶店って言ってんだろうが」
「あるぞ」
「あんの!?」
何か1人用の鍋とかもあったからな。
「喫茶店ってなんだよ」
「お前の爺さんに言え。1人用の土鍋とかも置いてあるんだよ」
「爺ちゃんの頭の中がヤベェ」
「ちなみに酒類もあるから放課後は喫茶店というよりバーだな」
「何でもあるなホント」
大昔のアニメ作品みたいな事をやりたかったらしいな。
生憎ウサギはいないが。昔は居たのだろうか?
「さて、何にする。燈はみぞれ鍋で良いのか?」
「良い」
「彰人はどうする?ジビエとかもあるぞ」
「なんであえてそう言う方に持っていこうとする。そうだな……シェフの軟骨?」
「少々覚悟の時間を要するが良いのか?」
「冗談に決まってるだろ。シンプルにステーキとか肉が良いな」
「肉だな。六花は牛丼か?」
「肉つながりでそのまま行こうとしてないか?」
「いや、好物が確か牛丼だったなと思い出したんだ」
「名前呼びに好物まで……」
「脈ありだと勘違いして撃沈して行った奴は数知れず。冬夜は誰に対しても名前呼びだぞ。好物に関しては知らん」
冬夜は同じ学年の生徒全員のあらゆる情報を調べ上げていた。
使い道は無いが、アレルギーとか色々とリスクだらけな飲食店だからな。消せるリスクは消すさ。
そのついでに好物とかも調べただけだ。
「で?」
「牛丼で」
「分かった」
冬夜は厨房の方に歩いて行く。
「アイツ、1人で3人分とかどうするつもりなんだろうな?」
「すごく速く動けるとか?」
「兄さん、すごく料理の手際良いけど、3人別々だと流石に分散でもしないと無理だと思う」
その時、飲食店で聞こえてはいけない音が聞こえて来る。
チンっ!!
「おい!!めちゃくちゃ旧式の電子レンジの音が聞こえたぞ!?アイツ最初っから作る気ねぇじゃん!」
「兄さんが電子レンジ……」
「おっ、流石に幻滅した?」
「それはない。多分いつものおふざけなんだろうなあと思っただけ」
「それはそれで問題だろ」
しばらくして冬夜が戻って来て1人用の土鍋に入ったみぞれ鍋を燈の前に置く。
彰人と六花の前にもステーキと牛丼を置く。
料理はどれも手の凝ったモノで、電子レンジを使ったようには見えなかった。
「どれに電子レンジ使ったんだよ」
「使ってねぇよ」
「じゃあさっきの音は何だったんだよ。ていうか作るの早いな」
「3つ同時に作るなんて誰でも出来る。やってみれば分かる。簡単だぞ」
「簡単なわけあるか」
調理中も焼く時間や煮込む時間、割と空き時間が存在する。
その空き時間で他の料理を作ってるだけなんだが……そんなにおかしいか?
多少時間の調整をしてロス時間を無くしているが、1人で3種類作る事はそう難しくないだろ。
ましてやステーキと牛丼なんて作業工程がえらく簡単だし、みぞれ鍋に至っては個人的には料理って感じがしないくらい簡単だ。
このくらいの手間しかかからない料理ならもう2つは増やせる。
普段から料理とかしないんだな。
「あっ、そういえば冬夜くんはどうするの?」
「店主だぞ。ここで食べるわけにもいかないだろ」
「バイトでも雇って裏で食うしかないな」
「学校も近いしそれもありか」
3人が夕食を食べていると、店に女性のお客さん2人がやって来る。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
冬夜が微笑を浮かべて言う。
「あ、はい」
その返し流行ってるのか?
まあ良いか。
冬夜は大学生だと思われる2人が座ったテーブル席にメニュー表を置く。
「ご注文決まりましたら……何でも良いので合図して下さい」
冬夜はそう言ってカウンターの中に戻って行く。
冬夜が戻って来ると、3人は既に食べ終わっていた。それを見て冬夜は六花と彰人にダンデライオンを出し、燈の前には黄色い動物の顔にポンデリングがついた甘いパンを出す。
「妹に甘くないか」
「コーヒー飲めないからな」
「だからってなぁ?」
「お前らのあまり変わらないぞ?ダンデライオンとポンデライオンだからな」
「コイツ、ポンデライオンって言うのか……」
「大昔のドーナツ屋のマスコットだ」
「なんでそれを知ってるんだ」
「俺だからな」
「妙な説得力があるな」
冬夜は仕方ないという顔をして3人に一個ずつポンデライオンパンを出す。
「どんだけあるんだよ」
「要らないのか?」
「いるいる」
冬夜たちと話していると、先ほどの女性客のテーブルで手が上がる。
冬夜はその席に行き注文を聞く。
「何にしますか」
「ミートソースパスタ2つお願いします」
「かしこまりました」
冬夜は注文を聞いて厨房に入っていく。
時間帯の問題で喫茶店と言うよりは定食屋だな。
まあ良いか。
冬夜は調理を始め、時間を調整してミートソースが完成するのと同時に麺が茹で上がるようにする。
ついでに自分用のホットミルクを旧式の電子レンジで作り、それを一口で飲んでから料理を運んでいく。
当然、またしても飲食店で聞こえてはならない音が聞こえて来る事になったが。
「お待たせしました」
料理自体に電子レンジは使ってない為、ミートソースにミートボールが入っていたり、他の具材が入っている為、電子レンジを使ったようには見えない料理が出て来て女性客は少し驚く。
「電子レンジは何のために……」
「でもすっごい美味しそうだね」
「ごゆっくり」
冬夜が再びカウンターに戻ると燈が苦そうにコーヒーをちびちび飲んでいた。
「何やってんだ?」
「セーフ……シスコンなら死んでたな」
「彰人もコーヒーダメだったのか?」
「いや?普通に飲めるけど?燈ちゃんがコーヒー飲んでみたいって言い出したからあげたんだよ。大人っぽいとかどうとか」
「大人っぽいとか子供っぽいとか気にしてる時点で子供だろ」
「同感。まあ、良いんじゃないか?これでまだ12歳だしな」
大人でも砂糖を入れる奴は入れる。あえてブラックにこだわる辺りが子供だよな。
父さんも砂糖入れる派だし。
美帆さんに至ってはコーヒー飲めないしな。
「苦い」
「ダンデライオンはハーブコーヒーって言って普通のコーヒーより飲みやすい部類だぞ」
「じゃあコーヒー無理」
「まあそのうち飲めるようになるだろ」
「うるさい、タンポポ食わせるぞ」
「えぇ、何でいきなり??」
コイツらいつになってもこんなアホみたいな事してるな。
個人的には、高校生にもなったし、色々と真面目にやり始めようかなって思ってたんだが……。なんか気が抜けるな。
「会計お願いします」
「はい」
先程の女性客達が食事を済ませ、会計に来る。
冬夜は会計の為にレジのところに行き、会計をする。
「連絡先聞いても良いですか」
「ごめんな。ここはそう言う店じゃないんだ。でも、開店時間にはいるから、よかったらまた来てくれ。その時は是非話を聞かせてくれ」
「はい!」
女性客達が店から出て行き、カウンターの方に戻ってくる。
「なんだあのキザな応対は」
「もうなんか敬語使うの面倒になったんだ」
「そこ諦めるなよ。あと敬語関係ねぇよ」
「?普段通りだろ?」
「いやどこが」
確かにあんなキザったらしい言動は普段はしないが、真意はいつも通りだっての。
「あの人たち、飲食店のレビュアーだぞ?店に対しての考え方と、あの人達の意志に出来るだけ応えられる答え方をして好感度を高めに保てばレビューにも多少なり影響が出るだろう。営業戦略だ」
「あぁ、腹黒いなぁ……」
レビュアーって結構重要なんだぞ?特に飲食店だと尚更だ。
「何でレビュアーって分かったの?」
「兄さんなんだから当たり前でしょ」
「燈は俺を何だと思ってるんだ。お前達と話してる最中、あの人達食事が終わってから少しの間、携帯端末で何かを打ち込んでたんだ。意見交換しながらな。わざわざ意見交換しながら端末操作してるなら、レビュアーである可能性はそこそこ高いから、レビュアーだと判断したまでだ」
まあ、レビュアーじゃないにしても、口コミとかあるしな。
「そろそろ日も落ちてるし帰れ」
「それが客に対する態度か!」
「お前俺のゲームアカ……」
「大変申し訳ありませんでした」
「ねえなに?ゲームアカ?彰人くんなんかしたの?」
「ほら帰るぞお前達!店に迷惑だろうが!」
都合の良い奴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます