2109年/5月10日〜2112年/6月3日 成長?
病院に運び込まれ、冬夜は過労だと診断され、しばらくの間安静にするように言い渡された。
幸い、冬夜が異常にタフだった事もあり、すぐに全快し家に戻る事になった。
「これからは、美帆さんに……」
「あの人家事出来るの?」
「さあ?」
「元々何してる人なの?」
「彼女はウチの病院のナースをしている人だよ」
「なら大丈夫だね」
そんな安堵感は家に帰ってすぐに霧散する。
「なにこれ」
「りょ、料理」
「ゔゔゔ!ないない!!」
「燈がこんな怒ってるの初めて見た」
僕は料理の事を言ってた訳じゃないんだけどなぁ。
冬夜は洗い物が貯まり、ごちゃごちゃになっている台所を見ていた。
燈はご立腹だけど、味自体は普通だよ。特段不味いわけじゃない。
でも、雑。
料理は愛情とは言うけれど、その実、最も身近な化学だよ、
加熱時間とか冷却時間、調味料の分量や入れるタイミングで完成度が変わるんだよ。
「燈ちゃん、そんなに怒らないで……」
「や!ないない!」
冬夜が少し味見してみる。
「味が濃いかな。あと、少し硬い」
「離乳食って難しい……」
「元々幼児は薄味にしないといけない上に、燈は薄味好きだから味が濃いと、凄い嫌がる見たい」
冬夜がその離乳食の味を調整して燈に食べさせ、台所を片付ける。
それからは冬夜による美帆への家事指導が始まったのだった。
それから3年、冬夜による家事指導で美帆は家事を完璧に出来るようになった。
そして、冬夜は8歳になり小学校に通うようになっていた。
冬夜は家事を美帆が出来るようになり、冬夜が家事をすることはほとんどなくなり、若干燃え尽き症候群のようになっていた。
とは言え、基本スペックが極めて高くなっている冬夜は小学校の勉強では微塵も躓かず、楽して優秀な成績を収めていた。
しかし、周りとの精神年齢の差が激しく、周りに自分から干渉せず、学校にいる間はずっと調べ物をしたり、本を読んで過ごしていた。
ずっと家で家事をしていたし、そこまで余裕なんて無かったけど、こうして余裕が出ると、ここまでやる事がないものなんだな。
冬夜はメガネ型の端末で現代科学の資料を読み漁りながらそんな事を考えていた。
現代科学の資料を読んでいる事に理由はない。
この端末、普通に使ってたけど、こうして原理を調べるとちょっと面白いな。
メガネのフレームに小型の基盤やらを埋め込んでレンズの内側に検索画面を投影、更にレンズを固定するフレームの内側に視線を感知するセンサーを取り付けて視線でマウスカーソルを動かし、瞬きを連続で行う事でクリック。
内側からは検索画面が見えるけど、外側からはレンズ全体が光を反射して見えないようになる。ここには光学とかの分野も使われているんだね。
小学校の勉強より全然面白いじゃん。
普段使ってるけど原理を知らなかった機械もたくさんあるし、こうして暇な時間に調べるのもいいね。
冬夜が調べ物をしていると、クラスメイトの男子が話しかけて来る。
「冬夜!バスケしようぜ!」
「バスケ?昨日やったじゃん」
「今日もやろう!」
「……分かった」
冬夜は諦めるように言ってメガネ型端末を外して学校の体育館にそのクラスメイトと向かう。
クラスメイトの名は
「今日は負けないぞ!」
「まあ、がんばれ」
「冬夜にイヌネコ刻み込んでやるぜ!」
「トラウマな。なんだイヌネコって」
「とにかくぶっ倒してやる!」
彰人は冬夜にボールを渡し、1on1で勝負を始める。
彰人がディフェンス、冬夜がオフェンスで始まった1on1は一瞬で終わる。
冬夜がボールを渡された瞬間シュートを撃ってそのままゴールに吸い込まれるように入ったのだ。
「俺の勝ち」
「攻めろよ!」
「何で届くのに前に出る必要があるんだよ」
「確かに。次は俺がオフェンスな」
「分かったよ」
ディフェンスである冬夜から彰人にボールを渡し、1on1をスタートし、彰人は冬夜の真似をしてすぐにシュートを撃とうとする。
しかし、冬夜が彰人の手からボールが離れた瞬間にはたき落とし、シュートをブロックする。
「惜しかった」
「どこをどう見たら惜しいんだよ」
「シュートフォームには入ってたんだけどなぁ」
「それが惜しいなら何しても惜しいわ」
彰人は精神年齢考慮してもただ単に馬鹿なだけな気がするな。
「クッソ〜、やっぱり強いなぁ、冬夜は」
「そもそもお前サッカー部だろ。何でバスケで挑んで来るんだよ」
「ズルだろそんなの」
「何がズルなんだよ。勝てれば良いだろ」
「いいや、俺は対等に戦って勝ちたい」
「勉強」
「それはちょっと違う気がする」
「別にお前勉強出来ないわけじゃないんだから頑張れよ」
「勉強はちょっとやる気がね?」
「そうかい」
冬夜はボールを片付けて帰ろうとする。
「もう戻るのか?」
「あと3秒で予鈴鳴るぞ」
冬夜がそう言ってすぐに予鈴が鳴り、体育館にいた生徒たちご一斉に教室に戻り始める。
「いつも思うけど何で当たるんだ?」
「当たるも何も、数えてただけだ」
「時間を!?」
「同時に複数のことを考える技術はいろいろな事に応用できるから出来るようになっておいた方がスポーツも強くなれるぞ」
「やっぱりすげぇなぁ、冬夜は」
掃除しながら燈の事気にして、料理しながら燈の事気にして、洗濯物畳みながら燈の事気にして、家事と育児を両立する事の大変さを実感して来たからな。
環境で身についた俺の数少ない特技だよ。
冬夜が学校に行っている頃、燈は美帆がお迎えに行けるようになったことで保育園に行っていた。
冬夜は周りとあまり関わらない様にしていたのだが、燈は家での冬夜を真似して周りに優しく、頼れる様な存在として保育園の中で良い意味で目立っていた。
お兄ちゃんは凄いから同じくらいの歳の子じゃ全く釣り合わないから遠ざけると思うけど、私がそれをするとお兄ちゃんに心配をかけちゃう。
だから、心配をかけない様に、何より褒められる様に頑張ろう!
そんな事を考えながら日々を過ごしているものの、ほぼ1日中冬夜に会えない為、ふとした時に冬夜ロスを引き起こす。
その時は部屋の隅っこで丸まっている。
そしてそれを保育園側が認知していた。
保育園の職員室では度々その事が話されていた。
「ああなると何も反応しなくなるのよね」
「泣いてるわけでも、寝てるわけでもなく、何というか……抜け殻?みたいな感じですかね」
「そんな感じね。ご機嫌な時は凄く良い子なんだけど、割と頻繁にサナギになっちゃうのよ。なんか可哀想になってくるのよ。どうにかならないかしら?」
燈は良い子でありながら問題児でもあると言うよく分からない属性を獲得していた。
そんな燈のお迎えをする美帆も保育園の先生にそれは聞かされている。
「燈ちゃん、冬夜くんがいないと寂しい?」
「早くお兄ちゃんと学校に行きたい」
「そんなに?」
「お兄ちゃん以外何も要らない」
「相当だね。でも、4つ離れてたら一緒に学校に行けるのって人生で2年だけだね」
「……」
燈は絶望したような表情をして美帆の方を見る。
「大学まで行けば……1年増えるよ」
「燈学校行かない」
「それはそれで冬夜くんに心配されるよ」
「ゔゔゔぅ……美帆キライ」
「なんと理不尽。冬夜くんと一緒にいられる時間を増やす方法があったのになぁ〜」
「お兄ちゃんと一緒〜♪」
「話聞いてよ……」
美帆が4歳の燈に話したのは飛び級制度。
現代では優秀な人間は上に登らせ、個人に見合ったレベルでの教育を施す事で国の発展を促すと言う方針が取られており、その飛び級制度を使えば燈は冬夜と同じクラスになる事も可能なのである。
飛び級制度は医者など教育にも取り入れられ、学業と違い、技術職は飛び級の難易度も数十倍は違うと言えるほどだが、そんな難易度にも合格する人間はいる。
そして、優秀な人間ばかりが雇用されるため、優秀な人間同士での結婚などが増え、現代はほとんど優秀な人間しか残っていない。
冬夜はその中でも特筆していて、17歳で医師免許を取得した日と11歳で司法試験に合格した母の間に生まれ、尚且つ環境により才能がより磨かれ、燈を育て、美帆に教え、徹也を支える為にあらゆる分野を学んだ。
それにより冬夜は理論上既に司法試験すら合格できるレベルまで成長している。
しかし冬夜は現在燃え尽き症候群によりやる気をロストしており、大人しく小学生をしている。
「まあ、こんなこと言っても分からないか」
「いっぱいお勉強したらお兄ちゃんと一緒に学校に行ける」
「そう簡単な話じゃないんだけど、燈ちゃんねら行けそうなんだよね……」
美帆は飛び級制度を毎年受けて毎年落ちている。
それが普通である。
美帆が燈を家に連れて帰ると、冬夜がテーブルで何かのプリントを書いていた。
「宿題?」
「お兄ちゃん♪」
「おかえり。先に手を洗っておいで」
冬夜がそう言うと燈は一目散に洗面台の方に駆けて行き、手洗いうがいをして冬夜の所に戻ってくる。
「洗ったよ!」
「えらいえらい」
冬夜は燈の頭を撫でてから美帆にさっきまで書いていたプリントを見せる。
「作文の宿題?」
「そう。テーマは各々が決めて良いみたいだけど、みんな安直に将来の夢とか書くんだろうなと思いながら先生への嫌がらせをしてたんだよ」
「嫌がらせって」
「400字詰め原稿用紙10枚使って燈の行動原理や行動パターン、たまにサナギになる現象の解明とかを書いてみたんだ。小学校の作文でテーマを一任するならなんでもありだよ。たとえ先生が知らない人物の観察記録だとしてもね」
「うわぁ……知らない人の事を原稿用紙10枚分も見て評価しないといけないの可哀想……」
冬夜はその原稿用紙の中から一枚取り出して美帆に渡す。
「そろそろ保育園で燈のサナギ化現象について話題になってる頃だと思ってさ」
「まさにその通りです……」
「それに理由と目的をまとめてあるから、知りたければ読んで良いよ」
美帆は冬夜からその原稿用紙を受け取り、中身を見る。
「これ小学校の先生より保育園の先生の方が欲しいのでは」
「世の中本当に必要な情報は回ってこないか第三者に編集されてるものさ」
「8歳だよね」
「8歳だよ」
「嘘だ、私が8歳の時そんなじゃなかったもん」
「26歳がもんとか言わない方がいいよ」
「まだセーフ」
「今はセーフでもそれが癖になったら後々後悔するよ」
「絶対8歳じゃないよ」
「お兄ちゃんはつよいもん!」
「子供の頃は強くても、20過ぎればただの人さ」
美帆はそれを言う8歳は少なくともただの人になるレベルではないだろ、と内心思ったのだった。
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