普通の家族
月ノ輪球磨
2108年/4月7日〜2109年/5月10日 誕生
今日、僕に妹が出来た。
それはとても喜ばしい事だし、楽しみにしていた事だ。
ただ……妹が産まれたのと引き換えにお母さんが死んだ。
お父さんは凄く落ち込んで、仕事も手に付かなくなっている。
僕が頑張らなければ。
産まれたばかりの妹の面倒を見て、お掃除やお洗濯、夕御飯の準備もしてお父さんの負担を減らさなければ。
その少年は
妹の出産で命を落とした母の代わりになろうと奮闘する4歳の少年である。
冬夜は母が他界し、仕事にも影響が出るほど精神的に疲弊している父を助ける為、母の見様見真似ではあるが家事をし始める。
最初こそラベルに書いてある文字が読めずに苦労したが、母がどのくらいの分量で洗剤を入れていたか、どのような手順で料理をしていたかなどを思い出し、すぐに上達して行った。
冬夜は天才だった。齢4歳にして家事全般を熟し、弱音を吐かず、ただ一生懸命に母の代わりを務めていた。
「冬夜、すまないな……もっと俺がちゃんとしていれば」
「大丈夫だよ。僕はお父さんより強いからね」
「はは……4歳の息子には負けてられないな」
「うん!」
冬夜の頑張りに後押しされ父、
しかし、その時には既に冬夜の方に限界が迫っていた。
妹、
冬夜が5歳になってすぐに疲労で倒れてしまった。
頼れる親戚がいない冬夜は、子供ながらに頑張り過ぎてしまい、徹也が仕事でいない時に倒れ、気がつけば夜になっていた。
……自己管理に失敗した。
幸いお父さんはまだ帰って来てない。
大丈夫、燈にかかる苦労はほとんどなくなった、お父さんに言わなくても、あと少し、もう少し頑張れば全部上手く行く。
「にーちゃ!」
「どうした燈?」
「だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。僕はお父さんよりも、母さんよりも強いんだ、だから大丈夫だよ」
「にーちゃすごい!」
ただの痩せ我慢だ……。
立ち直ってできるだけ早く帰ってくる様になったお父さんより、僕が強いはずがない。
ましてやお母さんとは比べる術もない。
冬夜は自分に言い切る様にして体力を根性で振り絞って毎日を過ごす様になっていた。
直ぐに夕御飯を作っちゃわないと。
お父さんもいつ帰って来るか分からないし。
冬夜は燈の離乳食と自分の夕食、そして徹也の夕食を作り置きしておく。
まだ消化器官が未発達だから、醤油や味噌は風味付けくらいにする。
普通に作ると塩分が多過ぎるんだってさ。
「むぐむぐ」
「よく噛んで食べるんだよ」
元々柔らかいけど、習慣づけさせておけば、大きくなった時に……。
沢山噛むのって何の意味があるんだろう?消化に良いのかな?
夕食を食べ終わっても徹也は帰って来ず、時計を確認して徹也が遅くなりそうなのを確認する。
「お父さんは今日も遅くなりそうだから、先にお風呂入っちゃお?」
「うん♪」
冬夜はお風呂を沸かし、1歳になった燈をお風呂に入れる。
この頃には既に燈は父よりも兄である冬夜にベッタリだった。
優しく、強く、いつも構ってくれる兄が大好きだった。
「にーちゃ!」
「お兄ちゃんって言えないのか?」
「おにーちゃ」
「もうちょっと頑張ろうな」
「にぃにぃ!」
「まあそれでも意味は通じるか」
正直、僕が頑張れている一因に燈がある。
沢山勉強して分かったけど、1才にしてはよく喋る。意味のある言葉をちゃんと話して理解出来ている。
家事をしている僕の後ろを頑張ってついて来るし、疲れが吹き飛ぶ訳じゃないけど、微笑ましい事に違いはない。
言葉もそうだけど、走る事も出来るから燈は天才なんだろうな。それとも女の子は早熟と言う事なんだろうか?
こう言う意味じゃないと思うんだけどね。
「にーちゃ♪」
「結局それに戻るんだね。なに?」
「にーちゃ♪」
呼びたいから呼んでるだけか。
燈はよくこう言うことをする。覚えた言葉を使いたいのかな?
「洗って出ようね」
「うん!」
燈はお風呂に置いてあるシャンプーハットをつける。
知り合いに燈くらいの子がいないから分からないけど、1才ってこんな感じなのかな?
僕の時は覚えてないしなぁ。
冬夜が燈の髪を洗い、泡立てたスポンジを燈に渡し、自分で洗わせる。
自分も洗ってから2人で湯船に浸かる。
冬夜は日頃の疲れから眠気に襲われる。
お風呂に入るとどうしても眠くなっちゃうね……。
でも、寝たらダメな気がする……燈が危ない……。
「10秒数えて出ようね……」
「にーちゃ、ねむなの?」
「いいや、大丈夫だよ」
2人は10秒数えてからお風呂を出る。
この10秒待つのもよく分からないんだけど、小さい頃にやった記憶がある。
結局何のためにやってたのか分からなかったけどさ。
お風呂から上がっても徹也はまだ帰って来ていなかった。
今日は忙しい日なのかも知れない。
遅くまで起きてるわけにも行かないし、寝るか。
燈は僕が途中でベッドから出なければちゃんと朝まで寝てるから楽なんだよね。
小さい頃は大変だったよ。今も小さいけど。
「お父さん、今日は帰り遅くなりそうだから先に寝てようか」
「とーしゃ?」
「そうそう、お父さん。それじゃ、もうねんねしようね」
冬夜は燈をベッドからまで連れて行き、寝かし付ける。
燈は冬夜が隣で寝ている間は大人しく寝ているが、冬夜がベッドから出ると目を覚ましてしまう為、冬夜は燈を寝かしつける時は朝まで寝ている必要がある。
冬夜自身は日々の疲れで朝までグッスリである。
次の日
冬夜が朝、目を覚ましてリビングに行くと作り置きして居た夕飯がそのままになっていた。
泊まりだったのか。
急患ってやつなのかな?それとも手術が長引いてる?
「にーちゃ?」
「どうしたの?」
「ごはん、のぉってる」
「そうだね、残ってるね。お父さん昨日は帰れなかったみたい」
倒れたのバレないから良いか。
まだ全身が重いし頭痛いけど、燈がもう少し大きくなるまでは僕が頑張らないといけないし、お父さんの方が大変なんだから。
その時、家の電話が鳴る。
冬夜が電話に出ると、相手は徹也だった。
『帰れなくてすまない』
「大丈夫。朝帰って来るの?」
『ああ、これから帰るよ』
「そっか。朝ご飯作っておくね」
『ありがとう、助かるよ。あまり無理はするなよ』
「お父さんがね」
『やっぱり、情けないな……。それと、帰ったら少し話がある』
「分かった」
『それじゃあ』
「うん」
冬夜は受話器を置き、振り返ると、燈が不思議そうな顔して立って居た。
「にーちゃ、だえとはなしたの?」
「お父さんだよ。これから帰って来るって」
「とーしゃないない」
燈は地味にお父さんへの当たりが強い。
一緒にいる時間が短いからだろうけどさ。
「ないないしないよ。朝ご飯作るからテレビ見ててね」
冬夜がテレビをつけると、子供向け番組が放送されていた。
テレビを使うのは基本的に燈だけである為、チャンネルがいつも同じで、朝にテレビをつけると大体子供向け番組がやっている。
僕は早々に飽きちゃって見なくなったらしいけど、燈はどうなのだろうか?
今のところ、朝の子供向け番組を見て大人しくしているけど、近いうちに飽きてしまうのだろうか?
それは少し大変な事になるな。
料理中とかは危ないから近寄らないでほしいんだけど、燈は僕の後ろをずっとついて来るから、ああして僕から離れて大人しくしてる時間は貴重なのになぁ。
冬夜が台に登って朝ご飯を作り、お盆に乗せると重くて運べない為、一つ一つ持ってテーブルに運ぶ。
全て運び終わったのとほぼ同時に徹也が家に帰って来る。
「ただいま」
「おかえり」
「ばいばい」
「燈、おかえりだよ」
「おかーり」
「そう」
「やっぱり俺嫌われてないか?」
「否定出来ない」
「父親らしい事なんて何も出来てないもんな……」
徹也が少々落ち込みながら言う。
「昨日の夕御飯、お弁当にしたから持って行ってね。余ったのは食べちゃった」
「助かるよ。冬夜は本当に偉いな」
「お父さんはお仕事で忙しいからね」
「もっと時間の取れる仕事に転職するべきかな、やっぱり」
「話は朝ごはんの後にね」
「ああ、すまん……ホント情けないな」
3人は朝食を食べ始め、冬夜は自分の分を食べながら燈に食べさせる。
「冬夜器用だな」
冬夜は左手に自分の箸、右手に燈用のプラスチックのスプーンを持って、朝食を食べながら燈にも食べさせていた。
「両利きだからね」
「……知らなかった」
「何と右の方が使い勝手がいいから右手ばっかりだけど、左手のほうが使いやすい時は左手使ってるから、お父さんは知らない方が自然だよ」
「本当に5歳か?」
「5歳だよ。比較対象が居ないから一概に言えないけど、周りよりは大人びてると思うけど」
一概や比較対象という言葉を会話の中で使う5歳児はそうそう居ないだろと思う徹也だった。
「それにしても、本当に料理上手くなったな」
「お母さんが作ってたの見てたからね。それに、お父さんのタブレットで沢山調べたし」
「にーちゃさいちょー!」
「最強ね。最長だと意味が変わっちゃうよ」
「さいち……さい……」
「これもそのうちだね」
軽く話しながら朝食を食べ進め、全員が食べ終わってから冬夜は食器は片付け、洗ってから戻って来る。
「それで、話って?」
「今の現状の事なんだが、家の事を冬夜に任せっきりなのはどう考えても良くない。だから……その……」
「新しいお母さんって話?」
「まあ……そうだな」
「僕は家族がバラバラにならなければ何でも良いよ。新しい家族が増えるならそれはそれで構わない。家族をバラバラにする一因になるなら追い出すけど」
「お母さんに似て来たな……おっかない所が」
「お母さんの子供だからね。それにさ、燈にはお母さんと言う存在が必要だとは思ってたんだ。でも、僕から言うのはおかしいからね。決して楽したい訳じゃないよ。決して」
「楽したいんだな」
僕が頑張ってるのはあくまでお父さんの負担を減らす事ができるのが僕しか居なかったから。
大人の人が居るならそっちにやってもらうよ。
当然、僕より家事が出来る事が大前提だけど。
「その、新しいお母さんも、今来るんでしょ?」
「ホントおっかない所はそっくりだな……。入って来てくれ」
「失礼します……」
徹也が呼び込むと、玄関の方から髪が長い若い女性が申し訳なさそうに入って来る
「中江美帆さんだ」
「中江美帆です……」
「何で申し訳なさそうなの?」
「思ったより大人で……その」
「もっと明るく登場して場に馴染もうとしたが、僕が思ったよりも精神的に成長していて、尚且つ明るく登場する事が憚られる状況でどうしたらいいのか分からず、取り敢えず1年前という比較的早期に母親を失ってある子供に再婚相手として対面するには、申し訳なさや、最初に明るく登場しようとした自分が愚かだったと思っての自責の念があると」
「……」
5歳児に全て言い当てられ、美帆は俯いて押し黙ってしまう。
「絶対5歳じゃないだろ」
「5歳だって状況が状況なら子供で居られなくなるものだよ」
「なんかごめん……」
徹也と美帆が何故か冬夜の前で正座していると言う状況から一転、いきなり冬夜が座った状態から力尽きるように倒れた。
「冬夜!?」
「にーちゃまたねんねなの?」
徹也は燈のまたと言う発言から、冬夜にはすでに限界が来ていた事を知り、すぐに冬夜を病院に連れて行こうとする。
徹也が冬夜を抱えて家を出ようとすると、それについて行こうとした美帆の足に燈がしがみついて泣き始める。
「ど、どうしましょう!?」
「連れて行くよ。燈を残して行く訳にはいかないよ」
「そうですね」
美帆は燈を抱えて徹也と共に家を出て病院に向かう。
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