第2話 ベビーリーフの秘密

 そこまで話したところでウタドリ先生は一息入れて、紅茶を飲んだ。そしてため息交じりにこう呟いた。

「やっぱり夢だったのかもしれないな、と今でも思ったりするけどね」

「黒ツグミからムクドリときて、いきなり真珠ですか?不思議な会話をする人が居るもんだなあ」

「うん。私も寝ぼけながらそう思ったよ。だから会話を聞くのに集中した。うつらうつらしながらもね」

 ウタドリ先生は話を続ける。

 

 女性二人のうち一人もやはり驚いていたらしい。

「真珠ですって?貝が作る宝石ね」

「そうよ。実は陸でも真珠はできるという話があるのよ」

「なんですって?」

「ムクドリの千羽に一羽は毒があると言ったわね」

「言ったわ。怖い話だわ」

「ただの言い伝えよ。真実ではないわ」

「そう願うわ」

「ベビーリーフミックスの百万枚に一枚は真珠を作る能力があるのよ」

「言い伝えかしら」

「いいえ、真実よ。私の母がそのベビーリーフから見つけた真珠を持っていたわ」


 そこまで聞いたら今度は僕がミルクティーを一口飲んだ。僕の分のサンドイッチは後半分になっていたが、うっかり歯を立てると真珠を噛んでしまうかもしれない。


「ふむ。でもベビーリーフミックスって何枚も一度に食べるから百万枚なら結構食べられている数字ですよね。でもそんな発見は聞いたことが無い。それにホントに真珠ができたとしても栽培している人が見つけてしまって消費者には届きはしませんよ」

 僕は気楽な気持ちに戻って残りのサンドイッチにかぶりついた。

 先生は再びこちらを一瞬振り向くとにこりと笑って更に話を続けた。

「ベビーリーフミックスの真珠は食卓でないと採れない物らしいんだ」

「へえ……?」


「私はベビーリーフよりサラダ菜の方が好きだわ。サラダ菜で見つけたいわ」

 新幹線の中で女性のうち一人が答えた。

「ベビーリーフミックスでないとだめなのよ。レタスでもサラダ菜でもなく、成長していない子供の野菜たちの生命力が必要なの」

「ベビーリーフミックスから確かに真珠ができるのかしら」

「できるのよただ、確率はとても低いわ」

「百万枚に一枚ね」

「その一枚に対して工夫も必要なのよ」

「あなたのお母様はベビーリーフを専門に育てていたの?」

「違うわ。何故そう思うの」

「ベビーリーフの真珠を持っていたからよ」

「違うわ。料理をすることによって発生させたのよ」


 僕はサンドイッチの最後の一口を飲み込んだ。真珠を飲み込んでしまった気分になった。真珠が喉につかえないようにミルクティーをすかさず飲んだりした。

「料理、ですか。ひょっとして、あのドレッシングを使って和える事ですか」

「ふふふ、その通りさ」

「ら、らっきょうのドレッシング」

「いや、あの女の人たちは玉ねぎのピクルスといっていたんだ」


 順調に進む新幹線の中、不思議な女性二人の会話は続き、ドレッシングの説明になった。

「陸の真珠を作るためのドレッシングは必ずライムの果汁を入れる事よ。それ以外は何がふさわしいのか確証が持てないのよ」

「確実に必要なのはべビーリーフミックスね」

「そう、それが無ければ始まらない。私の母の作ったドレッシングには玉ねぎのピクルスが刻んで入っていたわ」

「そのほかには何かしら。知りたいわ」

「教えるわ。植物油、ライム果汁、食塩、刻んだ玉ねぎのピクルス、ピクルスの漬け汁。それにハムやスモークサーモンを加えてサラダサンドイッチにしていたわ」

「お酢では無いのね。パンにはさむのね」

「特別美味しいわけでは無いけどそこそこの味のドレッシングよ。パンの種類はお好みで」

「ありがとう、試してみるわ」

その後女性二人は声を合わせていった。

「素敵なお話」


「以上が、私があのサンドイッチを作って食べるようになった理由さ」

「うーん。夢、みたいな話ですねえ。実際、半分眠っていたようなものでしょう」

 ウタドリ先生は再び微笑むと頷いた。すっかり冷めているらしい紅茶を飲み干すと立ち上がり、カップをもって台所の方に来た。

「牛乳、まだある?」

「はい」

「私もミルクティーをいいかね」

「はいモチロン」

「今日は気温が高くなってきたね。大きいコップに氷を入れて作っておくれ」

「はい」

 カランと淡いベージュ色の液体の中の氷が揺れた。


「会話をしていた女の人二人は、私が降りる駅よりも前で降りてしまったらしい。会話が終わった後、すぐに私は熟睡してしまった。夢うつつに裾の長いワンピースを着た女性達が私が据わっている横の通路を歩いて行ったのを覚えているよ。その時、何か柑橘類の香りがした。レモンに似ているけど、ライムのような気がした。あの二人は、少なくとも二人のうち一人はライムにかなり思い入れがあっただろうから」

「ふううむ、現実とは僕には思えませんけど。夢にしては現実的ですね。普通、夢って支離滅裂なのに」

「そう、私もそう思った。年を経るにしたがって、あの女性達は楽しい思い出に変わっていったんだ。翌年ぐらいからかな。ベビーリーフミックスが売られているのが当たり前になったのは」

「ああ、ベビーリーフミックスって昔は無かったでしょうね、そういえば」

「そう、近所のスーパーでそれを見つけた時は、これか!と思ったよ。早速買って、ドレッシングの材料を思い出して作ってみた」

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