職場凸
彼の背中をそっと叩く。振り向いたその顔は、いつも配信で見ているそれと同じだった。仕事中だからか、なんだかいつもより疲れて見える。
「えっと、どうしました?」
らろあが困惑したような表情で首をかしげる。そうだ、私はらろあの顔を知っているけれど、らろあは私のことがわからない。
「あ、あの、らろあ、だよね? 私、るるか……」
現実でSNSの名前を言うのは違和感があり、つい小声になってしまった。らろあは聞こえなかったのか、顔をしかめている。もう一度名前を言おうとしたところで、らろあに腕をつかまれた。
「は? 何してんの?」
聞いたことがないような低い声だった。眉が吊り上がり、厳しく私を睨みつけている。にもかかわらず、彼は怒るとこんな声をするのか、なんて呑気に考えていた。
「だって、ほら、こないだ、別に来てもいいよって言ってなかった……っけ……」
冗談交じりにそう言えば、彼は表情を変えずにため息をつく。ここに来る前とはまた違う感覚で心臓がうるさかった。
歓迎されていない、どうしよう。そう思ったけれどもう遅い。らろあが私の腕を握る力は強くなっている。
「ストーカーじゃん……意味わかんねえ……」
らろあがつぶやいた一言に、思わず泣きそうになった。配信では来たら歓迎するって言っていたくせに、どうして私がこんなに責められているんだろう。
「山本? どうかした?」
私の背後から、彼の同僚らしき人が顔を出した。らろあは何でもない、と首を振ると、私をゲームセンターの外へと連れ出す。
「今回は見逃してやるけど、もう二度とくんなよ。次は警察呼ぶから」
そう言って踵を返す彼を呼び止める。けれど、待ってと叫ぶ声はモール内の喧騒にかき消された。
ゲームセンターの前で呆然と立ち尽くす。目の前を、親子が怪しい人間を見る目で通り過ぎて行った。いや、実際らろあからすれば私は不審者だったのだ。
不審者? どうして、私はただそっけなくなった彼の態度を知りたかっただけだ。それを、ストーカーだなんて、らろあはどうしてそんなことを言ったのだろう。
毎日のように通話をしていたのを忘れてしまったのだろうか。毎日ギフトを投げていたのが私だと忘れたのだろうか。私は彼にとって、なんだったのだろうか。
配信者とリスナーだった関係が、配信者とストーカーになってしまったらしい。信じられない、信じたくない。
らろあに縋り付いて、理由を問いただしたかった。でも、今行っても会ってくれないだろう。本当に警察を呼ばれてしまうかもしれない。ここにいるだけでも怒られそうな気がして、逃げるようにゲームセンターから立ち去った。
若い学生や、家族連れに時折ぶつかりながらモール内を歩く。明るい店内BGMとは裏腹に、私の心は暗かった。今すぐ泣き出したい気持ちを抑えられる程度の理性しか残っていない。
休憩スペースのような場所に腰かけて、ぼんやりと虚空を見つめる。時刻は12時を回っていて、1番賑わう時間だった。隣に座った親子が仲良くはしゃぐ声が聞こえる。
これから、どうすればいいのだろう。らろあにストーカーだと言われてしまって、このまま帰ることなんてできない。理由も聞けていない。せめて誤解を解きたかった。
らろあの仕事が終わるまで待とう。彼は仕事中に邪魔されたのが嫌だったのかもしれない。いや、仕事が終わらなくてもあと2時間くらいで休憩のはずだ。ひとまずそこまで待てばいい。
時間があれば、きっと話を聞いてくれる。そう思ったけれど、昼休みの時間になっても彼は出てこなかった。もしかしたら、バックヤードで休憩を取ったのかもしれない。そう思って今度は仕事が終わる時間まで待ったけれど、やはり彼は現れなかった。
ほたるのひかりが流れて、モールからも追い出される。暗闇の中にぽつんと、途方に暮れた私が一人取り残された。
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