自宅特定

 もう帰るしかなくなった。でも、何も聞けてないし、誤解されたまま帰りたくない。せめてもう一度話ができないかと彼にメッセージを送ろうとしたとき、通話アプリに彼の名前がないことに気が付いた。


 彼以外のフレンドがいなかった私のアカウントには、「フレンドを追加」の画面だけが表示されている。らろあがいない。どこをタップしても、彼の名前はなかった。


 それならば、とSNSを開く。通知欄に残った彼のアイコンをタップすると、「ブロックされています」と表示された。



「なんで……?」



 話してくれなくなった理由と、配信頻度が減った理由が知りたくて来たのに、ネット上でさえも彼と接する術がなくなった。これじゃ、理由を知ってももう彼と話せない。


 らろあがなぜこんなことをするのかわからなかった。どうして、というたった一言すら送れない。どうすれば、と頭を抱えて、ふと浮かんだのは彼の家を探すことだった。


 さすがにそこまでは、と思ったけれど、もうすでに彼からはストーカー扱いされているんだ。これ以上傷つくことも困ることもない。ここまで来たんだから、もう行けるところまでいってしまおう。


 暗くなった夜道を歩きながら、ネットで近くのホテルをとる。広島駅に戻ってチェックインを済ませると、スマホを充電器に刺してマップを開いた。


 らろあが配信中に話していた自分の家の近くにあるもの、仕事が終わってから帰宅するまでの時間、SNSに時折上げていた家の写真。わからない部分は過去のアーカイブをひたすらに確認して、情報を埋めていく。


 一晩かけて絞り込んだ場所にはマンションがあった。きっとここだ。元々配信中に聞いていた情報や、彼がSNSに写真を上げがちだったことを含めても、素人が一晩で配信者の住んでいる場所を割り当てられるなんて恐ろしい。やったのは自分のくせに、マップで見つけた建物を見てぞわりとした。


 チェックインしてからずっと閉めっぱなしだったカーテンから日が差し込んでいる。サッと開けると、徹夜明けの目に陽ざしが痛かった。彼の家の場所を探しているときはアドレナリンでも出ていたのか全く眠くなかったけれど、今になって眠気が押し寄せた。


 時刻は午前8時。チェックアウトまでは3時間ほどある。ひとまずシャワーを浴びて少し眠ろう、とカーテンを閉めなおした。


 シャワーを浴び、2時間ほど眠ってホテルを出る。らろあが家に帰ってくるのは大体いつも夜の8時くらいだ。退勤時間の7時くらいには彼のマンションに行くとして、それまでどう暇をつぶそう。さすがに観光なんて気分にはならない。


 しばらく駅の周りをうろついてから、適当なネカフェに入って眠った。さすがに2時間しか眠っていない状態で彼を待つことはできなかった。ふと目を覚ますと、夕方の5時になっている。それから1時間ほどネカフェに滞在してから、彼の住むマンションへと向かった。


 彼の最寄り駅へと降り立つ。駅前にコンビニがある程度で、後は何の変哲もない住宅街だった。マップで幾度と見た道を歩く。スマホで確認すらしなかった。


 まっすぐ行って、右に曲がると彼がよく酒を買いに行くコンビニがある。それから左に曲がって、変な飲み物が売っている自販機。彼が帰ってくるのにはまだ早いから記念に1本買った。やけに甘いコーラだった。


 そこからまっすぐ歩いて、彼の住むマンションがある。エントランスに入ると、住民の名前が書かれた名札があり、4階のところに「山本」の表記を見つけた。


 きっと、これがらろあだ。ただの2文字が愛おしく、名札を撫でる。冷たい感覚が親指に伝わった。


 オートロックのドアがあってここから先には入れない。帰ってきた住民の後をついていけば入れるけど、不審がられるだろう。


 1度エントランスを出て、道からは見えない場所でらろあを待つ。向こうから見られれば、逃げられてしまうかもしれない。こっそりと物陰に隠れて様子を伺った。


 緊張で足元がふわふわする。30分ほど待っていれば、角かららろあが歩いてくるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る