第19話 三審
「それではこれより三審を開廷します」
法廷に、第二中隊、第三中隊、第四中隊の交渉人がいない。
どうやら裁判長は、僕ら第五中隊とナミカちゃんの第一中隊のどちらに多くの物資を補給するか、それを決めたいようだ。
「では第一中隊、二階堂ナミカ交渉人。先程の証人を」
「はい」
ナミカちゃんは起立すると、LLGの投影画面で回線を繋いだ。
僕らの前に直径二メートルの巨大投影画面が展開されて、そこに軍服を着た中年紳士が三人映る。
『お初にお目にかかります、裁判長殿』
三人の中年男性はそれぞれかんたんな自己紹介をした。
階級は三人とも大佐で、名字は僕でも知っている軍の名家のソレだった。
きっと、ナミカちゃんの二階堂家との付き合いがある家の人達なんだと思う。
「あれは四月二二日の事です。私達が第一中隊の戦闘の視察していますと、遠くから敵軍事甲冑の軍勢が飛んで現れました」
「第一中隊の精鋭たちは勇敢に戦い、敵を撤退させましたがいやはや、とてつもない数でした。おっと忘れるところでした。その一日前、二一日の日には大雨の中、自律兵器の大群と戦うのを見物させて頂きました。あの自律兵器の数、目検討だっけでも一〇〇はくだらないでしょう」
「その時に戦った第一中隊の兵は多くが機体を破損したため、カメラ映像などが提出できませんが、我々が証人です」
「ふーむ、なるほど」
裁判長はあごをなでながら頷く。
まずい。
三人の大佐はいずれも名家出身のお偉方。
軍隊の体質上、彼らの証言をむげにはできない。
確かに今のはこの三人が口先で喋っただけで証明は無い。
証言と物的証拠なら、物的証拠が優先される。
でも要人の証言は金より重い。
それに、大佐達の言葉を論破しては失礼だという精神的重圧もある。
僕だって、心臓がどきどきして今すぐこの場から出て行きたい。
その時、隣に座るサエコちゃんが僕の手を握ってきた。小声で、
「サク様。不倫の証拠を使うならば今ですよ」
「っ!?」
確かにそれは一番だ。
第一中隊の中隊長自身に問題があったなら、大佐達の顔を潰さずに済む。
でも、それはつまりナミカちゃんの友達、いや、ナミカちゃん自身の顔を潰すことにもなる。
不倫していた友人とその不倫にアドバイスをするナミカちゃん。
お嬢様育ちで、ただでさえプライドの高いナミカちゃんにそれは可愛そうだと思う。
「鷺澤サク交渉人。何か言う事はありますか?」
「は、はいっ」
この三審は、一審と二審の内容から重要度の低い隊の交渉人を外した最終決戦。
ここで互いにアピール合戦をして、互いの主張を論破し合う。
逆にここで相手を論破、もしくはよほど強いアピールができなければ負けだ。
「はい、その、わたくし第五中隊としてはですね……」
考えがまとまらない。
不倫の証拠を使わずに、正当な理由で僕らの優位性を主張しないといけない。
「大佐の皆様方の話を拝聴させていただき」
あーもーこれ以上は誤魔化せないよ。
時間稼ぎがそう長く続かない。
なのに自分の無力感で思考は鈍る。
負ける。
裁判で負けたら、激戦区で戦うセツラ大尉は、先輩のお兄ちゃんは……
僕なんかの相談に乗ってくれて、励ましてくれたセツラ大尉の笑顔を思い出して、僕は泣きたくなる。
「鷺澤サク交渉人。異議がないのなら閉廷しますよ」
裁判長の言葉が、僕の脳天を貫いた。
情けなくて僕はうつむく。
やっぱり無理だったんだ。
戦場の魔王セツラ大尉と、裁判の魔王セツキ先輩のようには………………あれ?
顔を上げて、投影ウィンドウに映る大佐達の顔を眺める。
さっきこの人達なんて言った?
「裁判長、どうやら鷺澤サク交渉人は私の主張を論破することも、新たな主張をすることも」
「変ですよ?」
ナミカちゃんの発言を切り裂く。
「な、なにが変なのよ?」
ナミカちゃんは、ちょっとひきながら、虚勢を張るようにして胸を張った。
やっぱり、何か隠しているな。
「あのう、先程、大佐の皆様はおっしゃいましたよね? 四月二二日に遠くから大勢の敵が飛んで来たって」
アゴヒゲの大佐が下唇を突き出した。
『それがどうした?』
「四月二二日は濃い霧がかかっていて遠くの空は見えませんよ?」
法廷が静寂を包む。
『は!?』
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