第15話 頼れるお兄さん
「あいつがお前に任せたって事は、だいじょうぶって事だろ? 心配すんなって」
夜の一〇時。僕の自分の部屋で、投影ウィンドウ越しにセツラさんがのんきに笑う。
「そうはいいますけどぉ……うぅ」
僕はまだ不安で、せっかくセツラ大尉が電話してくれたのにネガティブな話ばかりだ。
「そうだなぁ、じゃあこう考えろよ。成功しなきゃ駄目じゃなくて、失敗しなければいいやってさ」
「え?」
セツラさんは愉快な笑顔のまま、両手を広げて画面から引いた。
「だって考えてみろよ。前線だって新兵が初陣からいきなり武功を立てられるかよ? だからさ、俺は新兵にはいつも言っているんだよ。今日の目標は敵機撃墜じゃなくて、死なない事ってよ。敵機を倒せなくても、味方を守りきれなくても、とりあえず死ななきゃいいや。勝てなくても、負けさえしなければいい。最初なんてそんなんでいいんだよ」
「それは、でも」
僕が視線を落とすと、セツラ大尉は画面に寄って、画面越しに僕の顔を覗き込む。
「およ? その顔は何か隠してんなお前。隠さずお兄ちゃんに話せよう♪」
「……実は」
セツラ大尉のフランクな口調で、僕の硬い唇が緩む。
「すごい手札を手に入れたんです。でもそうすると、相手の交渉人とその友達を不幸にしちゃうから……」
「じゃあ使わなきゃいいじゃん」
しれっと言われた。
「詳しくは知らないけどよ、サクは嫌なんだろ? 嫌ならやるなよ。でないとそういうのはのちのち残るぜ」
いつもハイテンションなセツラ大尉がおとなしい笑顔で、少し声の調子を落として語る。
「俺ら前線の人間ってさ、やりたくない事いっぱいやらなきゃなんねーじゃん? 俺らは神様じゃないからいっつも選択肢だらけだ。何を守って何を切り捨てるか、ゼロにはできない犠牲をどれだけゼロに近づけるか。そんで切り捨てたモンとゼロにできなかったモンは全部、心の中の黒いアルバムに残る。でもさ」
セツラ大尉は歯を見せて、にかりと笑う。
「お前ら後方支援まで黒いアルバム作っちまったら、俺が前線で戦う意味ないだろ?」
その顔を見ると、なんだか少しだけ胸のつかえが小さくなる。
セツラ大尉は中隊長としての威厳はないけど、人望だけはとにかくある。
誕生日は部隊全員でサプライズパーティーをするし、
遭難すれば部隊全員で三日三晩寝ないで探すし、
入院したらやっぱり部隊全員で病室の前で座り込みをされるような人だ。
「ありがとうございますセツラ大尉。今回の裁判、僕がんばります」
「おう、がんばれ♪」
セツラ大尉は、僕に親指をグッと立ててくれた。
「それよりサク。俺のことは大尉じゃなくてお兄ちゃんて呼んでいいぞ」
「いやいや、それはへんでしょう?」
「いやだって将来的にたぶんそうなるし」
「え?」
「いやいやなんでもねぇよ。じゃあな、エロい夢見ろよ。セツキをオカズにするのは兄貴の俺が許す」
最後はウィンクとペロ舌付きの両手グッドで、通信が切れた。
最後のは、どういう意味だったんだろう。
それにしても、やっぱりセツラさんは凄いなぁ。
完全にとはいかないけど、僕はなんだかやる気がわいてきて、気持ち良く裁判に臨めそうな気がする。
敏腕交渉人であるセツキ先輩のお兄さんであるセツラ大尉は、その明るい性格からは想像もつかないけれど、実はセツキ先輩同様魔王マンモンの異名を持っている。
ただしセツキ先輩と違って味方からじゃなくて、敵からだけど。
生涯無敗にして常勝不敗。
リアル・ワンマン・アーミーの人間兵器。
キルレシオ(戦線離脱するまでに倒した敵機数)は他の追随を許さず、人類史上最も多くの人間を殺した兵士として、暫定的な非公式ギネス記録に認定されている程だ。
それだけに、セツラ大尉が背負うものは大きい。
なのに弱音一つ吐くどころか、いつだって誰かの救いであり続けようとしている。今夜の通話だって、兵站裁判最終弁論を控えた僕を心配してのことだった。
命令違反が多くて上層部には嫌われているし昇進も遅いけど、僕はセツラ大尉のことが大好きだ。
大尉に勇気づけられた僕は、さっそく自分にできることをする。
とりあえず、サエコちゃんが取り付けたカメラと盗聴機をチェックしよう。
僕はLLGの投影画面を開いて、スパイアイコンをダブルタッチ。
するといくつか開いた画面の中に、電話中の表示を見つける。
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