第13話 バレなきゃ犯罪じゃないんですよ

 第一中隊隊舎の食堂。


 そこでは、空間テクスチャで長いウエーブヘアーに髪型を見せかけているサエコが、食堂で給仕をしていた。


 サエコはテーブルに置きっぱなしの食器を下げるフリをして、近くの男性整備員達に声をかける。


「それにしても整備班は大変ですねぇ」


 今のサエコは気さくで話しやすそうな口調だ。表情も明るい。


「急に全部のレーダー積み替えなんて、ご苦労さまです」


 でも整備班は不思議そうな顔で間を置いてから、


「あー、三週間前の新型レーダー交換のか?」

「でも全機体の装備とっかえなんて珍しくないって」


 あんな前の事をいまさら? とでも言いたげな表情。演技には見えない。

 職員ロッカーで給仕係の制服を解除。じつはこれも空間テクスチャだ。

 隠密用のアンダースーツ姿のサエコは、空間テクスチャで服装は清掃係、髪型はストレートヘアーのボブカット。最後に顔にもテクスチャを張って、顔の雰囲気を変える。


 人相をまるきり変えることはできないが、化粧の仕方で女が化けるように、相手の印象を大きく変えることは可能だ。


 現代では時間が無い時、女性が化粧テクスチャをするのだが、サエコはそれを隠密活動に役立てている。


「ここまでは収穫なしですか」


 あれから他のエンジニアにも、違う言葉でかまをかけてみたが、旧式のレーダーに積み替えた様子は無い。


「こうなったら、直接ナミカの部屋へ」


 清掃係りに扮したサエコは、途中の部屋でルンバの不備をチェックするフリをしながらナミカの執務室へと向かった。


 現代の清掃はほぼ全てロボットが行うので、ロボットの異常がないか調べる人もひっくるめて清掃係り、と言う。


 ――さて、監視カメラと盗聴機はいくつ仕掛けられるでしょうか。


   ◆


「す、すごい……けどこれって犯罪じゃ」


 その日の夜、僕は執務室でルイちゃんの投影画面を見ながら、息を吞んだ。


「なにをおっしゃいますサク殿。わたしはただナミカ殿のメールボックスの内容をコピペしただけですぞ」

「だからそれは犯罪で」


 ルイちゃんの目が光る。手を顔に添えて、推理ショーを始める探偵のような雰囲気で、


「サク殿、バレない犯罪は、犯罪ではないのですよ。キリッ」


 キリッ、って自分で言った……


「大丸さんがいつか捕まるそうで不安だなぁ」

「うがー! わたしを大丸と呼ぶんじゃねぇえですよゴルァ!」


 しまった!


 突然ルイちゃんが机から立ち上がって両手を上げた。僕に襲い掛かるようなしぐさをしてから、自分の頭を抱え、腰をくねらせて悶えた。


「ぬぐぐぅ……トラウマがぁ、黒歴史がぁ。大丸だから丸ちゃんなのに、体が丸いから丸ちゃんだと思われてぇ……」


 はわわ。


 ルイちゃんが体をくねらせると、丸いおっぱいや丸いお尻が強調されて、つい視線が落ちてしまう。


 セツキ先輩は長身スレンダーの中にグラマーさが混在している理想の黄金ボディでカッコイイ女性なんだけど。ルイちゃんは背が高いわけじゃないし、全身が女の子やわらかさを持っている、可愛らしいふっくらボディなんだよね。


「ごめんねルイちゃん。僕が悪かったからもう」

「わたしはデブじゃなぁああああい! 体重だって標準なのですぞぉおおお!」

「うんうん、ルイちゃんは太ってなんかいないよ。ただ当たり判定が高いだけで」

「何サク口(ぐち)を叩いているんですか?」


 僕の背後に、スッとサエコちゃんが現れた。


「僕の名前を悪口や無駄口みたいに使わないでよ!」


 出て行った時とは違うロングヘアーで、目元も随分パッチリとしたサエコちゃんが眉根を寄せた。


「それで、どんなサク口を叩いたのですか?」

「えっとね、またルイちゃんを間違えて名字で」


 猿渡サエコちゃんの顔に殺意が宿る。


「ほほう、いきなり人のことをメスザル呼ばわりとは、随分偉くなったものですなぁ」

「サエコちゃんの事は名字呼びしていないじゃん!」

「わたしはデブではなぁーい!」


 まだ一人で暴走するルイちゃん。

 僕はいつものように、彼女の口にチョコバーを突っ込んだ。


「あむあむあむ♪」


 ルイちゃんは、ごきげんな表情で椅子に座った。

 チョコバーでふくらんだ頬が可愛い。


「そういえばサエコちゃん。今回はその姿で潜入してきたんだ」


 サエコちゃんは自分のメイド姿を見下ろしてから、髪の顔の空間テクスチャがそのままであることに気付いたようだ。

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