第7話 デビュー戦

 兵站裁判、初弁論。


 政府から派遣された兵站裁判長である少将を前に、僕の初裁判は始まった。


 兵站裁判の裁判官は全て政府に選び抜かれ、軍で多くの実績を持つベテラン中のベテラン。その階級は全員少将以上になる。


 今日の裁判官は軍属歴三五年で、今年五七歳になる男性だった。


 僕ら第五中隊を含めて、第一中隊のナミカちゃんから、第四中隊までの公証人が法廷の各席に座り、厳粛な空気の中でお互いを視線で牽制しあっている。


 怖い。


 すぐに逃げ出したい気分だよ。


 いつもはセツキ先輩が隣にいてくれたけど、先輩が居なくなったことで、いかに自分が矮小な存在かが解る。


「それではこれより、兵站裁判を行います。今回の至急物資。巨神甲冑用空対空ミサイル二〇〇〇発。反粒子二〇〇〇ミリグラム。量産型軍事甲冑アシガルの修理パーツ五〇機分。高機動型軍事甲冑センゴクの修理パーツ二〇機分の処遇人ついてです。各隊の希望物資は、事前に渡したデータの通りです」


 僕の手元に表示しているウィンドウには、各隊の希望物資が書き込まれている。


 物資は、どこの隊だって少しでも多く欲しい。


 五つの隊で仲良く二割ずつ、とはいかず、どこの隊も三割以上の物資を要求している。って言っても、うちのは隊は特筆し過ぎだった。


 何せ五つの隊で分けるのに、どの物資も全体の六~七割を要求しているんだから。


 次に多いのはナミカちゃんの第一中隊で、全体の半分を要求している。


「ではまず、第一中隊」

「はい」


 第一中隊の交渉人、二階堂ナミカが立ちあがった。


 初弁論では結果は決まらない。


 初弁論ではどうしてそれだけの物資が必要なのかをアピールして、アピールされた他の中隊は、次回の弁論までにそのアピールを崩す必要がある。


 何故相手に論破の機会を与えるのか、初弁論では何も言わず、論破材料を用意する暇がない最終弁論でアピールすればいいのに。


 答えは単純、最初にアピールしておかないと、裁判長に要求を却下されてしまう。


 初弁論の時点で、物資を要求する正当性が示せない場合、裁判長の裁量で次回の弁論からはずされてしまう。


 つまり、初弁論で説得力のあるアピールを十分にして、これは話し合う価値あり、と認められた交渉人だけが次回の弁論、本当の兵站裁判に出席できるシステムになっている。


 ナミカちゃんは僕やセツキ先輩とそう年が変わらないのに落ち着いていて、はっきりとした声で告げる。


「我が隊が全体の半分の物資を要求する理由。それは相手の戦力の高さ故なので。事前に提出した書類の通り、我が第一中隊の戦闘員一五〇人が相手にするのは、敵三〇〇機。倍もの敵と相対するのです」


 僕ら他の交渉人の手元に、新しいウィンドウが開いた。

 そこには確かに、相手の予想兵数が三〇〇とある。


「この戦況をひっくり返すには、巨神甲冑の起動が必須。その為、我が隊には巨神甲冑の燃料であり、巨神甲冑専用武装の燃料や弾薬になる反粒子を一〇〇〇ミリグラム必要なのです。ミサイルや軍事甲冑の半分も、同じ理由です」


 裁判長が自身のあごを手でなでる。


「なるほど、敵が三〇〇機か。これなら巨神甲冑の出動は必須か」

「い、異議あり……です」


 僕はウィンドウの『異議』ボタンを押した。

 僕の頭上に『異議あり』と書かれた手の平のグラフィックが表示される。


「鷺澤サク交渉人代理。発言を許可します」


 裁判中、初めての発言。

 心臓のドキドキが止まらなくて、頭は半分真っ白になる。


「はい。えーっとですね、ナミカちゃんの隊が戦っているのは、それほど激戦区ではありませんし」


 手に汗を握りながら、僕はナミカちゃんの方をチラチラと見てしまう。


「最激戦地区の我が隊ならともかく、僕、じゃなくて私は第一中隊の担当区域に三〇〇機もの敵がいるとは」

「勿論根拠もあります」


 ナミカは自身たっぷりの表情で、ツインテールを手ですいた。


「こちらの資料をどうぞ」


 裁判長と、僕ら一人一人の前に表示されたのは、軍事甲冑のレーダー画像だった。

 レーダーの画像には、味方機を示す青丸とは別に、敵機を示す赤丸が大量に表示されている。そんな画像は、一枚や二枚ではない。


「前回の戦いで、我が隊の第一陣が、敵陣地の深いところまで侵攻し、無事帰還致しました。その時、全機体のレーダーをチェックし、地図と照らし合わせました。それらの情報を計算しますと、同じ時間帯に、少なくとも二二八機が存在したことになります。当然全ての兵を出しているはずもなく、温存もあるはずです。それらのデータから、敵は三〇〇機はいるだろうと判断致しましたが。何か不備でも?」


 ナミカちゃんは目を鋭く細めて、僕を射抜いてくる。


「い、いえ、何でも無いです……」


 僕は肩を落として、うつむいてしまった。

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