第8話 初弁論

「次、第五中隊」

「はいっ」


 声は裏返っていたかもしれない。

 勢いよく立ちあがって、席に足をぶつけた。痛い。


「う、うちの隊は、最激戦地区の最前線を担当しているんです。だから当然敵も多いですし、物資は沢山必要なんです。それにえーっと、そうです、桐生セツラ中隊長は凄く優秀な人です。今までの戦果は事前に提出した通り。模擬戦の無敗記録は誰にも破られていませんし、前線に出た後も常に自軍よりも多い敵を相手に勝ち続けて来ました。我が隊に要求の物資を与えて下さればたちどころに敵軍を壊滅させてご覧にいれます!」


 裁判官は手元のデータを見ながら喉を唸らせる。


「確かにこれは凄い……二三歳という若さで大尉なのも頷けます。それに場所が場所ですし、物資を送らないわけにはいかないでしょう」


 良かった。裁判長は僕らに好意的みたいだ。


「しかしながら」


 裁判長は表情を曇らせる。


「敵との戦力差というならば、それは第一中隊も同じです。今はそうですね、第一中隊と第五中隊が三割ずつ受領し、残り四割を三つの隊で分けると言うのはどうでしょうか?」

「裁判長、第一中隊に妥協はありません」


 セツキ先輩がいない今。ナミカちゃんは絶好調だ。

 彼女は胸を張り、その胸に右手を添える。


「我が第一中隊はあくまでも全物資を半分を要求致します。それが通らない場合は、最終弁論まで争う覚悟です!」


 え~、僕は三割もらえるならそれで、

 僕の頭の中にセツキ先輩が降臨する。


 『なんですってぇ! 三割しか受領できなかった!? あんたなんかあたしの背中流し一週間の刑よ!』


 脳内セツキ先輩が、服を脱ぎ始める。

 うわわぁ~。


「ぼぼ、僕もそれは困ります! 最終弁論まで戦います!」


 僕も思わず立ちあがってしまった。

 自然にナミカちゃんと僕の視線の高さが噛みあった。

 ナミカちゃんの挑発的な視線が、僕の心に突き刺さる。

 うぅ。

 セツキ先輩抜きで、どうやってナミカちゃんに勝てばいいんだろう……

 こうして、僕の兵站裁判デビュー戦は終わった。


   ◆


「そうでどうすればいいかだと? 貴様は本当に私の胸以外の何を見て来たのだ?」

「そそ、そんな見てませんよ!」


 セツキ先輩の病室で結果報告をすると、やっぱり叱られた。

 僕はウサギちゃんカットにしたリンゴをフォークに刺して、先輩の口元に運ぶ。


「でもナミカちゃんの第一中隊だって大変なのは事実ですし。三〇〇機もの敵を相手にしたら」


 リンゴを咀嚼する先輩の瞳が光った。


「……サク。その三〇〇機の根拠は?」

「え? 第一中隊機のレーダーに敵機の反応が二〇〇以上あって、温存戦力も考慮して三〇〇機だそうです」

「つまり敵三〇〇機を見たのではなく、敵機の反応を見ただけなのだな?」


 僕は先輩の言わんとする事を察して、すぐに被りを振った。


「軍事甲冑や自律兵器じゃなくて全部囮機体(デコイ)って事ですか、それはないと思いますよ」


 デコイとは、敵を欺くための囮ユニット。

 戦闘力は無いし安価だけど、敵のレーダーや追尾ミサイルの対象にはなる設計だ。


「第一中隊を含めて僕達第四大隊は今のデコイを見破れる最新レーダーに積み替えたばかりですよ?」

「覚えておけサク。この世で信じられるのは自分と戦友だけだ。ソレ以外の全てを疑え! 女優の経歴、アイドルのスリーサイズ、グラビアモデルのバスト。この世はねつ造と欺瞞に満ち溢れているのだ! あとスリーサイズって和名の女体三位寸法って言ったほうがエロくて私は好きだ!」


「最後のはどうでもいいですけど」

「いくない! 大事なことだ!」


 先輩は眉間にしわを寄せて怒鳴った。僕は溜息をついた。


「えーっと、でも疑うと言っても、証拠なんてどうやって」

「無ければ作れ! と言いたいところだが、前にも言った通り優秀な部下を使いたまえ」

「部下って、あの二人をですか?」


 苦手なんだよなぁ、あの二人。


「あの二人は世界最高峰の隠密とハッカーだ。この二人を使って裁判に勝てないアパラパーならば一ヶ月間女装してもらう! そうだな、バニーメイドがいい♪ 動画も撮ろう♪」


 先輩が妄想しながら目にハートをちりばめたところで、僕は身の危険を感じた。


「すす、すぐに調べてきます~!」

「最終弁論は明後日だから、それまでに用意するようにな、できなければ」


 閉じた病室のドアが、先輩の声をかきけした。

   

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