第3話 今日からお前が交渉人だ!

「と、いうわけで、来週の兵站裁判はサク、お前に任せる」


 病院の一室で、足にギプスをはめたセツキは仏頂面でそう言った。


「ちょちょ、待って下さいよ先輩! 任せるって言っても、僕なんて飛級卒業した先輩が中等部から無理矢理補佐役にって引っ張って来ただけで交渉人技術なんて」

「この一年間、私の裁判を見てきただろうが、リンゴ」

「いやでもただ見てただけだし裁判準備だって、先輩いつも僕をいじって遊ぶか身の回りの事させるでばかりで証拠集めとか全部他の人が」


 サクは高速でリンゴを剥き、切り、皿に盛り、フォークに刺してセツキに突き出す。


「しゃくしゃく 事務手続きだってやってきただろうが、それに しゃくしゃく 私の優秀な部下達が全力でお前をサポートする。桃も剥いて食べさせてくれ、あとマッサージ」


 サクは手慣れた動きで桃を剥いて左手でセツキに食べさせながら、右手はセツキの左腕を揉み始めた。


「ゆ、優秀な部下って言っても……」


   ◆


 第五中隊隊舎の交渉人事務室。


「軍のファイアーウォールってなんでこう甘いのかしらねぇ、今日の極秘文書はっと、あっ、チョコ切れた、サク殿―! そこの売店でチョコバー二〇本よろしくなのですよ」


 糖尿病寸前のクラッカーと……しかもこの子、僕をパシリにするし……


「これはサク様。偉大なるセツキ様のペットから一気に代理へ昇格という身に余る光栄に預かり、幸せと不安でパンツを台無しにしている事でしょうが豚でも喰われるという利用価値があるのです。きっとサク様でもできる事があると信じていて下さい」


 毒舌メイドと……なんで君はメイド服なのにローレンツ・ライフル担いでるの……?


 そして言い訳のしようもなく桐生セツキのこしぎんちゃくで、ただ若き天才セツキ先輩の気まぐれで引っ張ってこられただけの無能で無経験な僕……


 僕は、頭を抱えて、心の底から叫んだ。


「このメンバーでどうやって裁判に勝てばいいんだよぉおおおおおおおおお‼」



   ◆



 軍事甲冑。二十一世紀に発明されたそのパワードスーツは戦場のありかたを一変させた。


 世界最高の汎用性、機動力を誇るその装備は戦車や戦闘機を戦場から排除。


 戦争を、人VS人へと戻した。


 そして二十四世紀現在。人類はまた戦場を変える兵器を生み出した。


 ソレが、


「巨神甲冑は素晴らしい兵器と言えます。軍事甲冑に代わる、世界最強の兵器です、はい」


 西ヨーロッパ連合の会議室で、技術開発局の女性が背広組である文官達に巨大スクリーンを使い説明する。


「そもそも兵器の歴史を紐解けば小回り、機動力の追求でした。大艦巨砲主義と言われる四〇〇年前、空母は戦闘機の編隊に沈められ、戦車は対戦車装備を持った歩兵に爆破されました。強大な力を持った個よりも、機動力のある群のほうが強いことが証明されたわけです、はい」


 ですが、と言って女性はスクリーンに巨大ロボットの姿を映す。


「時代はまた、大艦巨砲主義へと帰るのです。ネズミが象に勝てないように、大きい方が強いのは当たり前、それが兵器の世界で通じないのは機動力が違うから。しかし時代は変わり、カーボンメタル二型と反粒子炉が生まれたのです」


 巨大スクリーンに映る巨大ロボの、腹部から矢印が伸びて、炉の映像が映る。


「軍事甲冑の装甲に使っていたカーボンメタルと同じ強度でありながら重さは半分。そして軍事甲冑の陽電子炉よりも遥かに高い出力を持つ反粒子炉。この二つの力で、いわゆる巨大ロボは軍事甲冑と同じ機動力、飛行能力を確保したのです、はい」


 ヨーロッパ各国の背広組から、質問が上がる。


「その反粒子炉を軍事甲冑に搭載することはできないのかね?」

「反粒子炉は陽電子炉よりも大きいので無理ですね。反粒子炉はまさしく巨大兵器の為のジェネレータなわけです、はい」


 女性はお洒落メガネをくいっと上げた。


「技術開発部部長。ですがカーボンメタル二型と反粒子炉、それに燃料である反粒子の製造には、莫大な予算がかかるときいていますが?」


 前線で命を張り戦う兵士達、制服組の予算を握る背広組の目が、鋭く光った。


「それは認めます。ですが新兵器にはありがちな話です。今はまだ贅沢品ですが、いずれはもっと低コストで、大量生産が実現するでしょう。その為にも皆様には研究費用の方をどうか考えて頂きたいのです。南極を、東ヨーロッパに盗られない為にも、はい」


 女性のメガネの奥で、大きな瞳がギラリと光った。

  

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