第4話 パワードスーツ

 ヨーロッパ戦線。日本軍第三師団第四大隊、第五中隊日本基地。ガレージ。

軍事甲冑や巨神甲冑が並び、その周囲には何人もの整備員や兵士の姿が見える中。


『最適化開始、システムオールグリーン、搭乗者を日本軍大尉、桐生セツラと認証。貴方は乗り方が上手いので、嬉しく思います』


 パワードスーツである軍事甲冑の中に乗り込み、手足をを通すと、AIが抑揚の無い、棒読みボイスで俺に語りかけて来る。


「俺もお前みたいな名機に乗れて嬉しいよ。次の戦いでも乗りこなしてやるぜ♪」


 俺がからかいながら言うと、胴体を覆う胸部と腹部のハッチが閉まる。最後にうしろへ倒れていた軍事甲冑の頭部が俺の頭にかぶさった。


『セツラはテクニシャンです。ポッ』

「自分で『ポッ』とか可愛いなお前」


 俺がニヤけると、真っ暗だったスーツ内が明るくなって、周囲の様子を見えるようになる。


 ただし軍事甲冑の視界は、隙間や窓から見るのではなく、高感度カメラの映像を、直接脳味噌に送っている。


 だから視界は調節すれば最大で三六〇度見えるし、好きな部位を拡大もできる。


 もっとも、脳に負担がかかるから俺ぐらいのベテランじゃないと乱用はできないけどな。


「して、どうなのだ桐生セツラ、貴殿の半身たる武尊(ほたか)の調子は?」


 女性にしては、重みのある声だった。

 俺は自分の専用軍事甲冑、武尊の中から、女性エンジニアである柿崎レイを見下ろす。


「問題無しだぜ。まぁお前が整備してんだから当然だけど」

「フッ、で、あろうな」


 つなぎ姿のレイは目を閉じ、長い髪をクールにかき上げた。


 俺はその場でくっしんしながら腕をあげたり、手を握ったりしてみる。


 軍事甲冑、英語名ミリタリーメイル、通称M2は巨大ロボではなくパワードスーツだ。


 フルアーマーを着こんでいるような感じで、俺の運動神経パルスを読み取り、内側で動いた通りに外骨格も動いてくれる。


 ちなみに肘や膝から下は二倍ほど大きいので、手足の先は完全なロボット、俺の手足は入っていない。


 俺の手は前腕内の手袋をはめ、中で動かした通りに軍事甲冑の手も動く。


 同じように俺の足はスネの中のペダルを踏んでいて、踏み具合で軍事甲冑の足首が動く。


 人間の体にはない飛行ユニットや武装ユニットの操作、他の細かい操作やシステム設定はボイスコマンド……ではなく脳波だ。


 生体フィードバック、という技術で、手足を動かすのと同じ感覚で機械を操作できる。


 注目すべきは想像通り、ではなく動かそうとした通り操作できる、という点だ。


 腕を上げる想像をしても腕は上がらない。同じ理由で、頭で操作すると言っても考えたものが支離滅裂に実行されるわけではないから安全だ。


 今の俺には、人間には無いはずの翼の感覚が腰にある。腕を動かすように、その翼を起動させる。


『武尊、飛びます』


 武尊の腰から伸びた二つの引斥力装置が、真下の空間に対して強烈な斥力を発生させる。


 途端に俺の体は真上に飛び出す。程良いGが体にかかるがそれも一瞬だ。


 俺は曲芸のように、ガレージの天井付近で飛行。バレルロールを繰り返したり、宙返りをしながら元の位置に柔らかく着地した。


「桐生セツラ、相変わらずの美技よの」


 レイはメガネの位置を直すと、俺に背を向けて歩き出す。


「さて、次の機体は」


 俺は武尊から抜けだして、音も無くレイの背後に忍び寄ると、


「はい、隙ありぃ♪」

「ひにゃぁぁん!?」


 脇の下から手を伸ばして、つなぎ越しにレイの美乳を揉んでみる。


「う~ん、実りがたりませんなぁ、ちゃんと食べてるのか?」

「ゃん、ぁ、ちゃんと……ん、お昼だってポークバーガー食べたもん」


 俺はいじわるな笑みを浮かべた。


「あっるぇ~? さっきは魔獣の血肉を食してくるとか言ってなかったっくぇ~?」

「えっ!?」


 レイは慌てて俺を振り切ると背中を向けたまま、赤い顔で肩越しに視線を交えてくる。

 それがくちびるを噛みながら『う~』とか唸っているから心底可愛い。

 体ごと俺に向き直ると、赤身の抜けない顔で、声を低くする。


「まま、魔界にはポークバーガーという名前の魔獣がいるのだ。覚えておくがよい人間」

「可愛い名前の魔獣だな」


 俺は痛むお腹と笑いが止まらない口を手で抑える。

 地声の可愛いレイは、逃げるようにして他の機体のメンテナンスに行ってしまった。


「まったく、レイは可愛いなぁ」

「天誅!」

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